第201話 ほしがりなあの子のほしがらなかったもの

 ――――コンラッド様がレイティア侯爵邸から戻られた。


 その一報にサリュー様と私は安堵する。すぐにレイティア侯爵邸の話を聞きに行こうとした私をカティア将軍が諌めた。


「カティア将軍、なにかあるの?」

「何もなければ向こうから来るわ。私がここにいるわけだし」


 確かに将軍付きの文官であるネイトさんも同行しているのだ。戻って来れば、女官か侍女の誰かが私たちを呼びに来るだろう。でもそれよりも早く話を聞きたい私は、ソワソワと将軍と扉の間を視線を彷徨わせる。


「ルティア姫、将軍の言う通りです。急ぐ必要はありませんよ」

「でも……」

「ルティア姫様、そもそも彼らが操られていない保証はないのよ?」

「えっ……」

「可能性の話だけどね。でもそうだった時、すぐ守れる場所にいてくれないと困るの」


 そう言って将軍はもしもの時を想定すべきだ、と私に忠告した。

 デュシスの鱗を持っていても、何があるのかわからない。それぐらい古の魔術は謎が多いと。そう言われると、私も何も言い返すことができない。


 聖属性の力は未知の魔術に絶対的に対応できる術ではないのだ。それは私が一番よく知っている。隣に座るサリュー様にチラリと視線を送り、私はソファーに座り直した。そしてそっとサリュー様の手を握る。


「わかりました。コンラッド様たちが来られるのを待ちます」

「大丈夫だとは思いたいけど……如何せん相手がどう出るのか見当がつかないのがねぇ」


 将軍の言葉に小さく頷く。確かにその通りだ。なんかこう、解けない呪いではあるが命を奪うものではない。もちろん目が見えないことは仕事にも支障が出るし、このままでいいとは思わないけど。それでも明確な殺意があるわけではない。

 もしも殺意があるならば、サリュー様はもっと苦しんでいるだろう。それこそ私の力なんて何の役にも立たず、命を落としてしまったかもしれない。


「なんかこう、明確な殺意があれば……わかりやすく敵ですってなってくれれば色々対応できるのに」

「そもそも明確な敵対行為は、この場合国賊になるから……よーっぽどのことがないと難しいわよ?」

「そ、それは確かに……」


 王太子妃、そして次代の国母。本人たちは気が付いていないが、番同士。サリュー様の立場だけを見れば盤石なのだ。番云々は知らないとはいえ、レイティア侯爵家がそれを投げ捨ててまでサリュー様を呪うとは思えない。


 サリュー様はウィズ殿下に溺愛されているといえるし、どちらかというとサリュー様にもっと取り立ててもらうように言って困らせることの方がありそうだ。


 呪う理由。小さな嫌がらせ。おまじない。ううーん……頭の中でグルグルと情報が回っていく。でもどれも明確な答えにはならない。

 その時、不意にアリシアが言っていた言葉を思い出した。


『続編の悪役令嬢』


 私が二人の蟠りを解いたことにより、二人の関係は良くなり結婚した。でも二人の仲がすれ違ったままなら?悪役令嬢として、ヒロインの前に立ちふさがるならその場所が必要だ。アリシアにとってのアカデミーのように。

 でもサリュー様は私より九歳上。つまりヒロインからみたら十歳上なのだ。出会う場所はどこになるだろう?そもそも、悪役令嬢というなら悪いことをしなければいけない。


 誰に対して?他国から来たヒロインをいじめる?でも何の理由もなくヒロインをいじめるわけがない。だって聖属性が使えたとしても、突然現れた女の子に「ウィズ殿下をよろしくお願いします」って頼むわけがないからだ。

 私に頼んできたのは偶然だけど、それでも私の王女としての立場は安心材料の一つだろう。たとえ聖なる乙女を名乗っていても、他国の、見知らぬ少女に頼むわけない。


 アリシアの話の中でロイ兄様を助けたりもしてるけど、それってライルの信頼を得たからロイ兄様の元まで連れて行ってもらえたのよね。こっそり忍び込んでたら衛兵に捕まってしまうもの。


 いくら聖なる乙女でも王城をフリーパスで移動できるわけじゃない……はず!

