第47話 因縁

 昨日までの天気の良さはどこへやら。


 迎えた二日目は天候に恵まれず、どんやりとした雲が空一面に広がっていた。

 朝方に雨が降ったようで、地面はぬかるみ少し霧も出ている。


 太陽の差し込まない森のなかは薄暗く、ヒヤリと肌寒い。


 天候に恵まれなかったといって受けた依頼を放棄することはもちろん出来ず、俺たちは昨日に引き続き森の奥へと足を進めていた。


 目指すは――「ゴブリンの巣」

 

 ミザリーの茶会メンバーから「狩りの最中にゴブリンの巣が出来ているのを見つけた」という報告があった。それも皆伐地帯の付近にあるとのことらしい。


 「巣」というと虫が作るようなコロニーを想像してしまうものだけど実はそうではない。ゴブリンの巣は人間でいうところの村に様式が近い。巣の周辺を縄張りとし、住処をつくりそのなかで繁殖していく。なので、個体数が増え巣の規模が拡大する前に居ついたゴブリンを駆除し、住処を取り壊すなどの対処をしなければいけない。


 今回の依頼はあくまでもゴブリンの駆除。だけど――巣を見つけたからには対応すべきではないか? というマシェリの提案と全員の合意によって「ゴブリンの巣の解体」が今日の目的になった。


 しかし――朝から森に入って数時間、本来であれば巣の近辺に到着している時刻だけど未だに目的地までは距離があった。ぬかるんだ道と霧で歩みを妨害され、思ったように前に進めていないからだ。


 このペースじゃ一通り終わるころには夜かもな。


 森のなか、ゴブリンの巣跡地で一夜を過ごす可能性も考えておく必要がありそうだ。


 そんなこんな考えながらも、立ち込める霧でミザリーの茶会メンバーたちを見失わないように最後尾からついていく。


 俺の数メートル先にはシャルロッテ嬢とリトル少年、そして冒険者新聞記者のエミリー。疲れているのか、いつも口やかましいシャルロッテ嬢も今日はやけに大人しい。


「ミヤビ、大丈夫か? 具合悪くなったりしてないか?」


 横にいるミヤビを気遣い声をかける。 


「うん、へーき。早く終わるといいね」


 その言葉に嘘はなさそうだった。


 かれこれ数キロは森のなかを歩き、すでに体力を消耗している俺とは対照的にミヤビの顔からは少しの疲れも見えない。それどころか、ならされた地面を歩くときとなんら変わりない軽やかな足取りで、裾の長いローブには泥飛沫のひとつもついていなかった。


「できれば夜には帰路につきたいところだけど、ちょっと難しいかもな。もし途中で気分悪くなったりしたらちゃんと言うんだぞ」


「あいあい~」気の抜けた返事と共にミヤビは手をあげた。


「そういえばジークはさ、この依頼が終わったら次はどーすんの?」


 ふいに問われる。


「うーん、そうだな。出来れば同じように簡単な依頼をこなしていこうと思ってる。今回の報酬だけじゃ全然生活は安定しないからさ」


「そっか」と、聞いてきた割には無関心な様子。


 それ以上何かを言う訳でもなく「えいやえいや」とは道脇に生えた背の高い植物を手に持った棒で切り倒していた。


「ミヤビは何かしたいこととかあるのか? 一応聞いておくけどさ」


「んー」


 語尾を伸ばしたあと、しばし無言になる。


「あのさ――」思いつめたようでもなく、さらりと繋げた。

「王都に戻ったら、黒虎とちゃんと話をつけてこようと思ってるんだ」と。


「話をつける?」


「うん。まだ正式に黒虎から抜けられているわけじゃないから。このまま逃げるようにいてもダメじゃん? だから、ちゃんと話をしなきゃねって」


「なんだ、随分と唐突じゃないか」


「んー。まあ、色々とね」


 昔のこと、黒虎のメンバーのこと、短い間とはいえミザリーの茶会クランと一緒に過ごしているうちに何か思うことがあったのかもしれない。


「――けど……大丈夫か?」


「大丈夫って?」


「その、黒虎のリーダーって結構にヤバい人なんだろ? だからミヤビが変なことされないかなって」 


「なにそれ。心配してくれてんの?」


「まあ、そりゃあな」


「あは。ありがとね、でも心配ないよ。話をするって言ってもガルニのオッさんとだからさ」


「だから安心して」と念押しに言われるが、実のところ不安は残る。


 思い出すのは、大けがをして猫として屋根から落ちてきたあの日のことだ。


 ケガの理由を、たしかミヤビは「黒虎を抜けようとしたことかも」と言っていた。

 誰がミヤビに深手を負わせたのかは分からない。けれど、今回もまた同じようなことが起きてしまう可能性は十分にある。だから、第三者が他のクラン内での問題に首を突っ込むべきではないんだけど、どうしても心配だった。


「俺も――」 一緒にいくよ、と言いかけて。


「んーん。本当に大丈夫だから。わたしひとりで問題ない」


 とめられる。


「うまく話が終わればジークにもみんなを紹介するよ」 


「いいよ、怖いから」


 ミヤビはそんなことないよと笑った。

 

