☆6th Song☆
昔住んでいた家の近所に廃材や大きな冷蔵庫、壊れた電子レンジに車輪のない自転車とか
誰が使っていたのかもわからない。いつだれが捨てたのかもわからない。今はもう必要とされない。
いわゆるガラクタ置き場があった。
学校からは危ないからあそこで遊んではいけませんって教えられていたけど男子にとっては憧れの場所でもあった。
まじめで内気な俺は先生の言うことを守ってそのガラクタ置き場で遊ぶこともなく過ごしていた。
ただ、そのガラクタ置き場の前を通るたびにどこか悲しい気持ちにもなっていた。
それはそこで遊べないからじゃなくて、その役立たずで、もう存在している意義すらないガラクタ達がこの世界から取り残されたみたいで…
それがなんだか友達もいない自分と重なって悲しく思っていた。
ある日のこと、俺は本屋へ行った帰り道、ひとりガラクタ置き場の前を通った。
いつもは誰もいないはずのガラクタ置き場で誰かが遊んでいるのを見つけた。注意するのは面倒だし、俺は足早にその前を通り過ぎることにした。
前を通り抜けるとき、ふっとガラクタ置き場で遊んでいる人物へ目を向けてしまった。そこにいたのは当時の俺と同じ歳頃の少年だった。
ばっちりと目があってしまった瞬間、その少年は俺に話しかけてきた。
「おい」
俺は思わず足を止めてしまった。
怒られる!
そう思い、その衝撃に備えてギュッと拳を握りしめた。
「サッカー好きか?」
「え?」
少年が発した言葉は意外なものだった。
「え、あ…嫌いじゃないけど。」
俺はなんとも歯切れの悪い返答をした。
その言葉を聞いた少年は屈託のない顔で二カっと笑い
「じゃあ一緒にサッカーしようぜ!」
っと言った。
濁りのない心底うれしそうなまっすぐで素直な笑顔がなんだか憎めなくって俺は緊張をといて笑ったのを覚えている。
その少年はコータといって、隣の校区に住んでいる俺と同じ歳の小学生だということを知った。
俺はその日から時々ガラクタ置き場に行っては、こっそりとサッカーをして遊んだ。
サッカーの合間にはガラクタ山の上に座ってなんでもない話をした。
ほとんどコータが話していたけど、俺はコータの話を聞く時間が大好きだった。
ある日、コータが嬉しそうに地域のサッカークラブに入ったと話した。一緒に入ろうって誘ってくれた。
俺はすごく嬉しくて帰ってすぐにお母さんに懇願した。困り果てたお母さんはお父さんに聞いてみるようにって言ってきた。
その日は1か月ぶりにお父さんが帰っている日だった。
俺はお父さんのことが嫌いなわけではなかったけど、お父さんと話すときは緊張した。
仕事で家をあけることが多くて、あまり自分から話す人ではなかったからどう話しかけていいかがわからなかった。
「お父さん…」
それでもコータと一緒のサッカークラブに入りたい俺は勇気を出してお父さんに話しかけた。
テレビを見ていたお父さんはゆっくりとこちらを振り向いてくれた。
「どうした?柳?」
「あの、えっと…」
緊張する俺を見てお父さんはゆっくりと自分の隣に座るように促してくれた。俺はサッカークラブのチラシを大事に抱えておずおずとお父さんの隣に座った。
「あのね…」
なかなか言い出せない俺を急かすこともなくお父さんは黙って俺の言葉を待ってくれた。
「あのね…サッカークラブ…入ってもいい?コータくんがね、誘ってくれたの。」
俺はなんとか決心して消え入りそうな声でお父さんにお願いをした。
「柳、やりたいこと見つかったのか!」
それを聞いたお父さんが突然大声でそういった。
俺はものすごい勢いで飛び上がったけれどお父さんに顔を向けると
口下手でめったに笑わないお父さんが見たことのない無邪気な顔で笑っていた。
「大事な友達ができたんだな。」
そう続けたお父さんの言葉で俺はコータと友達なんだなって知ってすごく幸せな気持ちになった。
「自分で決めたことだ。一生懸命やれよ。」
「あなた、写真にだけは一生懸命だものね。」
「え?そんなことないぞ!写真以外にも、ほら…お前と柳もいるし…!」
「なにそれ、恥ずかしい。ふふふ。でもそこがお父さんのいいところだけど。ね、柳?」
ほめられて照れた笑顔をみせるお父さんはまぶしかった。
珍しく照れるお父さんの顔をみて静かに強くうなずいた
俺はお父さんのあのときの心底うれしそうなまっすぐで素直な笑顔が忘れられなかった。
それから俺はコータのいるサッカークラブに入った。
サッカーは正直そんなに好きじゃなかったけどコータと一緒にいれる時間が楽しかった。
サッカークラブに入ってから俺とコータはあのガラクタ置き場で遊ぶことはなくなったけれど、それでも一緒に遊べるならなんでもよかった。
そして、サッカークラブに入ってしばらくたった頃…
お父さんが死んだ。
