閑話 光の戦士の回帰

 毎日のようにセナに精を注いだ結果、彼女は懐妊したがそれで私とセナの仲が縮まったかというとそうではない。

 むしろ、溝は深まっていた。


 当然だろう。

 今世のようにかかわる努力をしていなかったのだ。

 それだけではない。

 かかわるどころか、自分から遠ざかろうとしている動きをしていたように思う。

 まるで不可思議な力に操られていたかのようだ。


 実際にそうだったんだろう。

 ノエルのブレスレットと不気味な男の存在が影響していたとしか、考えられない。

 だが、私は表向き有能なトリフルーメの若き王子だ。

 セナを妻としたことで一門に迎えてくれたラピドゥフルの為に身を粉にして動いているように見せていた。

 実のところ、そうではなく、祖国トリフルーメの為と思いながら、エンディアにとって利に傾くように動かさせられていたんだろう。


 そして、セナを抱いてから、私の中で何かが大きく変わった。

 抗いがたい衝動が身体の奥底から、湧き上がってきて止められなくなるのだ。


「殿下も大人になられたんですな。よござんしょ。あっしが見つけてきやす」


 愛想笑いを絶やさない男にあてがわれた女を抱きながらも私の中で燃え上がる炎は収まらなかった。

 やがて、男の用意した女だけでは飽き足らなくなった私は、セナの侍女にも手を出したがそれでも駄目だった。

 セナでなくては駄目なのだ。


 ブラスが生まれ、セナの体調が戻った。

 歯止めの利かない獣のようになっていた私は再び、セナを犯し続けた。

 彼女が私達の息子ブラスに向ける視線は慈愛に溢れた聖女のように気高く、美しいものだったが私には感情が一切、籠らない澱み、濁った視線しか向けてくれない。

 なぜ、そんな目を向けられるのか?

 それすらも分かっていなかった。

 今の私にははっきりと理解が出来ることが口惜しい。


 義務を果たす為だけとセナは意思の無い人形のようにただ、私に抱かれていた。

 再び、毎日のように精を注がれ続けたセナが懐妊し、二人目の子を産んだ。

 その頃の彼女の澱んだガラス玉を思わせる瞳に私を魅了したエメラルドの輝きはなかった。

 かつて、生命に溢れた森のように美しく、私に向けてくれた瞳はもうなかったのだ。


 だが、私の中にまだ、光が残っていた。

 先祖から受け継いだ光の意思はまだ、死んではいなかったのだ。

 このままではいけない。

 このままでは自分だけではなく、セナも不幸になる未来しか待ち受けていない。


 相変わらず、疼く体は止めることが出来なかったのであの男に促されるままに女を抱いては捨てる日々を続けていた。

 それは奴らを油断させる為に仕方なく、そうせざるを得なかったと言い訳をすることは出来るだろう。

 だが、呪いの如く刻まれた肉欲の業を止めることが出来なかったというのが真実だ。

 こればかりは言い訳のしようがないのだ。


 だから、苦渋の決断を下した。

 王妃であるセナを離れた城へと幽閉することにしたのだ。

 幽閉とは言っても何か、行動に制限を持たせた訳ではない。

 私は彼女を愛しておらず、何の興味も示していないと思わせられれば、良かったのだ。

 セナがどのように思われて、何と言われるのか、そんなことを考えていなかった。

 彼女の心が傷ついていくとは、考えようともしなかった私はどこまで愚かなのだろうか?


 そんな愚かな私の耳にもやがて、セナの悪評が耳に入ってきた。

 王妃は国を傾ける悪妻で夫に見限られたので離されたのだ、と。

 違う。

 そうではない。

 私には否定することが出来なかった。

 すまない、これも君を守る為なのだと心の中で謝るだけだった。

 奴らを倒すことが出来たら、全てが解決したら、そう考えて現実を見ようとしなかった。


 私も心を病んでいたんだろう。

 日替わりで女を抱き、酒色におぼれる日々を送っていた私はかつて、セナが一度だけ誉めてくれた容貌にも陰りが見え始めた。

 頭髪が抜け始め、脂肪を蓄えた体は醜いものだ。


「これはどういうことか」


 そして、決定的なことが起きた。

 セナが敵対国と結び、情報を横流ししているというのだ。

 エンディアからの一方的な通告だった。

 セナがそんなことを出来るはずがない。

 彼女は壊れても優しい心を持ち続けていた。

 誰かを恨むのではなく、ただ子を愛することで満たそうとしていたのだ。


 しかし、私はトリフルーメの国王として、断固たる意志を示さねばならなかった。

 奴らはまだ健在のままだ。


「王妃を修道院に幽閉とする」


 事が終わるまでの辛抱だ。

 そうすれば、きっと君を迎えに行く。

 それまで待っていて欲しい。

 そう伝えることは出来ない。


 私は何と愚かだったんだろう。

 伝えなければ、何も始まらないのにそれすら、分かっていなかった。


 だから、セナとあんな形で再会することになったのだ。


「何も殺すことはなかったのだ」


 彼女は無残にも殺された。

 送られてきたのは首だけだ……。


 愚かだった。

 セナに近い者を選んだのは彼女のことを慮ってくれると考えた上だったのに、全てが裏目に出た。

 まさか、奴らの手が回っていたとは思いもしなかったのだ。


 首だけになっても美しく、そんな姿になっても私のことを恨んでいなかったセナ。

 全て、私のせいだ。

 私が愚かだったせいで最愛を失ってしまった。


「偉大なる先祖よ。愚かな私をお許しください。そして、今一度だけ、この私に力を!」


 許されないことだ。

 一族に伝わる光の力を自分の欲の為に使った。

 もう一度、会いたい。

 そして、今度こそ、愛しているというんだ、と……。




 額に柔らかな感触を感じ、逡巡から戻った。


「どうしたの? 凄い寝汗よ。それに……泣いているの?」


 いつの間に目を覚ましたのか、セナが私の額の汗を布で拭ってくれた。

 そればかりか、心配するように覗き込んでいる。

 その瞳はあの日、私を魅了したエメラルドの輝きを放っている。


「ちょっと昔のことを思い出していてね」

「あら、嫌だ。もしかして、私が年取ってきたから嫌になった?」


 そう言うと少し頬を膨らませて、怒った振りをする彼女に未だに少女の頃の面影を見てしまう。


「まさか。君が私に愛想を尽かすのではないかと心配になったのだ」

「それは立派な心掛けですこと。そうよね。もうおじいちゃんになるんですものね」

「ああ。そうだな。そうなのか?」

「忘れてらっしゃったの? 『私はもうおばあちゃんなの?』って言った私のことを揶揄ったくせに」

「そうだった。ああ、そうだった」


 ブラスのところに子供が生まれるのだ。

 嫁いだクレーテのところからも嬉しい知らせが届くのはそう遠い話ではないだろう。

 そして、私はブラスに王位を譲ることを決めたのだった。

 これからの人生はセナと二人きりで静かに暮らしたいと思ったのだ。


「ありがとう、セナ」

「何です、急に? 一体、どんな夢を見ていたのよ」

「それは男の秘密だよ」

「まぁ、意地悪ね」


 セナは三十七歳という一つの区切りを超えた。

 彼女が前世で終えた年齢を無事に超えることが出来たのは、運命を変えられたと考えて間違いないだろう。

 だから、何度でも言おう。


「セナ。愛しているよ」

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【完結】痛いのも殺されるのも嫌なので逃げてもよろしいでしょうか?~稀代の悪女と呼ばれた紅の薔薇は二度目の人生で華麗に返り咲く~ 黒幸 @noirneige

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