「さ~て、はやく自由になりたいな~」


「なんだそれ」


「ううん、なんでもなーい。……あ、やばい、置いていかれちゃうよ」


 気づけば前を歩くシャルロッテ嬢たちとの距離が空いている。

「はやく、はやく」とミヤビにうながされ、足を急がせた。





 それから森の中を歩き続けて一時間ほど。


 昼も過ぎたのか気温が少しずつ下がりはじめていた。

 でも、湿った空気に魔物特有の生臭さが混じってきたので目的地まではあと少し、といったところだろう。


「もうそろそろですね」


 俺と同じようにゴブリンの巣の気配をとらえたのか、リトルが声をかけてきた。


「ああ、なんだ。リトルも緊張してんのか」


 リトルは「わかります?」とはにかみ、額に滲んだ汗を拭う。


「心配すんな。俺もだ」


 ゴブリンの巣には大小合わせて数十匹のゴブリンがいるはずだ。


 群れで襲ってくるゴブリンとの戦いは、一匹ずつ相手するとでは訳が違う。一匹に気を取られ過ぎて後ろからグサり、なんてことも珍しい話じゃない。


「僕は戦いの役には立ちませんから。みなさんの足でまといにはならないようにしないとなので」


「そんなことはないさ。いつもシャルロッテのサポートしているようじゃないか。マシェリが言ってたぞ? シャルロッテにはリトルがいるから安心して任せられるってさ」


「そんな……大げさですよ。何かあってもいつも僕がシャルロッテさんに守られてばかりなんで。僕も一人前に戦えたらいいんですけど」


「何も戦うことだけが全てじゃない。シャルロッテだけじゃなくて、クランメンバー全員が助かっていると思うけどな?」


 リトルは照れくさそうに頭をかいた。 


 さて、当のシャルロッテ嬢はというと、相変わらずエミリーへの指導で忙しそうだ。

 

「エミリー、今の話はきちんと記事に書いておくように。それと、わたくしたちの名前も載せることを忘れずにね」

「了解っす!」

「そうですわ。一度出来上がった記事をわたくしが添削して差し上げます。どうかしら? そのほうがエミリーも楽でしょう?」

「それは無理っす! 変なこと書かれても困りますからっ!」

「あなた! わたくしが嘘を書くとでも思っているの!? わたくしは事実が正確に書かれているかどうかを、見てあげようとしているだけですのに!」

 

 ふわふわに巻いた金髪を靡かせながらエミリーと喧しく言い合っていた。


「随分と冒険者新聞の取材に熱が入ってるようで」


「すみません、うるさくして」


 自分のことのようにリトルは詫びた。


「いいや、そう意味じゃない。特にシャルロッテがこだわっているように見えてさ」


「シャルロッテさん、少しでも早く自分たちの名前を世界に広めていきたいんです。だから今回の冒険者新聞の特集はこれ以上ないチャンスだって、張り切っているんですよね」


「と、いうと?」


「いつか自分たちの故郷にも名前が伝わるようになれば、胸をはって帰れるでしょって。それと、直接言いはしませんが、きっと僕を連れ出したことに責任を感じているみたいで。僕からすればそんなこと考えなくてもいいのに、って思うんですけどね」


 胸を張って故郷へ帰るって、簡単なように思えて実はとても難しいことだ。しかも家族の反対を押し切り、追い出されるも同然に冒険者の道へと進んだのであれば尚更に。

 

 だからこそ、中途半端な成果じゃ終われない。


 なるほどな――と、リトルの言葉とこれまでのシャルロッテの言動に合点がいく。


「ミザリーの茶会は良いクランだ。君たちならきっとすぐに名前が立ってくるさ」


「そう言われると嬉しいな。もっと頑張ります。ジークさんもきっと、僕たち以上に有名なクランになられるって信じています」


「はは、俺は有名人にならなくてもいいさ。まあ、とにかく、今回の依頼を大きなケガなく終わらせような。何か困ったことがあればいつでも言ってくれ」


「はい!」


 いつもありがとうございますと、リトルは頭を下げた。







 予想や期待というものはいとも簡単に裏切られるとは言うものの、ここまでの裏切りを誰が想像していたことだろう。




「おいおい、なんだよ……こりゃあ」


 

 

 メンバーの誰かが言った。


 それ以上の言葉を持っている人間はこの場には誰もいなかった。


 マシェリも、シャルロットも、リトルも。記事のネタを書き留めるために熱心にメモにペンを走らせていたエミリーでさえも手を止め、ただ茫然と立ちすくんでいるだけだ。


 ゴブリンの巣、いや――ゴブリンの巣だったものを前にして、その異様な光景に息を飲む。生き物の糞尿や血、体液などが全て混ざったような悪臭にえずきそうになった。



「嫌な感じがする」



 ミヤビがぎゅっと俺の袖を掴んだ。



「ああ……」



 木々が伐採されて、ぽかりと広がった空間に転々と建てられた簡易な住処は「ここでゴブリンたちが生活をしていた」ことを証明していた。


 だけど、そこに生命の気配はひとつもない。


 本来であれば多くのゴブリンたちが騒がしく生活を送っていたその場所にあったのは――夥しい量の死だ。


 内臓や四肢が散乱して、いったい何匹のゴブリンがいたのかさえも検討がつかないほどに悲惨な状況。不吉な予感に胸がざわつく。


 別の魔物にやられたのか、それとも俺たち以外の冒険者にやられたのかは分からない。けれど――この殺し方はあまりにも残酷だ。



 なんだよ、これ。



「あれ……なんですの」



 今にも消え入りそうな声で、シャルロッテが言った。


 小さく震える指が示す方向にそれはいた。 

 ゴブリンでもない。

 ゴブリンオークでもない。


「……人?」


 四散して積み重なった死体に立つようにして。

 誰かが、何かがそこにいた。


 身に纏うのは見覚えのあるやわらかな緑の光。

 

 それを見て、大きく心臓が跳ねた。

 



 ◇

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追放されてきた実は強かった系主人公に幼馴染を奪われクランを追放された俺は最低最悪な特殊条件をクリアし覚醒する 小春 @inukawakoharu0809

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