第4話 祭りの夜に

 僕も学校のみんなも近所の子供たちも、麓の町のライトアップ祭りを楽しみにしていた。十二月最初の土曜の夜。露店を二三軒回れるくらいのお小遣いをもらって、玄関を飛び出す。

「ちょっと待ちなさい」

 七つ上の姉が僕の頭から首へネックウォーマーをかぶせた。

「寒いわよ。ちゃんと付けていきなさい。手袋も」

 姉から渡された手袋を受け取りながら、はぁい、と、ふてくされた返事をする。別にそんなものいらないのだけれど、言うことを聞かないと家から出してもらえないから。付き添いの父と母は、部屋の明かりは消したか忘れ物はないか、ゆっくり確認している。僕は待ち切れない。

 ねぇ、早く行こうよ!

 玄関先で叫んだ声は意外に空高く響いて、隣に住んでいる同級生のカヤにくすくすと笑われた。カヤの家族もちょうど祭りに出掛けるところだったらしい。

「待ち切れないならあたしと一緒に行く? どうせ大人たちはのんびり歩くわよ」

 カヤの言葉に、僕の姉もうなずく。

「そうね。私が二人に付き添うわ。二人とも、いい子にしていられる? 危ない真似をしないって約束してくれるなら、私が連れて行ってあげる」

 もちろん、約束できる。

 僕もカヤもうなずいた。

 親たちも特に反対しなかった。

 噴水広場の時計の下を親たちとの待ち合わせ場所に決めて、僕ら三人は丘の石段を駆け下りた。

 丘の街の石段にも、一段ずつ、左右にランタンが灯してあった。祭りに行く人と祭りから帰ってくる人、それから、観光客。色んな人たちがすれ違って、石段は混み合った。

「あっ、カヤ、ソウ! やっほー!」

「やっほー!」

 時折こんなふうに同級生とすれ違って、ハイタッチしたりする。

 子どもたちはみんなはしゃいでいた。大人たちはうっとりしていた。

 ランタンの灯りに導かれながら石段を駆け下り、僕らはライトアップされた麓の町の噴水広場に着いた。

「ねぇ、ソウ。どのお店に行く?」

 そう言いながら、カヤが僕の腕を揺する。お祭りのときには夕飯は露店ですます。丘の子供たちの常識だ。栄養のあるものじゃなくたっていい。好きなものを好きなように食べればいい。そのためにお小遣いをもらうんだから。

 僕ら三人は気になる露店に駆けていって、この日しか味わえないごちそうを堪能した。

 ライトアップされた噴水広場は光の海だった。街路樹にも垣根にも噴水の縁にも電飾が灯っている。

「綺麗だね」

 カヤがつぶやく。赤いコート以外、寒さから身を守るものを何も着けていない。カヤは手をもんで、息を吹きかけた。

 僕は手袋を取ってカヤに差し出した。

「貸してくれるの?」

 僕がうなずくと、カヤは「ありがとう」と言って手袋をはめた。

「お母さんに手袋をはめていきなさいって言われたんだけど、そんなものいらないよって返事しちゃったんだ。お母さんの言うこと、聞いておけばよかったなぁ」

 カヤはそう言って笑った。

 どこの家族も似たようなやり取りをするんだなと思うと、少しおかしくて、僕も笑った。

「あったかい」

 カヤは手袋をはめた手を、みぞおちの辺りで組み合わせた。

 そのやり取りを見ていた姉が、僕にそっと、自分の手袋を差し出してくれた。少し大きい、大人用のグレーの手袋。照れくさかったけれど、素直に受け取った。

「そろそろ帰る時間よ、二人とも」

 姉の言葉で、僕らは時計の下で待っていた親たちと合流した。

 親たちはガラス細工の露店で手のひらサイズのツリーを僕ら三人にお揃いで買ってくれていた。

 電飾にかざすとガラスのツリーはきらきらと光った。

「綺麗だねぇ」

 カヤの瞳は夢見るように輝いていた。

 電飾の海と賑やかな雑踏が僕の目に焼き付いた。

 後ろ髪を引かれる思いで丘の街へ帰る。寂しさがつのった。ランタンの灯る石段。静かな帰り道だった。

「楽しかったね」

 カヤは静かな空気を守るように小声で言った。うん、と僕もうなずいた。

 楽しかった。もう一度石段を駆け下りていきたいけれど、お祭りを楽しめるのは年に一度だけ。来年また、僕らはこの石段を駆け下りていくんだろう。

「手袋、ありがとう」

 別れ際、カヤは手袋を返してくれた。

 役に立ってよかった。姉さんのおせっかいも、たまには聞いておくものだな。

 僕も姉に手袋を返した。

 ありがと、姉さん。うん、いいよ。

 そんなやり取りをしながら家に入ると、母さんがあったかいココアを入れてくれた。

 僕らの祭りは終わってしまった。

 寂しさの中に、時折楽しさが戻ってくる。

 来年もいい思い出ができるといいな。

 そう思いながら、僕は自分の部屋の勉強机に、ガラスのツリーを飾った。

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【短編集】海の側の丘の街 スエテナター @suetenata

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