事故だった。
山岳写真家のお父さんは出張先の山で足を滑らせて崖から落ちたらしい。
スーツを着た人が訪ねてきて相当な高さから落ちたようで集めるのに苦労をしたとお母さんに話しているのを部屋の扉の隙間から聞いた。
遺体は帰ってこなかった。
帰ってきたのはお父さんがよく着ていた衣服の一部と小さな箱ひとつだった。
出張の多かったお父さんとの思い出は正直ほとんどないけど、ショックだった。
扉の向こうからお母さんの泣く声を聞いた。その日のことはそれ以上覚えていない。
それから俺は何が何だか分からなくなってふさぎ込むようになった。
テレビをみても面白くない。漫画を読んでも面白くない。
お母さんの作ってくれた大好物の玉子焼きも美味しくなかった。
何日も学校に行けなかった。あんなに楽しみにしていたサッカークラブにも行けなくなった。
ただ、ただ、時間が過ぎていった。
ある日、家にコータが来た。
サッカークラブに一緒に行こうって誘ってくれた。
俺の家は隣の校区だから自転車でも遠いはずなのに、毎日。
毎日、毎日、俺の家に迎えに来てくれた。
俺は自分の部屋から出られなかった。
そんな日々が続いたある日、いつもは玄関先で帰っていくのにその日は部屋の前までやって来た。
「おい!柳!いいかげん外に出ようぜ!一緒にサッカーしようぜ!」
俺は驚いて声を出せなかった。どう答えていいかわからず。扉の前で黙り込んでいた。
何度も何度もドアを叩く音を聞いているうちに
お父さんを亡くして辛い気持ちを無視された気持ちになった。
実はコータが自分勝手で相手の気持ちも考えていないんじゃないかって思ったら言わなくてもいい言葉を発していた。
「うるさい!僕の気持ちも考えないで!コータ君が誘ってきたから行っただけで本当は僕、サッカーなんか好きじゃないんだ!」
そういうと少しの間をおいて
「わかった…」
とコータの声がした。
扉の前からコータが去っていく気配がした。しばらくして言ってはいけないことを言ってしまった!と気づいて部屋から飛び出して慌てて追いかけたけど、コータはもう帰ったあとだった。
そのあとすぐにお母さんと俺は引っ越すことになった。
お父さんが死んで、初めての友達も失って、初めて自分で決めたサッカーも辞めた。
お父さんは一生懸命仕事を頑張っていたがばかりに死んだ。コータは一生懸命サッカーをするばかりに人の気持ちを考えられなくなった。ふたりとも「一生懸命に」という言い訳で誰かを傷つけて、そしていなくなった。
俺はいつの間にか一生懸命を恨むようになっていた。
辛くて悲しくて悲しくて…
悲しみでどうにかなってしまうくらいなら、お父さんへの気持ちにもコータとの思い出にも蓋をして
ひとりでいようって決めた。
――――――――
――――――
――
―
「柳、お母さんパート行ってくるからね。ごはん、冷蔵庫に入れてるから何か食べるのよ。」
玄関の扉が閉まる音が聞こえる。
時計の針は12時を過ぎていた。
昨日、屋上から飛び出した後、お母さんよりも後に帰らなきゃ、なんて構う余裕もなく家に帰りついてすぐに自室へこもった。
パートから帰ってきたお母さんは俺が帰っているのに気づいて声をかけてくれたけど俺はそのまま部屋から出ることなく過ごした。
今日が休みでよかった。
ただ、人間というのは愚かな生き物で、あの時も今も、どれだけ落ち込んでいようともお腹は勝手にすいてくる。
ぐぅぅぅー…
だらしなく腹の虫が鳴る。
自覚とともに襲ってきた生理的欲求を満たすために俺は冷蔵庫へと向かうことにした。
「17にもなって、なにやってんだろうな…」
電子レンジの中で回る母親の手料理を眺めながらとんでもなく最低な自分に言い聞かせるようにつぶやく。
17歳にもなって、お父さんが死んでから女手一つで育ててくれた母親を悲しませるなんて本当に最低だ。
いつまでも弱くうじうじはっきりしない自分が自分でも嫌になる。
ネギと鰹節のかかった冷奴と電子レンジにより温まったごはんと玉子焼きを食す。
お母さんの作ってくれた大好きな玉子焼きは今日も美味しくなかった。
「ごちそうさまでした…」
さすがにいつまでも寝ているわけにもいかない。
やや遅い昼食を済ませた後、外に出ることにした。
目的はない。あてもない。
ただ、時間を過ぎさせるために外に出ることにした。
外は憎らしいほどに快晴だった。
普段は行くこともない自宅からは少し遠い公園を散歩することにした。
ランニングをする人。犬の散歩をする人。談笑しながら歩く人。ベンチで本を読む人。花壇の花の写真を撮る人。デートを楽しむカップル。バーベキューをする人たち。ボール遊びをする子どもたち。鬼ごっこをする子どもたち。ピクニックを楽しむ親子連れもたくさん見かけた。
この公園の中ですら何かをする人たちであふれている。