 うちでそうならラステア国ではどこでサリュー様が悪役令嬢であると知るのかしら??誰か、ヒロインに対してサリュー様の悪評を話す人が必要よね。


 ウィズ殿下が臥せっている。結婚もできず、宙ぶらりんな婚約者。でもサリュー様ならウィズ殿下の仕事を代わりにこなしそうな気がする。婚約者といえどもできる仕事はあるもの。

 それにウィズ殿下は臥せっているのだから、誰かに嫉妬する必要もない。自分に対する心無い言葉に傷つくことはあっても、誰かを蔑むことはしないだろう。


 何年も臥せっているウィズ殿下を支えていたはず。それにサリュー様は聡明な方だ。悪評が流れたと知ったら、調べるだろうしそのままにしていないはず。


 つまり――――サリュー様の置かれた状態を詳しく知らないと、悪評は流せない。そうじゃないと対策されてしまうもの。



「る……ルティア姫様、どうしたの?」


 いつものようにルーちゃんと言いそうになった将軍の声にハッとする。


「あの!サリュー様、サリュー様が結婚する前はもちろん家からここに通っていたんですよね?」

「え、ええ。部屋を用意していただいてたから、泊まることもあったけど……基本的には家から通っていたわ。それがどうかして?」

「そのことってお家で話しますか?」

「……夕食の時に、父に聞かれれば話したけれど。でも詳しい内容は家族でもいえないわ」

「つまり濁して伝える?」

「国政に関わることもあるもの。勝手に話したりはできないのよ」


 それはそうだ。勝手に話して、有利な条件を得るために商人を買収したり、資材を買い漁られたら困るものね。ということは、レイティア侯爵家の誰もがふわっとした情報で、サリュー様が何かしているのだなとしか思っていない。


 まあ流石に父親のレイティア侯爵自身は国政に携わることなのだな、と話せない理由を察してくれるだろうけど……後妻や義妹のサティ嬢はどうだろうか?自分たちにはわからない話、と馬鹿にされてると感じるかもしれない。


 それにサティ嬢とヒロインの歳の差は三歳差。他国からの使者の一人がヒロインであったなら、侯爵家の令嬢として歳も近いし話し相手になる可能性もある。九歳離れて、なおかつウィズ殿下の仕事の肩代わりをしているサリュー様よりも時間もあるだろうし。


 ただ悪評を流す理由よね。馬鹿にされてる、と感じたとしてもそれだけじゃ悪評を流す理由として弱い。だって下手すればレイティア侯爵家自体の悪評になりかねないもの。


 理由、理由……サリュー様にいてほしくない?でもなぜ?サリュー様がいると困ることってあるかしら??だって何でも自分に譲ってくれるのに。それともそれが当たり前になりすぎた?

 どれもこれも悪評を流して、半分とはいえ血が繋がっている姉を貶める理由としては弱すぎる。


 何でも譲ってくれる、優しいお姉様じゃないのかしら?そこでふと、一つだけ譲っていないがあることに気がついた。


「ルティア姫様?なーにを百面相しているの??」


 ツンツンと将軍に額を突っつかれ、私は自分の額を開いている手でさする。


「ええっと、その……ちょっと変な話なんだけど……」

「なあに?」


 目の前にいる将軍は不思議そうに首を傾げた。この話をして良いものかどうか迷い、それでも握られた手の温かさに覚悟を決めてサリュー様に向き直る。


「サティ嬢は……その、ウィズ殿下のお妃になりたい、とか?そんな話をされたことはありますか??」

「サティが……?」

「その、ずっと不思議で……呪いは確かに呪いだけど、継続的ではあるのに弱くて……」

「そうね。私の命を奪うほどではない。でもこの呪いが王城内にいる者たちに広まれば、私は王太子妃の立場を追われるかもしれない」


 王太子妃の立場。私からすればとても大変な、頼まれたって就きたくもない地位。でも人によっては喉から手が出るほど欲しいもの。だから欲しがったりしないだろうか?


 サティ嬢は何でも得てきた。欲しいものはなんでも。悪意なく、ただ純粋に欲していたのであれば……王太子妃の立場は欲しいけれど、大事なお姉様の命を奪いたいわけではない。それならばこの呪いの意味も変わってくると思うのだ。

 それにサリュー様とウィズ殿下の間には子供が生まれている。体の弱いサティ嬢が子供に恵まれなかったとしても、後継がいるのだから問題ない。だって欲しいのは、その立場だから。


 そしてそれを知っているから、サリュー様は何もできないでいるのではなかろうか?自信のなさや、美しい妹に対する引け目。そんなものがサリュー様の中にあるから、家族に対して迷いが生じている。


 呪いの元となりえる人形の回収だけを願ったのはそのせいではないのかしら?


「サティ嬢はそんな話をしたことが?」

「いいえ、でも……私とウィズ様の結婚が決まっても一度も羨ましいとも良いなとも言われなかったの」


 その言葉に拍子抜けしてしまった。いい線だと思ったのだけど、やはり違うのかな?私が一生懸命考えたところで的外れだったのだろうか?

 私の的外れな考えはサリュー様の家族を貶してしまったことになる。慌てて謝ろうとすると、サリュー様が口を開く。



「あの子、私に「少しの間、お預けしますね――――」と、そう言ったの」



 その言葉に私と将軍は顔を見合わせた。

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ポンコツ王太子のモブ姉王女らしいけど、悪役令嬢が可哀想なので助けようと思います〜王女ルートがない!?なら作れば良いのよ!〜 諏訪ぺこ @peko02

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