第3話 手紙

 白い石畳の階段は爽やかな初夏の日差しを受けて輝いていた。ざらざらとした石肌の上に砂絵のような細かな影が浮いている。靴は小気味よくその石畳を鳴らした。こつこつこつこつ、いい音がする。レモン色の風が髪を攫っていった。鬱陶しく髪を押さえながら隣を見ると、痩躯長身の幼馴染みが、透き通った水色の空を見上げながらさっぱりとした微笑みを浮かべていた。彼は一通の手紙を持っていた。それをポストに投函するために出掛け、たまたま散歩をしていた私とばったり会ったのだった。私たちは丘下のポストを目指して階段を下りていった。

 彼は何も言わないけれど、きっとこの手紙は劇団のスカウトへの返事だ。元々小さい頃から児童劇団に入っていて演劇をしていた。背も高くてオーラがあり、しばしばファンレターが届くほどだった。高校を卒業してからしばらく悩んでいるようだったけれど、きっとこの街を出て行く決心をしたのだ。

 この街の子供たちはみんなきょうだいのように育つ。物心付く前からみんなそばにいる。当たり前のように一緒に大人になるのだと、小さい頃は信じていた。

 彼がいなくなる。欠ける。考えたくない。喉が塞がるほど苦しかった。私はその暗い気持ちを掌に丸めてポケットに隠した。

 私の気が強いばっかりに、小さい頃は喧嘩ばっかり吹っ掛けていた。園長先生も担任の先生も呆れていた。父と母は溜め息ばかり吐いていた。そんな中、お迎えの時間にたまに会う彼のお母さんだけは私に優しくて、いつも頭を撫でてくれた。いきなり腰に抱き付きに行っても決して怒らず私を抱き返してくれた。

 彼は私を邪険にしなかったけれど、内心困っていたに違いない。そんなことも忘れて私たちは小学生になり、中学生になり、高校を卒業して今年で十九歳だ。成長とともに私も人との距離の取り方が分かってきて、喧嘩を吹っ掛けることもいきなり人に抱き付くこともしなくなった。

 彼はミントのように爽やかで誰にでも優しかった。みんなの記憶に深々と刻み込まれる人だった。

 私は気が強いから、彼の前ではきっと泣かない。明るく見送ってみせる。ぐっと歯を食いしばった。

 彼は急に立ち止まって私を見た。

「俺、こっちだから。またね」

 にっこり微笑んで私に手を振り、ポストの方へ歩いていく。

 私は元来た道を引き返した。眩しく輝く石畳の階段を一人で上っていく。

 レモン色の風に、髪が流れた。

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