みんな何かしらの目的をもって自分で決めて選んでここへ来てそれぞれの時間を過ごしている。
ここでも俺は一人ぽっかり浮かんだ存在のように感じた。
あのガラクタ置き場のガラクタのようにあってもなくてもどちらでもいい存在。
目的もなく、ただそこに置かれただけの存在。
この世に必要のない存在。
ずっとそこでただ朽ちるのを待つだけ。ただそこにいるだけ。
ただ、ただ、時間が過ぎているだけ。
いや、目的も目標もなくただ、ただ、時間が過ぎるのを待つだけの俺なんかより
そこに来るまでは役割を全うしていただろうガラクタの方がましかもしれない。
今の俺はガラクタ以下だ。
空は明るいがオレンジ色へと変わりいつの間にか人通りが減ってきている。
公園の時計は17時前を指していた。
少し肌寒くなってきたのを感じて俺は帰路につくことにした。
なんとなく思いつきで普段は使わない道を使って帰る。
とはいえ徒歩圏内で移動できる程度の距離だ。道に迷うこともなく見知った街並みに帰ってきた。
気づけば空は紫色へと変わり夜へと向かう。
時々すれ違う車のヘッドライトや街頭に灯りがともり始めた。
相変わらず、うつむきながらぼんやりと歩いているとあたりがひときわ明るくなったのを感じた。
「あれ?ケン君たちのお友達くん?」
「あ」
そう声をかけられて顔を上げると見知った顔が目に飛び込んできた。杉本さんだ。
完全に対人スイッチが切れていた俺はそのあとどんな言葉を続けるべきか悩んでいると杉本さんが人のいい顔でにっこり微笑んで挨拶をしてくれた。
「こんばんは」
「あ、こんばんは」
戸惑いを残しながら挨拶を返す。
そして、次の瞬間にはここがあのライブハウスの前であることに気づいた。
今、ケンとムネヨシに会うわけにはいかない!そう思い踵を返そうと慌てふためく俺をみて
「ふたりはもう上がったよ。」
杉本さんが変わらぬ人のいい顔で静かに教えてくれた。
「あ、ありがとうございます。」
「いいえ」
にこにこと俺をみつめる杉本さん。ひとり戸惑う恥ずかしさでうつむく俺。少しの沈黙。
「あ、あの、俺たちが喧嘩したこと…「ライブ見ていかないかい?」…え?」
何か話さなければと絞り出す俺の言葉にかぶせるように杉本さんは提案する。
「あ、でも俺、今日財布とか全部忘れてきて…」
「いいから、せっかくだから見ていきなさい。」
変わらず、人のいい笑顔なのに有無を言わせない雰囲気。
「あ…はい。ありがとうございます。」
「うん。」
笑顔の杉本さんに圧倒されたまま、俺は杉本さんの後ろについてライブハウスの店内へと足を踏み入れた。
店の入り口を入ってすぐ右に小さな受付カウンターがあった。
杉本さんが受付の人に一声かけてさらに目の前の重そうな扉を入る。
俺は受付の人に会釈をして慌てて杉本さんを追いかけて重そうな扉を入った。
扉を入った先に広がっていたのは見たことのない景色。
薄暗い店内。ロックな音楽が流れる。すぐ左側にはバーカウンターがあり、カウンター越しにバーテンダーと談笑する大人たちがいる。バーテンダーの後ろには見たことのない数のお酒の瓶が美しく飾られていた。
その隣には黒い服を着た数人の人たちが大きな機械の前で真剣な表情で確認し合う姿があった。
天井には大きなライトが複数吊り下げられている。天井の真ん中にはミラーボールがつるされている。
そして右側の先にはステージが広がっていた。ステージには屋上軽音部で見たことのある機材がおかれている。真ん中には黒い立派なドラムセット…
客席フロアには10組に至るか至らないかの客がいた。全員を前に押し込んだところで、部屋の半分に満たない程度の数。
「どうだい?」
店内を見渡した俺の隣で杉本さんが声をかける。
「あ…すごいなって思いました。俺、ライブハウスに来るのは初めてで…時々テレビでみてたような景色と全然違うなって…」
「がっかりした?」
「え!?そんなことないです!!見たことないものばかりで全部すごいなって。俺、どれをみても何なのかよくわからないけどすごいなって」
「お客さんは?」
「え?あ…」
正直少ないと思った。こんな少ない人たちのためにやって何になるんだって思った。
相手の気持ちも考えないで自分たちのためだけにやっているからこうなるんじゃないかって思った。
お父さんとコータみたいに。
そんなこと、杉本さんに話すわけにはいかないからどう答えようか悩んでいると店内の音楽がひときわ大きくなって店内が暗くなった。
「あ、始まるよ。」
「あ、はい!」
さらに微笑んだ杉本さんに促されてステージをみる。
【ジャアァァァーン】
【ベンベンベべーン】
【ドンドンドン ドントントン シャーン】
【イエェーイ!!】
【ヒュー!】
【おおおおお!!】
ステージに現れる三人の人影。
