第79話 エッポの骨董店
風にのって踊るスズランのようなさわやかな香りに、妖精たちのささやき声を思わせる、葉を震わせて奏でる豊かな音楽。
花にとって骨董店の魔術的な歓迎はもはや慣れたものであった。店前に待ち構えている屈強な男も、花が訪れると骨董店の反応見たさに一緒に入店するまでになった。
はじめは感動しきりだった彼も、回数を重ねるとなれてきたのか
「フン、なんでか毎回花をちらしてくるな。エッポのジジイの趣味か?」
と茶化すようになった。
花がエッポの骨董店に時折足を運ぶのは、魔術用の消耗品のためだった。
エッポの骨董店は廉価な商品を置いている激安店とは言いがたい。特ににある珍しい霊峰の品や魔方陣の刻まれた魔術具は総じて高い。
しかし、店主のレディ・アルミラは特別扱いすることにした。花は魔術用の消耗品に限り、質のいい品を安く譲ってもらえるのだ。
その約束は、花がエッポの骨董店に二度目に訪れたときに交わされた。
花が二度目にエッポの骨董店を訪れようと思ったのは、遡ること2ヶ月ほど前のことだった。
バルバラの葬儀を終えてから少し後のことである。花は伯爵家の娘、カタリーナの留学祝いの席に招待されていた。
パーティとしては比較的こぢんまりしたものだった。花も知り合いがいるのが分かっていたから安心していた。
ただ、貴族階級特有の礼儀作法については、相変わらずシラーだよりでおぼつかなかった。
「ドレスコードはあるかな」
〈今回のパーティは席につく時間も歩く時間もあるようです。ある程度動きやすく、すわっても邪魔にならないものがよいでしょう〉
「いつものワンピースだとだめ?」
〈マスターはパーティにジーンズで参加したいのですか?〉
皮肉屋め。最近の人工知能は人格まで備えているのだろうか?
花はじとっともの言いたげにシラーの腕をにらんだ。
(ジーンズか……)
花はシラーに使用人っぽいと言われる装飾の少ないワンピースを眺めた。花の感覚ではきれいめでどこへでも着ていけるつもりだった。
それがこの世界の人にとってはジーンズくらいのカジュアルさに見えていたとは驚きだ。
「やっぱりそろそろハレの服がいるかあ」
〈それとで土産も必要です。こういった形式ばった招待状を送るパーティでは、主催者に手土産を用意することが通例となっています。
主催者からも持ち帰り用の手土産が配られます〉
「手土産か、ともだちの家にお邪魔するときみたいなものね」
〈違いますが……、そういうことにしておきましょう〉
そうして、手土産を買うために訪れたのがエッポの骨董店だった。
***
その日は夕方からにわか雨だった。いかにも古めかしい物品や怪しげな置物の並んでいるエッポの骨董店には、むしろ雨がお似合いだ。店主、マダム・アルミラは雨の音をききつけてからカーテンを開けた。
マダム・アルミラが偏屈爺と呼ぶ祖父がこの骨董店を作ったのは、こんな雨の日のためだった。
グリューネヴァルトが持ち込む奇妙だが貴重な品々を雨風から守るために建てたのだ。
霊峰の品に保存や保護、防水の魔方陣を書き込むことはできないし、すでに魔方陣の施された魔術具に手を加えるなんてもってのほかだ。
しかし、グリューネヴァルトはどこで手に入れたのかそんな手の加えられない品々を次々と持ち込んだ。そうして、偏屈じいさんエッポが霊峰の研究をするために作った粗雑な棚は、グリューネヴァルトの手によりどんどん立派になり。
とうとう、いまの「生きた骨董店」になったわけである。
雨をかいくぐってやってきたその日最初の客は、口布を当てた年若い女だった。肌も髪も真っ白でどこか現実離れしているのに、ここにいるのだという圧倒的な存在感があった。
マダム・アルミラはローブ越しからも彼女の華奢な体躯が優雅に骨董店を闊歩する様子に見とれた。
「……いらっしゃい」
骨董店は、息を潜めているかのように静まりかえっていた。まるで、自分は生きていない、ただの店ですよとでも言うように。
「精油をあたためるための道具を探しているのだが」
少女は幼げな可愛らしい声に似つかわしくない口調でそういった。口布をつけたまま少女が片手でフードをひょいと持ちあげると、子供らしいツインテールの結び目が顔をのぞかせる。入ってきてからというものの、まどや壁のあちこちに視線をやっている。
「精油を温める……インテリアかしら。アロマストーンとか、そういうのは置いていないのよ、お嬢さん。ここは魔法使いのための店なの」
マダム・アルミラは年若い少女のために努めて冷静でいようとしていた。振る舞いが多少失礼でも、また、いくら彼女から威圧的な空気が伝わってきたとしても、所詮、子供なのだからと。
「そうだろうか?」
マダム・アルミラは少女の返答にぎょっとした。店にきたこともなさそうな子供に、店主である自分が、骨董店について反論されるだなんて思いもしなかったのだ。
一瞬、言葉を失ったマダム・アルミラの隙をついて少女は言葉を重ねた。
「キミが分からなくても、店は覚えているだろう。どうしてそんなに怖がるのかな? ひどいことはしないのに、まったく悪い子だ」
少女はくいっと天井を見ながら店を叱りつけた。マダム・アルミラはあっけにとられて戸板だそうとした。しかし、自分の触れているカウンターがどくん、と脈打つのに気づいて口をつぐんだ。
「いい子だからもってきなさい。なにもかもお見通しなんだ。あの子の遺産がここに来ただろう」
エッポの骨董店はぶるるっと大きく身震いした。店の中の品々を傷つけないように、器用に。やがてカウンターの上の時計がぎゅんと伸びて申し訳なさそうにマダム・アルミラにお辞儀をしてから、少女の前にあるものを運んできた。
「フン、それでいい。まったく、こんなにためこんでどうする? 道具は使ってやらなきゃかわいそうだろう」
少女は満足げに笑うと、お代だと言って重そうな小袋をカウンターに置いた。マダム・アルミラはすっかり圧倒されてしまい、骨董店の時計がそれを恭しく受け取るのを眺めるしかなかった。
そして、少女はやっとマダム・アルミラと視線を合わせて口を開いた。
魔法でウルトラ進化したAIと、リストラされたOLのハイテクで華麗なる異世界コレクション生活 織田N子 @odanko
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