第32話

 軍用船の兵士たちは、もはや浜辺の俺たちを見る余裕もない。

 逆に俺とアンコは余裕たっぷりで、対岸の火事のように見物していた。


 そして俺は甲板の上で逃げ惑うジンラインを見て、あることを閃く。


 クリアスライムを1匹降らし、巨大パチンコに装填。

 ジンラインめがけ、びよんと撃ち放った。


 それは見ていれば避けられるほどの弾であったが、火事に気を取られていた標的は気付かない。

 無色透明なスライムは、ジンラインの顔に見事にへばりついた。


「うわっぷ!? なんだこれ、スライムっ!? く、苦しい、離せっ!」


 船の上なのに溺れるようにもがくジンライン。

 スライムがひっぺがされるより早く、俺はあるスキルを発動する。


 すると、スライムに包まれたジンラインの顔が、吸い込まれるように醜く歪んだ。


「なっ……!? ぎゃあああっ!? なっ、なんだ!? なんなんだっ!?

 やっ……やめっ……!? やめろおぉぉぉぉぉーーーーーーっ!?」


 ずるんと剥がされ、床に叩きつけられるクリアスライム。

 しかしそれはすでに、クリアではなかった。


「よしっ!」


 予想どおりの成果に、俺は思わずガッツポーズする。

 隣にいたアンコは、口をあんぐりさせていた。


「まさかご主人様、スライムを使ってジンライン様の能力ちからを……!?」


「そう、『吸収』したんだ……!」


 甲板の上にいたのは、ただのスライムではなかった。

 まるで神々の力を吸い取ったかのように、バチバチと黄金の光を宿す……。


 『サンダースライム』っ……!


 俺は手をかざし、猛然と叫ぶ。


「いままでのお返しだ、ジンラインっ!

 さぁ、逃げろっ……! 逃げ惑って、己の無力を思い知るがいいっ……!」


 生まれたばかりのスライムが、産声をあげるかのように閃光を放つ。

 それは神だった男を、ただの人に戻した瞬間でもあった。


 ……ズドガァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


「ぎゃああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ヴァイオ小国の軍用船。

 国王が戦い好きなだけあって、それらはどれも世界最強クラスの戦闘力を誇っていた。


 ジンラインが駆っていたのは中型の軍用船であるが、ふたりだけの集落を攻めるには過ぎたるシロモノ。

 しかしそれが今や、たった1匹のスライムによって蹂躙されていた。


 船のど真ん中にいるサンダースライムが激しく明滅するたび、神が投げたもうた槍のような閃光がはしる。

 その光に貫かれた船体には大穴が開き、兵士は骨が透けて見えるほどに帯電。


 瓦礫と黒焦げになった者たちを、容赦なく海に放り捨てていた。


 本来ならば部下と船を誰よりも案じなくてはいけないはずのジンラインは、真っ先に逃げ出す。

 カミナリの届かないマストのてっぺんにしがみつき、あたりかまわず泣き叫んでいた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ! 死にたくないっ! 死にたくないよぉっ!

 俺はまだやりたいことがあるんだっ! こんなところで死んでたまるかよぉーーーーっ!!」


 それは、見るに堪えないほどの醜態であった。

 中継にかじりつきだった四国の国民たちは、呆れ果てた溜息をつく。


「あ~あ。スライクの集落に傷ひとつ付けられなかったうえに、あんなにボロボロになって……」


「それも、相手はたったふたりだろう? ジンライン様には軍用船に兵士まであったっていうのに……」


「スライム相手にボロ負けして、泣き叫んでるだなんて……」


「みっともねぇなぁ、ジンライン様……!」


 そして今回の『スライク投票』も的中者はゼロであった。

 ジンラインの集落破壊率は最低でも90%と予想されていたのに、フタを開けてみれば……。


 なんと、0%ノーダメージ……!

 しかも、反撃のオマケつき……!


 そうこうしている間に軍用船はとうとう轟沈。

 ジンラインは「あ~れ~!?」とマストごと倒れ、ざっぱんと海に叩きつけられていた。


 その最期すらもスライクとアンコにとってはどうでもよくなっていて、ふたりは昼食に夢中。

 沖にはアップアップともがくジンラインが。


「うわぁ、なんですかこの食べ物は!? 腐ってるみたいです!?」


「たっ、助けてくれぇ! 溺れる! 溺れるぅぅぅ~~~っ!?」


「これは納豆っていう食べ物だ。大豆に『高温』と『未来』のスキルをかけたらできた。

 腐ってるように見えるけど、これはれっきとした『発酵食品』ってやつなんだぞ」


「お、俺がわるかった! 今までにしたことは全部謝る! だから助けてくれぇ!」


「薄幸食品!? まるでご主人様に拾われる前のアンコみたいで、親しみが湧きます!

 さっそくいただきまーすっ! って、うぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「い、いや、助けてください! ホントにヤバいんです! このままじゃ死んじゃいます!

 お願いだから助けてぇぇぇぇ~~~~っ!!」


「ちょっとクセがつよいけど、慣れればいけるだろう?

 この『納豆』が発祥の国では、メシにかけて食うそうだぞ」


「お願いお願いお願いっ! お願いだからぁ!

 スライク様アンコ様! 神様仏様ぁ!

 うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーんっ! ママぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「う、うーん、アンコはご主人様のお顔でどんぶり3杯はいける口ですけど……。

 これは、ちょっと……」


 あたり一帯にはジンラインの悲鳴が轟いていたが、アンコは生まれて初めての『苦手な食べ物』ができてしまい、それどころではなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 船を破壊されたジンラインや兵士たちは、藁にもすがる思いで『生前地獄リビング・ヘル』に向かって泳いだ。

 しかし沖は潮の流れが変則的で強く、いくら泳いでも島に着くことはできなかった。


 彼らはやむなく瓦礫にしがみついて漂流し、命からがらヴァイオ小国へと戻る。

 そこで待っていたのは、国民たちの冷たい視線。


 彼らは英雄として凱旋するはずだったのに、スライクに負けた恥さらしとして、石を投げつけられた。


 軍事強国であるはずのヴァイオ小国、その一角をになう最強の将軍のひとりが、たったひとりのスライム使いにやられた……。

 これは大きな失望となって、国民たちの間に広がった。


 この国に将来はないと、多くの者たちが他の小国に移住する。

 事態を重くみたヴァイオは、ジンラインにすべての責任を押しつけるため、捕らえて投獄した。


 いままではフォールズの面汚しといえば、最弱のスライクだった。

 しかしスライクに負けたことにより、その座はジンラインへと移る。


 しかもジンラインは『吸収』スキルを受けたことによって、フォールズの力を失っていた。

 ただの人と化してしまった彼には、もはや何の価値も無い。


 ヴァイオはほとぼりが冷めた頃にジンラインを再起用するつもりでいたのだが、それもできなくなってしまった。

 よってジンラインはすぐに釈放され、野に放たれる。


 今まではフォールズの力があってこそまわりにいてくれた人間は、もう誰もいない。

 ジンラインはヴァイオ小国で初めての奴隷となり、今は牛馬のようにこき使われているという。

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外れスキル『スライム降らし』で始める追放スローライフ 俺のことが好きすぎるメイドとともに、いちゃラブ無人島生活 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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