それぞれが打ち鳴らす楽器の音。
それに答えるオーディエンスの歓声
「…っ」
鳥肌がたった。
杉本さんがちらりとこちらを見てほほ笑んだ気がするけど俺はステージから目が離せなかった。
ステージに立つ三人は杉本さんよりも少し若いくらいのおじさんだ。
少し太ったドラム、対してほっそり痩せたベース、年甲斐もなく少しやんちゃそうなギターボーカル。
ステージ上のギターボーカルが見た目通りの少しとがったMCで自己紹介をする。
それにオーディエンスが反応し始まる演奏。
聞きなじみのない曲。きっとオリジナル曲だろう。
曲が始まるとともにオーディエンスが声を上げる。つい先ほどまで少ない観客だと感じていたことを忘れるくらいの熱気。
曲が少し始まったころ店の入り口が開く。
「やばい!もう始まってる!」
「でも間に合ってよかった!この日のために頑張ってきたもんな!」
そういって入ってきた一組のカップルは幸せそうな笑顔を浮かべてそのままステージ前方のオーディエンスの中に入っていった。
「…」
決して多くはない。決して多くはないけれど、それでもここにいる人たちはみんなこの人たちのライブを楽しみに生きてきたんだ。
自分たちのために始めた音楽かもしれないけど、それでも何かをすることで誰かを笑顔にできるんだ。
「すごいな…」
数曲の演奏を終え、ギターボーカルが再びMCを始める。
それに笑うオーディエンスを微笑みながら眺めていると杉本さんにトントンと肩を叩かれた。
俺と目が合うと静かに入り口の方を指さした。
「少し外で話そうか。」
俺は静かにうなずいて重い扉を引き開けた。
杉本さんに促されるまま店の外へ出て店の前のベンチに座った。
「どうだった?」
杉本さんは俺の隣に座りながら聞いた。
俺は少し考えて正直に答えた。
「お父さんみたいだなって思いました。」
「お父さん?」
「はい。」
俺はまだ少し地面を見つめたまま、一呼吸おいて続ける。
「俺のお父さんは山岳写真家だったんです。元々、登山が好きで登山の先で見る景色を残したくて写真を始めて、いつの間にかそれが仕事になっていたそうです。」
「うん。」
「でも出張が多くて、ほとんど家にいなくて、幼稚園や小学校の行事もほとんど来てくれなくて、俺はすごく寂しかったんです。」
「うん。」
「『お父さんは一生懸命に好きなことでみんなに幸せを届けてる。』俺がすねるたびにお母さんが言ったその言葉が俺には呪いにしか感じられなくて、いつの間にか“一生懸命”を恨むようになってたんです。
『一生懸命に』を言い訳に自分のわがまま通して誰かのこと振り回してるじゃないかって…」
「うん。」
「でも、そうじゃないのかもしれないって思いました。…それだけじゃないのかもしれないって思いました。」
じっと俺を見て俺の話を聞いてくれていた杉本さんはスッとまっすぐ向き直り話し始めた。
「彼らは高校生の頃から活動しているバンドなんだ。今は社会人バンドになってるけどね、プロを目指している時期もあったよ。始めたころはもうそりゃめちゃくちゃで周りを振り回してばっかりだった。お客さんが軽音楽部の先輩数人だったこともあった。でも続けているうちに少しずつ彼ら目当てのお客さんが増えていった。今日だって決して多くはないお客さんの数だったし、一生懸命に何かをやる彼らはお世辞にも完璧にうまいとはいいがたいけれど、それでも自分たちのために、自分たちを良いと思ってくれているお客さんのために一生懸命に演奏する彼らは、とても魅力的だと思うな。」
先ほどの光景を思い浮かべる。
熱気にあふれたライブハウス。楽しそうなお客さん。楽しそうなバンドマン。
「…はい。俺も、そう思いました。」
今日という日を楽しみにしている人たちばかりだった。誰かのためだとかそんな野暮ったいことは考えず、ただ、それぞれが今を楽しむために集まっているだけだった。
「彼らだけじゃない。何かを始めるときっていうのは自分に何かをくれた誰かや何かをきっかけに始めているわけだろう?最初は自分のためだったとしても自分に何かをくれたものを目指しているうちに結果的には誰かのためになれるってことなんだよ。」
「はぁ…?」
明るくそう言い切る杉本さんの横顔を見つめていまいちしっくりこない俺は曖昧な返事をする。
「つまりはだな!」
杉本さんが俺をまっすぐに見る。
「一生懸命がいつかはだれかのためになれば最高だけど、自分で決めて何かを始めて一生懸命になることはわがままじゃないよ。」
そういってにっこりと笑った。
「素敵なお父さんだね。」
「…はい。」
うまく言えないけど、杉本さんにそう言い切ってもらえて胸の奥からざわっと湧き上がるものを感じた。
ぽやっと暖かくて、それでいて少しむず痒い。
たぶん“嬉しい”だと思う。
