第6話
ノゾミは見えない世界を歩く。歩いていると、今確かにあるもののことを考える。右手の温もりと、足音。今確かに二人で歩いている。
「まあ、いいか」
ノゾミはぽつんと言った。諦めではあるが、受け入れでもあった。今できることをしているなら、あとはなるようになるだろう。ノゾミはそう思った。
その後に続く女の子の沈黙が、隣に浮かんだ疑問符を感じさせる。
「主人公なら敵を倒して目を取り返すところだよね。あ、物語の話」
「んー……。そうとも限らないかもしれないです。最後はうまくいかなくて、悲しく終わるかもしれません。あっ、そうとも限らないですけど」
女の子は言った後で言葉を間違えたと思い、濁すことにした。
「渋い本も読んだりするんだね。あたしも小さい時からそういうの読んでたけど、やっぱり最後はスカッとするのがいいなあ。だからまずは敵を探さないとだっ」
ノゾミは空いた左手の指で、つないだ女の子の左手を歩いた。女の子はくすぐったそうに笑う。こういう冗談が通じない人間がいることはノゾミは知っていたけど、女の子ならノゾミが敵だと思っていないことを踏まえて通じると思った。そしてノゾミはやっぱりやりすぎはセクハラになりそうなのでやめて、前を向いて歩く。
「どうしてあそこにいたの?」
最初は立ち入るべきでないと思っていたけど、今は知っておくべきだと思った。何か明るくない事情がないと、こんな時間に小さな子が一人でいることはほとんどないとノゾミは考えていた。
「えっと、本を読み終わって、電気を消して、それで外に出ました」
外へ出た理由ははっきりとしないが、女の子の中でもそれがはっきりしていないんじゃないか、とノゾミは思った。
「読んでるとつい夜更かししちゃうよね」
「はい。朝になっていることもあります」
「学校で眠たくなっちゃうでしょ。あたしもそう」
大人でしかも仕事中だけど、とは言わなかった。
「そうなんです。頑張ってます」
「一緒に頑張ろう」
「はい。頑張りましょう」
たぶんここは大人なら早く寝るように言うべきだったけど、ノゾミは自分のことを棚に上げるのが苦手だった。
「学校は退屈?」
さっき楽しいかどうか聞いたけど、ノゾミはもう一度聞いてみることにした。
「……そうかもしれないです。毎日何もないです」
ため息交じりの答えが返って来る。
「そっか。なんかあたしに似てるからもしかしたらって思ってな。あたしは友達が全然いなかったからかもしれないけどさ」
「同じです」
「たぶん話せば面白い人もいたんだろうけど、それを探すのが面倒」
「そうなんです」
「こういう風に話さないとわからないもんなあ」
「あ……」
「ん?」
「今は、友達みたいな感じでしょうか」
大人に言うのがためらわれたのかもしれない。
「そうだな。もう友達だ。手も繋いでるし」
「仲良しな感じですね」
「親友だ」
「おお、親友は、すごいです」
ノゾミは親友ができたことはないけど、たぶんできたらこんな感じなんだろうな、と思った。それはもしかしたらこの子も同じかもしれない。
どちらからともなく、手を揺らす。
「ねえ親友、名前は。まだ聞いてなかったよな。あたしはノゾミ」
「え。わたしもそうなんです。
「まじか。すごいな。似てるとは思ってたけど、まさか名前も同じとは驚いたぜ。これはあそこで会ったのも偶然じゃないかもな」
「親友の、力」
互いに親友という言葉の響きが気に入っていた。
「実は同じ人間だったりしてな。なんか過去と未来がつながった、みたいな」
「本みたいで、素敵です」
「じゃあ今日はそういうことにしておこうぜ」
「はい。ノゾミさんはわたしです」
「ちっちっち、
「ええ、違いますよー」
「ふふん。まあ、同じなんじゃないか」
「あっ、そうかもしれません」
手を揺らしながら歩いていると、
「どうした?」
「ここ知ってます。暗かったのでさっきまでよくわからなかったですけど、もうすぐで家です」
「おお、それはよかった」
「でも……」
「ん?」
「先にノゾミさんをお家に送ろうと思います。目が見えないと大変です」
「うーん、たぶん大丈夫だろ。予想が合ってれば。まあ行こうぜ」
「えっと、はい」
二人は歩く。ノゾミは前を向きながら言う。
「外に出たのは退屈だったから。そうじゃないか」
「そうかもしれません」
「あたしが
「退屈だったんですか?」
「うん。学校も家もな。それで家を出て働こうと思ったんだ」
「退屈はなくなりましたか?」
「まあな。でも家を出なくても面白いことは他にあったんだと思う。面白くないと思ってた周りのヤツでも、よく見ればいいヤツもいただろうしな。こうやって親友ができたりするかもしれない」
「親友はいいものです」
「きっと人間以外でもそうなんだろうな。あ、でも夜中に一人で出歩くのはダメだぞ。危ないから」
「あっ、はい」
ノゾミは、自分のことを棚に上げた。
手を揺らしながら歩く。
ノゾミは
「もう着くの?」
「……はい」
「あたしのことは心配しなくていい。だってあたしは
「少し寂しいような気がします」
「うーん、それは気づかなかったなあ」
ノゾミは右手の感触を確かめるように握る。
そして
「着きました」
「そうか。じゃあまたな」
「はい。本当に帰れますか?」
「親友は信じるものだぞ」
「ダジャレ」
「そんなにうまかないけどな。いい感じにオチたからいいだろ」
「なんだか、これから面白いことがありそうな気がします」
「たぶん何かは、もう始まってるんだと思うぜ」
そして手が離れる。
「――あ、もう明るい」
ノゾミは目を開く。
そこは、街灯に照らされた夜道だった
「さて、とりあえずはカップ麺だな。どうなってることやら……」
ノゾミはアパートへ向かって歩いていった。
夜灯 向日葵椎 @hima_see
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