第17話 再会


◆秋人視点◆


「これで気がんだか?」


 ライゼスから戦績せんせきシートを渡されて、秋人ははっとした。


「……え?」


「善人面して記憶喪失の振りか? どうせ、違反警告がまったんで、しばらく第一線からは退くって算段なんだろ? プロ・プレイヤーがカードショップで弱い者いじめとは……」


 当てつけるようなライゼズのうらぶしを聞きながら、秋人の脳内は混乱していた。第二試合の直前に『ブレイン・サウンド』を聞いて、それから……? てついていた時が、溶け出したかのように――秋人はようやく思い至った。


 周囲を見渡せば、自分はフィーチャーテーブルにいる。


 勝った、らしい。

 ライゼズに。


 そして――優勝したらしい。


 なんら実感をともなわないしっちゃかめっちゃかな頭のなかで、しかし――ライゼズへの反論だけは明晰めいせきに浮かんだ。


「おかしいな……ライゼズ。あんたも企業にスポンサードされた?」


 ライゼズの顔は憎悪ぞうおゆがめられた。

 秋人はさらにとぼけてみせた。


「あれ? 違ったっけ?」

「……クソがっ」


 そうき捨て、ライゼズは去っていった。

 やれやれと息を吐き、気を落ち着ける間もなく――秋人を強烈な偏頭痛がおそった。


「いったぁ……」


 あまりの痛みに秋人はひたいを押さえる。

 割れそうに痛い。


「おめでとう、駿河氏……」


 宮下部長の声を聞いて、秋人は顔を上げた。


 シャドー演劇部の面々が集まってきた。

 宮下部長をはじめ、東、北原先輩も感激を湛えた瞳で見つめてくる。


 恥ずかしい……。自分はそんな尊敬を集めるような存在などではない。むしろチート行為に手を染めた卑怯ひきょう者で……。そんな言い訳を独りごちている間に、頭痛はやわらいでいた。


 勝美が一歩前に出て、秋人に顔を近づけてくる。


「なっ、なっ……!?」

「もう……〝あの人〟じゃないのよね?」

「……え?」


 まるで神秘のきりが晴れてしまったかのように、勝美の表情が、落胆らくたんに変わる。


「そう……もう引っ込んじゃったんだ」

「…………」


 残念そうに苦笑を浮かべた勝美は、すっと身を引いた。

 そのとき、背後で声が起こった。


「駿河くん」

「……っ!?」


 席を立ち、声の方に振り返る。

 そこには、クロエがいた。

 勝美に「ほーら」と背を押され、ビックっとしながら歩み出る。


「クロエ……どうして……」


 照れ臭そうにクロエは、秋人から視線をそらした。

 

「駿河くん……試合、見てたよ。すごいね?」

「ああ……」


 クロエとの再会。求めつづけてきた機会のはずなのに。あまりに咄嗟とっさのことで、何と話を切り出せばいいのか迷ってしまう。


 視線を合わせるのを、クロエは避けている。うつむいたままだ。


 秋人は腹をくくった。『ブレイン・サウンド』を聞いていなければ、所詮しょせんは自分は凡人ぼんじんなのだ。いくら頭を回したところで仕方がない。下手に気を回すより、単刀直入にあやまろう――秋人はクロエの手をにぎった。


「クロエ!」

「えっ……えっ……!?」


 ほほを赤らめるクロエの青い瞳を見つめて、秋人は叫んだ。


「悪かった!」

「ちょっと、駿河くん……」

「クロエ――あの約束は、まだ有効かな?」

「約束って……」

「シールド戦だよ。また一緒に遊ぼうって」

「…………」

「たぶん、優勝賞品のブースターパックが手に入る。一緒にプレイしないか? もしよければ、シャドー演劇部で」


 確認するように、演劇部の面々を振り返る。

 宮下部長や勝美たちが各々おのおの頷いている


 クロエは――その青白い顔に笑顔を広げた。


「……うん!」




◆ 優子視点 ◆


 檜山優子ひやま・ゆうこは、駿河秋人の経過観察報告書に目を通しながら、ある人物に電話をかけていた。


 駿河秋人は、今朝も病院に立ち寄り、学校に向かった。彼は気づいていないようだが、ありとあらゆる心理テストで、〝それ〟は明らかだった。


 目覚めたのだ。

 666ナンバー・オブ・ザ・ビーストが。


『私だ……』


 電話口に男の声が答える。


「芹沢博士。プログラム人格・666ナンバー・オブ・ザ・ビーストの出現を確認しました」

 

 優子の報告に、芹沢と呼ばれた男は満足の笑みを洩らした。


「検体は、いまだ有効ということだな?」

「はい……偏頭痛の副作用が気になるところではありますが……」

「問題はなかろう。薬で対処できる範囲内だ。それに――いつまでもカードゲームで遊ばせておくわけにもいかん……そろそろ計画を次の段階に移行するときかもしれん」


 特殊音源による脳機能の拡張。

 勝利への原初的な渇望。


 その研究の行き着く先は――。


「検体の観察をつづけてくれ」

「はい……」


 優子はそこで通話を切った。



第一部・完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナンバー・オブ・ザ・ビースト:TCGプロ・プレイヤーを引退した俺ですが、復帰してまた世界最強を目指します。 春日康徳 @metalunanmutant

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