「そういえば」
杉本さんの表情がころっと変わる。
「二人は君のことずっと話してくれていたよ。」
「ふたり?」
「ケンくんとムネヨシくんだよ。」
「ケンとムネヨシが?」
「うん。君に初めて会った時、最近入ったドラムってこの子だなって思ったよ。」
「そうですか…」
突然、がらりと変わった話題が嬉しいものではなく、途端に心が冷えるのを感じた。
その話題に少し戸惑いながら苦い現実を思い出してまたうつむいて答えた。
「あ!もうこんな時間だ!未成年を遅くまで捕まえちゃいけないね!」
どんどん話題を変える杉本さん。とってもマイペースな人だと思った第一印象に間違いはなかった。
「じゃあね!ふたりをよろしく頼むよ。えーっと…」
その質問にそういえばずっと名乗りそびれていたなってことを思い出した。
「瀬良です。」
「あぁ!セーラくん。」
杉本さんは心底うれしそうなまっすぐで素直な笑顔で言った。
俺はまた一歩踏み出す。
もうこんな時間っていう時間なのか、早く帰らなきゃな。
ぼんやりなんとなく外出してしまったせいで、うっかり、携帯電話も腕時計も忘れて家を出てきていた。
なんだかまだ頭はごちゃごちゃしたままだけど、とりあえず家に帰ろうと思い再び帰路につく。
「やっと来た。」
「…っ!!」
歩き出してすぐに路地裏から静かに人があらわれ思わず声もなく飛び上がる。
「ムネヨシ!?」
そしてその人物の名前を呼ぶ。相変わらず無表情でクールな態度で「よ。」っと短く返してくれた。
「少し話さないか?」
そしてさらに予想外の言葉に断る理由もない俺は静かにうなずいて、歩き出すムネヨシについていくことした。
ライブハウスからひとつ先の角を曲がったところにある小さな公園へたどり着いた俺たちは適当なベンチに座った。
先に口を開いたのはムネヨシだった。
「ケンってうざいよな。」
「え?」
意外な会話の始まりに少し戸惑いつつも正直に話すことにした。
「あー、うん。まぁ。空気読まないなって思った。」
「人の気持ち考えないし」
「自分ばっか喋るし」
「周りのこと見てないし」
「声でけーし」
「朝から晩までテンション高いし」
「見た目派手だし」
「髪ぼっさぼさで遊び倒したリカちゃん人形の髪みたいだし」
「はは、それ確かに」
「だろ?お前も思った?」
「言われてみればそう思った。ってかいつも涼しそうな顔してそんなこと思ってたんだな。」
「お前もな。なんも考えてなさそうな顔していろいろ思ってたんだな。性格悪いな」
「いやいや、お前の方がひどいじゃん」
「ぷっ…」
「「あはははは!」」
なんかおかしくなってきて笑った。くだらないことなのになぜか笑えた。
ムネヨシも笑ってたからきっと俺のこの感覚はおかしくはないんだと思う。
俺たちは今、気まずい関係なはずなのに。それがなんだかうれしかった。
ひとしきり笑ったあと、一呼吸おいてまたムネヨシが話し始めた。
「俺、小学生のとき親が離婚して母さんが俺と弟をおいて出てったんだ。」
「…うん」
俺はムネヨシの静かな声を街頭でうっすらと照らされる公園の土の地面を見つめながら答えた。
「なんで父さんと母さんは一緒にいられなくなったんだろうとか、なんで母さんは俺たちを連れてってくれなかったんだろうとか、俺はいらない存在だったんだなとかいろいろ考えているうちに外へ出ていけなくなったんだ。」
「うん」
「外へ出ていけなくなった俺を父さんは責めるでもなく無理に学校へ行かせるでもなく、ただ店の手伝いを頼んでくれた。」
「うん」
「自分なんか、この世界にはいらないんじゃないかって考えてた俺にとって父さんが店の手伝いを頼んでくれたことが『居てもいいんだ』って言ってくれている気がしてすごく救われた。」
「…うん」
「いつも通り学校へ行かずに店の手伝いをしてると同じ歳くらいの小学生が店のショーウィンドウに張り付いてるところに出くわした。」
「…」
「そいつは店先に飾ってたギターに夢中で俺に気づくことはなく、目輝かせてじっとギターをみていた。
俺はまっすぐに何かに夢中になってるそいつがうらやましかった。」
「…」
「少し離れたところでぼーっとそいつを眺めてるとそいつと目が合って、目があった瞬間に構わずそいつが店に入ってきやがって、まっすぐに俺のところへ来た。
久しぶりに同じ年ごろの小学生と話す俺は妙に緊張して、学校へ行けていない罪悪感も感じてすごく嫌だった。そいつはそんな俺の気持ちを知る由もなく、『ここお前んちか?お前んちすげーな!ギターいっぱいあんじゃん!ってかお前俺と同じ歳くらいだよな?なのにもう働いてるとかすげー!俺ケンってんだ!友達になろうぜ!』ってマシンガンのごとく俺に話しかけた。
それがケンとの出会いだった。」
「…」
ムネヨシは一呼吸おいて、また話す。
