☆5th Song☆

あのあとの夕食もほとんど会話はなく、テレビから流れるタレントの話声や笑い声だけが部屋に流れた。

食事を済ませたら早々に風呂に入り、俺はまた自室へと戻りいつの間にか眠りについていた。

自分で電気を消した覚えはないからきっと心配してのぞきに来てくれたお母さんが消してくれたのだろう。

本当にダメな息子だ。

いつも通りに朝の挨拶だけを済ませる。朝に弱い俺は特に朝は口数が少ないからいつもとそんなに違いはなかった。気まずい空気の中、朝食をとって足早に家を出た。

そんな昨日から朝までの状況を思い出してはため息をつく。

「あれ?なんか柳、元気ない?なんかあった感じ?」

昼休み。コンビニで買ったサンドイッチをむさぼりながらそう聞いてくるのは佐々木だ。

「いや、別に。」

いつもと変わらず、短く答える。

「ふーん…ならいいけど…」

お節介な佐々木が追及してこないのは珍しいとは思ったが、ただなんとなく聞いただけだろうと思い、むしろ今日はその方がありがたいと思ってお母さんの握ってくれたおにぎりをほおばった。

佐々木はそれ以上俺のことを気にする様子もなくいつも通り他愛もない話をしている。

「あ、次の化学って移動教室じゃね?今日は実験室だったよな。うぇーめんどくせー。」

そういえばそうだったかと周りを見渡せばクラスの人間の半分は移動し始めていた。時計をみると授業までまだ10分を切ったところだ。ゆっくり歩いていく時間は十分にある。

佐々木が自分の机に戻って準備を始めるのと同時に自分も空になった弁当箱を片づけて科学の教科書とノート、筆記用具の準備を始めた。それらを手に持って顔を上げて佐々木の席を確認するがそこに奴はおらず、すでに佐々木は自分の荷物を持って教室の入り口に立っていた。

「おーい、柳、行くぞー!」

相変わらず騒がしくてせっかちな奴だなと思いながら「おー」とやる気のない返事をして佐々木の元へと向かった。


実験室は例の特別校舎の3階。

俺と佐々木は相変わらず他愛のない会話をしながら実験室へと向かう。会話といってもいつも通り、佐々木が話してそれに俺が相槌をうつ。他の奴らから見たら俺たちはどんな風に映ってるんだろうな。