「それから毎日、ケンが店に来た。放課後になればランドセルをしょったまま店に来て、ひとしきり話して帰っていく。それが日課になって、それが俺の楽しみになった。
話しているうちに少しずつケンのことを知っていった。両親と姉の4人家族で犬を飼ってる。ギターは父親の影響で物心ついた時から大好きで放課後にまっすぐ家に帰らず適当にうろうろしてたらうちの店を見つけた。実は隣の校区の小学校に通ってて、友達はいなかった。明るい性格をしてたからクラスの連中とはうまく過ごしてたけど、勉強も運動もいっつもドベで、何をやっても不器用で空気も読めないケンはグループには入れてもらえなかった。
…実は俺みたいに孤独なやつだった。」
「…」
「話しているうちに中学からは校区が一緒になるから同じ中学に通うことになるって知った。
ケンと毎日一緒にいれるなら、また学校へ行きたいと思えるようになった。中学からいきなり通い始めるのも気まずかったから、また少しずつ小学校へ通うようになった。最初はクラスみんなの視線が痛かったけど、ケンと同じ学校へ通うためだと思ったら苦しくはなかった。」
「…」
「そうして、俺はひきこもりを卒業した。」
「…」
ムネヨシの話を聞いて俺は自分のことを思い出していた。
お父さんが死んで、ひきこもって、コータがきっかけでまた外へ出られるようにはなった。
けど…俺のきっかけは悲しくて寂しくて…コータには会えなくなった。
「俺がひきこもりだったなんて驚いたか?」
「え!?」
突然の問いかけに戸惑った。でも、今ここで本音を隠せば正直に話してくれたムネヨシに申し訳が立たないと思い、二人について思っていたことも正直に話した。
ひとつ、しっかり息を吸って一気に吐いた。
「うん…意外だった。ムネヨシはまじめで成績も良くて優等生なイメージだったからひきこもりだったことも意外だったし、不真面目で問題児のケンと一緒にいることが不思議だったから…今の話聞いて、二人の関係に納得した。」
「そうか…」
ムネヨシは少し笑った。
そして続ける。
「ケンはな、空気読まないし、勉強も運動も苦手で不器用だけど、負けず嫌いな努力家で、正直で誠実で嘘がないから、うまくやらなきゃって余計なことばっか考えちまう俺の考えも全部吹き飛ばしてくれるんだ。」
俺はケンたちと出会った日。
第一印象で苦手だって思ったケンと握手を交わした日のことを思い出す。
「なんとなくわかる気がする。俺、あの心底うれしそうなまっすぐで素直な笑顔がなんだか憎めないんだ。」
「うん…だよな」
「うん。」
ムネヨシが優しく笑う。街頭に照らされた横顔はとても幸せそうだった。
今なら話せる気がして、ムネヨシに聞いてほしくて、ゆっくりと自分の話を始めた。
「実は俺も…ひきこもりだったんだ…」
「…」
ムネヨシは静かに俺の方を見て、真剣なまなざしでじっと耳を傾けてくれた。
「…小学生のとき、お父さんが死んだんだ。それがきっかけで家から出られなくなった。」
「うん」
「コータっていう同じサッカークラブに通うやつがいてそいつが毎日俺を家まで迎えに来てくれたんだ。隣町だったから小学生にとったらすげえ遠かったと思う。
そいつはサッカークラブに通うきっかけをくれたやつでもあったんだ。サッカーなんか別に好きでもなんでもなかったんだけどさ、コータが誘ってくれたからサッカークラブに入った。」
「…うん」
「なのに俺、ひどいこと言っちゃって、コータを傷つけちゃったんだ。サッカークラブに誘ってくれたことも嬉しかったし、ひきこもりになったときに毎日迎えに来てくれたことも嬉しかった。本当は…」
ずっと…自分でも気づかないうちに固く閉じていた心の蓋が開いた。
「本当は、自分もいつの間にかサッカーが好きになってた。
最初こそコータに誘われて始めたけど、少しずつボールを蹴るのがうまくなっていくのがすごく楽しかった。
コータのおかげでサッカーも好きになってたし、俺もずっとコータと一緒にサッカーをやり続けたかったんだ。」
「…うん」
「でも、なにもかも、自分の気持ちすら人のせいにして自分の本当の気持ちからも逃げて、あのときも自分の気持ちをうまく伝えられなかったんだ…あの頃からなんにも成長してないなって、思った。」
「…」
「俺、何かにまっすぐな奴が苦手なのかもしんない。自分で決められない自分がむなしくなっちゃうから。」
自分で言って、情けなくて、少し笑ってごまかした。
「俺のお父さんも実はそんな人でさ。自分で決めたことに一生懸命になって、結局、俺とお母さんのこと遺してさっさと死んじゃったけど…少しうらやましかった。」
「…」
ほんのりぼやけた視界をリセットするように大きく深呼吸する。
「お父さんが家にほとんどいないのは寂しかったけど、自分の好きな写真に一生懸命になっているのにすごい憧れてた。
だから、サッカーに出会えたことで、自分もそうなれるんじゃないかって思ってた。」
それが一番の本当の気持ちだった。
ずっとずっと見て見ぬふりしていた。俺の本当の気持ちだった。
自分で決めたことに一生懸命になって周りのこと気にする余裕もなく無我夢中になって、まっすぐで素直なコータのことが、ケンのことが、お父さんのことが…心底うらやましかった。
「俺たちそっくりだな。」
「え?」
ムネヨシがはっきりという。
予想外の返答に驚いてムネヨシの方へ向くとまっすぐと前を見据える横顔が目に入った。
「俺は音楽が好きだ。苦労して創部した軽音部がなくなるのは嫌だしバンドも組みたい。ケンにも恩返ししたいし、笑っててほしい。
俺は誰のためでもない。俺のために俺にできることをする。」
自信満々にそう言い切るムネヨシはなんだかかっこよくて、コータやケンやお父さんと同じように見えた。
「ムネヨシは強いな」
「そんなことない。」
ムネヨシが俺をまっすぐにみる。
「俺とお前は似てるから。お前だってできるよ。」
相変わらず、無表情でクールで何考えているかわからなかったけど、まっすぐで素直な微笑みをみて、俺はすごく嬉しかった。
「…ケン怒ってた?」
「超怒ってた」
「どれくらい?」
「それはもう般若のような形相で俺の口では言えないような罵声を叫んでは“セーラのばかやろー”って叫びまくってた」
「まじで?」
「まじ。あんなケンみたことない。」
「まじか…会いづらいなー」
「あいつのことはまかせとけ。お前ならわかるだろ?」
「うん。ムネヨシに任せれば大丈夫な気がする。」
「だろ?」
「「ぷ…あはははは」」
そしてまた二人で笑う。
「そろそろ帰るか。」
「おう」
柔らかく優しくなった雰囲気は心地よく、もやもやしていた気持ちが少し軽くなった気がした。
ゆっくりと公園の入り口まで歩き出す。
ムネヨシは公園の入り口に止めてあった自転車にまたがり、俺は再び帰路につく。
「どうするかは自分で決めろよ。」
ムネヨシが帰路を歩き出した俺の背中に話しかけた。
「…」
思わず立ち止まってしまったけれど、俺は振り返ることができず、その声に答えられないまま手だけをあげて、また歩き出した。
ずいぶんと遅くなってしまった。
通りがかりの店で見えた時計はすでに19時過ぎを指していた。これ以上遅くなるわけにはいかないと足早に自宅へと向かった。
ようやく家が見えてきた。この時間ならもうお母さんはすでに帰っているはずなのに家の灯りがついていない。
何かあったのかもしれない。何か余計なことをさせてしまっているかもしれない。
嫌な胸騒ぎがして夢中で走り出した。
急いで家の扉の鍵を開けようとポケットを探っていると中から小さな泣き声が聞こえてきた。
「お父さん…お父さん…」
お母さんの声だ。俺は大慌てで家の鍵を開けて勢いよく扉を開いた。
「お母さん…!!」
お母さんは玄関先で一枚の写真を抱きしめて座り込んでいた。泣き声は枯れ始めていた。
自分がやってしまった重大さを感じ、罪悪感が一気に俺を襲ってきた。
お母さんは俺の声に振り返る。泣きはらした目に俺の姿をとらえた。
「ただいま…」
俺は、言葉が見つからなくて申し訳ない気持ちを込めて消え入りそうな声で小さくそう言った。
次の言葉を考えあぐねいているとお母さんに勢いよく抱きしめられた。
「柳ぅ…よかった…よかった…おかえりなさい…」
抱きしめられた勢いで後ろに倒れそうになるのをぐっと耐えて俺はゆっくりと抱きしめ返した。
久しぶりに抱きしめたお母さんはずいぶんと小さくなっていた。
こんなに小さな身体で自分だってお父さんがいなくなって悲しかったはずなのにそれでも一生懸命笑って俺を育ててくれた。
自分で決められない弱くてどうしようもない俺をずっと大事に育ててくれた。
いつのまにか目頭は熱くなって、気づけば目からは無数の涙があふれていた。
「お母さん…ごめんなさい。ずっと…ずっと心配かけてごめんなさい…俺…寂しかったんだ。本当はずっと寂しかった…お父さんが死んじゃったことも…コータと遊べなくなったことも…お父さんに生きててほしかった…コータとずっとサッカーしてたかった…でも…それを言えるだけの勇気がなかった…強くなかった…自分のことだけで精一杯で…お母さんのことすら守れなかった…ごめん…ごめん…」
「ううん…お母さんも…柳のこと、ちゃんと聞いてあげられなくてごめんね」
二人分の泣き声が小さな家に響いた。
何年分もの涙がたくさん、たくさん流れた。
長い長い時間だった。
あの日からずっと言えなかった言葉。想い。
今日という一日でたくさんあふれ出した。
ずっとずっと固く蓋していた想いが小さくも大きなきっかけであふれ出す。