「あれ?セーラ!廊下で会うなんて珍しいね!」

全身の神経が飛び上がるのがわかった。心臓が脈を打つ。行く先から聞こえてきたのはすっかり聞きなれてきた声。

ケンだ。

よりによってこんなところで、誰かといるときに声をかけてくるなんて。

ケンたちの2組と俺の4組は合同授業もなければ階も違うから少し気を付けていれば昼間に会うことはないだろうと高をくくっていた。

そうだ、俺が今向かおうとしているのは軽音部の屋上がある校舎の3階。

昼休みともなれば出会う可能性はあったのに…失念した。

そんな内心動揺する俺を気にすることなくケンはいつもの調子で話しかけてくる。ケンの隣にはムネヨシもいたがケンを止めることもなく黙って様子をみている。

「隣に居るのはお友達?」

「え、あ、その、同じクラスのやつ」

何とかしてごまかそうと必死に答えを探す。そんな俺をよそに佐々木がケンとの会話を始めた。

「おう!俺、佐々木っていうんだ。よろしく!」

「佐々木くん!俺は三沢健太!ケンでいいよ!よろしくー!」

「知ってる。お前いろいろ有名だもんな。」

「ほんと!?有名だなんて照れちゃうなぁ」

意気投合し始めた二人をなんとか離したいと必死に考えて思考していると授業開始5分前を指す時計が目に入った。

「佐々木!そろそろ急がないと!あと5分しかない。」

時間の神様がいたなら俺は全力でお礼を言っただろう。そう考えながら俺は佐々木を急かすように少し先を歩き始める。

「あ、やっべ!じゃあな三沢!軽音部の件、俺はバスケ部があるから協力してやれねぇけど応援してるぜ!」

「ほんと!?ありがとーう!」

「行くぞ。」

「じゃーねー!」

俺が佐々木を急かしたようにムネヨシも全力でこちらに手を振るケンを静かに急かしたのが見えた。

「柳ってあいつらと知り合いだったっけ?」

「たまたまだよ。」

危機的な状況を脱せたことにホッと胸をなでおろした俺はケンに手を振り終えて横に並んだ佐々木にいつもの適当な相槌をうった。


その後も佐々木に改めてケンたちのことについて聞かれることはなく過ごした。

そして放課後。

終礼の礼を終えるとともに佐々木は教室の扉に向かいながら「じゃーなー」と俺に一声挨拶をして部活へと向かった。

それに「おー」と短く答える。

「はぁー…おわった…」

小さくそうつぶやくと一気に身体中の緊張が解けるのがわかった。佐々木には不審に思われたかもしれないが無事に今日を終えることができてほっとした。

「っと、早く行かなきゃ」

ゆっくりする時間はない。時間は有限だ。

今日こそ、これを返さなければいけない。

カバン越しにムネヨシのドラムスティックを握りしめ、俺は屋上へと向かった。


すっかり見慣れた屋上入り口の扉。

今日は張り紙もない。

踊り場の機材がなく、屋上の方からは声が聞こえる。

今日こそは話せる。

「よっし」

小さく気合を入れなおして屋上入り口の扉を開いた。

「あ!きたー!セーラ!おっそいよー!待ちくたびれたよー!」

屋上に出るやいなや、俺の存在に気づいて声をかけてくるのはケンだ。

ムネヨシは機材の調整をしていたがその声を聞くとこちらに視線を向けてからまた機材の調整に戻った。

「うん。」

俺はケンに気のない返事をしながら扉を入ってすぐのところにカバンをおく。

そのままケンたちに背を向けたままカバンのチャックを開けてドラムスティックを取り出そうと準備をする。

心臓の脈が少し早くなっているのを感じたが、すでに俺は決心していた。

そんな俺の思いを察することなくケンはいつもの調子でマシンガントークを始めた。

「佐々木くん、すっごくいい子だったね!セーラがいるからサークル申請は通ると思うんだけど、やっぱ早く部活にしたいよね!佐々木くん入ってくれないかなぁー?バスケ部と掛け持ちしてくれるかな?あ、でも俺たちもバイトと部活両立してるし、ま、大丈夫か!ねぇねぇセーラ!佐々木くんに声かけてみてよ!」


は…?


俺は背を向けたままケンの話を聞いていたが全身の血流がサッと冷えるのを感じた。

昨日と同じ感覚だ。俺は昨日よりもできるだけ冷静に答えるように湧き上がる心を抑えつけた。

「いや…うちのバスケ部って全国区で結構本気の部活でアルバイトもできないくらい大変だから無理だと思うけど。」

「そうなんだー。いやぁでもできる気がするんだけどな。バスケ部だけでしょ?できるんじゃないかなぁ?」

「いや、無理だって。甘すぎだろ。」

さっきよりも少し語気が強くなる。

やばい。

そう思ったけどなぜか抑えられなかった。でもそんなわずかな違和感にケンは気づくはずもなく、変わらないテンションで質問を返す。

「そういやセーラってアルバイトしてるの?」

「は…してないけど。」

何を突然聞いてくるのかと思えば今、俺が一番されたくないアルバイトの話。そんなこと知る由もないケンにそっけなく答える。

「えー、じゃあセーラには言われたくないよー!セーラも佐々木くんもやることって学校と部活だけでしょ?超楽じゃん!いいなーアルバイトもせず部活と学校だけとかうらやましー!俺アルバイトやりたくてやってるわけじゃないもん。お金がいるからやってるだけだし、音楽だけできたらなーって思うよ。」


プチン…と

一瞬で、張り詰めていた何かが切れるのがわかった。


「そういうとこが甘いっていってんの、佐々木のことなめんなよ。」

できるだけ静かに。なんてもう気遣える余裕はもうなかった。

それは元々相手を気遣うことを知らないケンにとっても火種になった。

「はぁ?なにそれ感じわるー!いいよねセーラは!バイトもしないでいれて!お父さんにもお母さんにも甘やかされてるんだろうなぁー」

「しないんじゃない!できないんだよ!!人のこと知らないくせに相手の気持ちも考えずに自分勝手に決めんな!!」


火は燃え上がる。


「むー!自分で考えない甘えん坊の柳にいわれたくない。あれやだ!これやだ!ばーっかりで自分で決めたことないんじゃない?」


どんどんどんどんと。


「じゃあ言わせてもらうけどお前みたいな自分勝手な奴がそんなへたくそなギターでこんな学校で必死に一生懸命になったって無意味だろ。絶対につぶされるのに。」


炎に変わって燃え続ける。


「はぁ?!今の言い方むかつくー!ギターがへたくそなのは関係ないでしょ!なんでも適当なだらだら無気力なセーラには言われたくない!一生懸命になったことないんじゃない?!」


燃えて、燃えて、我慢とか気遣いとか建前とか、喜びとか悲しみとか悔しさとか幸せとか…


「自分のわがままに誰かを巻き込むのが一生懸命だっていうのかよ!」


大切なものをすべて焼き尽くす。


ケンが息をのんだ一呼吸の間に頭に浮かんだのはあいつの顔。

静かに笑うあいつの横顔。

少年みたいなあいつの笑顔。

最後に見たあいつの後ろ姿。

小さな箱の前でひとり泣くお母さんの姿。


一生懸命に何かをして誰かを悲しませるのが…


「もう話しかけんな。お前と知り合いだと思われたくないんだよ。迷惑だ。」


炎は燃えつくして静かに消える。


「セーラは…俺に巻き込まれたって思ってたの?」


そこにはもう何も残らない。


「ごめん。気づかなくて。もういいよ。わがままに付き合ってくれてありがとう。」


静かにそう言ったケンの言葉を聞いて、どうにもできなくなってその場にドラムスティックを投げ置いて走り出した。

ケンの顔を見ないまま。何もいえないまま。


そんなことが言いたかったんじゃないんだ。

それでも一度燃え始めた炎を簡単に消すことはできない。

燃えたものを元に戻すことはできない。


がむしゃらに走る。逃げるように走る。


初めてつかんだ何かからも

俺はニゲル。


掴みかけた何かは、もう形を成していない。

意味を持とうとしていたガラクタは

一瞬で灰になった。




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