ずっと向き合えなかった想い。ずっと向き合いたかった想い。
少しの勇気を出せば俺だって自分で決められるんだ。
自分で決めることは決して簡単ではないけれど、とても清々しい。
時間が、また動き出すのを感じた。
ひとしきり泣いた俺たちは顔を見合わせて笑った。
「さ、ごはんにしましょう」
「うん」
泣きやんだあとも目はのっぺり重たかったけど、頭はなんだかすっきりしてた。
部屋着に着替えた後、すぐにリビングへ行った。
なんとなく、まだ小さな罪悪感を感じていたので普段はほとんどやらないリビングの掃除をはじめた。
掃除をしながら1枚の写真を手に取り、ふと気になったことを夕食の準備をしてくれるお母さんに聞く。
「さっき、玄関で抱えてたこの写真。なんでお父さんの写真じゃなかったの?」
玄関先で俺を迎えるときにお母さんが抱えていた写真はいつもリビングに飾っているひときわ立派な山の写真だった。それがお父さんの撮った写真だというのはわかっていたけどお父さんの映った写真もあるというのになぜお父さん自身の写真じゃなかったのか気になっていた。
それを聞いて、お母さんは少し笑ってこちらを振り返る。
「この写真、お父さんが最後に撮った写真なの。」
最後というのは“最期”ということだろう。あの日、届いた荷物にはSDカードも入っていた。だから、お父さんが最期に撮った写真もそこにはのこっていた。
「お父さんね、山に行けない人にも山に興味がない人にも、自分が大好きな立派な山を見せたいんだっていってたのよ。」
「あのお父さんが?」
「そうよ。意外でしょ?」
無口で口下手なお父さんは怖い人ではなかったけど、読めない人だった。
照れ屋で気遣い症でもあったからそんなに熱い人だったというのが意外だった。
でも、それがなんだか誇らしくて、嬉しかった。
「そっか、最後まで一生懸命楽しんだんだね。」
もう一度、写真を眺める。
壮大で迫力のある山の写真は優しく勇敢で自身に満ち足りた生命力を感じた。
「きれいな写真だね。」
「うん。お母さんもその写真大好きよ。」
自分で決めて一生懸命に生きたお父さんは誰よりも立派で俺にとって自慢のお父さんだ。
「さ、夕食できたわよ。今日は遅くなっちゃたからね、早く食べましょう。」
「うん。ありがとう。」
俺はいつもの食卓へ着く。出来立ての料理からは湯気があがっていてどれも美味しそうだ。
「あれ?玉子焼き…」
その中にお昼ご飯にも作ってくれていた玉子焼きを見つける。
「あ、ほんと!やだわ!お昼も玉子焼き作ったのに!お母さん柳に元気出してほしいって思ったらつい玉子焼き作っちゃうのよね。
ほら、昔お母さんが久しぶりに帰ってきたお父さんに何食べたい?って聞いたらお父さん悩んじゃって、そんなお父さんにまだ小さかった柳が『ぼくはママの作ってくれた玉子焼きが好きだよ』って言ってくれたことがあったじゃない。そのことがすごく嬉しくてね。今でも思い出しちゃうの。」
「そうだったんだ。全然覚えてないや…でも、俺もうれしい。ありがとう。」
「うん」
お父さんが死んでから俺とお母さんはお父さんの話はしなくなった。お互いに気を遣ってたんだと思う。
久しぶりにお母さんと話すお父さんの話はすごく温かかった。
「お母さん、あのさ、相談があるんだ。俺やりたいこと見つかってさ…」
お母さんの作ってくれた大好きな玉子焼きは最高に美味しかった。
翌朝。いつも通り目覚まし時計のアラームで目覚める。学校へ行く支度をして朝ご飯を食べて、お母さんに見送られながら家を出る。
「一生懸命頑張っておいで。」
そういって送り出してくれたお母さんにぎこちなく笑い返す。
心に決めては来たがやはり億劫だ。今思い出してもひどいことを言ってしまった。しかし、そもそも喧嘩なんかしたことないからどう仲直りすればいいかわからない。ムネヨシに聞いたときケンはすげぇ怒ってたって言ってたし、どんな顔して会えばいいかわからない。
迷っている間にそもそも本当にこれでいいのかとさえ考えてしまう。
そんなことをぐるぐる考えているうちに学校へたどり着く。だらだらと歩く奴、友達とふざけながら歩く奴、自転車を押して歩く奴、自転車乗ったまま駐輪所へ向かっていて先生に怒られる奴、いろんなやつとすれ違いながら玄関へと向かう。
今日はやめて明日でもいいかな。
なんて考えながら靴箱を開ける。
表に『瀬良』と書かれた札が入っているいつもの靴箱。
中の上履きの上に、靴箱にはそぐわないものが見えた。
見覚えのある木の棒2本。
自分で決めろよって言ったくせに
…来させる気満々じゃん。
あいつも不器用だなぁ。
今日、きちんと会いに行こう。
俺は嬉しくて笑った。
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