第43話 10年越しの賽の目

あれから、10年の月日が経った。

先輩たちの卒業、俺の大学入試、卒業、就職、退職などなどいろいろあった。


そんな今の俺はというと、情報授業の教員として、日々に忙殺されていた。


「どうして、学校のメールの管理にホームページの運営、三つの部活動の顧問に、クラスの担任までやっている俺に、オンライン授業のセッティングをやれと残酷なこというんですか!? ほかに手の空いている先生いるでしょう!」

「いやぁ。悪いとはおもっているけど、みんなパソコンには触りたがらなくてね~」


俺はすっかり髪の毛がなくなってしまった元担任、現教頭に直談判をする。

俺を教員として拾ってくれた恩師ではあるが、今回の件には強く当たらないといけなかった。


ことの発端は10分前、帰りのホームルームも終わり、職員室戻った俺に、学校に支給されている時価3万円ちょい、端末利用期間4年オーバーのパソコンに、100Mbpsしか出ない旧式のインターネット配線を使って、オンライン授業の用意をしろと教頭が言ってきたことから始まる。


情報の担当だからパソコン関係の話でおハチが回ってくるのも分からなくはないがちょっと待ってほしい。


確かにできなくはないだろう。

だが与えられた環境、機材では、確実に求められているクオリティには届かない。


それに学校特有の謎セキュリティチェックも面倒だ。

クラウド管理NG、USBメモリーも登録制、人によってはルールの穴をついてフロッピィディスクで書類のやり取りをしている人もいる。ここはいったい何年前だ。


しかも仕様書とか使用時のマニュアルとか絶対書かされる。結果残業で俺が死ぬ。

命は大事に、まじ大切に!


「さすがに無理ですよ」

「いやー頼むよ、佐々倉先生。代わりに部費と、例の件なんとかしておくからさ」

「それ、ずるいですよ」

「ほら、私は大人だからね」

「……分かりました」


俺の名前は佐々倉サク、27歳。

大学卒業後、ゲーム会社に就職したものの、業界と折り合いが合わず、また過度のストレスから体を壊し、今はたまたま取得していた教員免許を頼りに学校の先生をやっていた。



「酷い目にあった」


時刻は20時過ぎ、俺はとぼとぼ学校から我が家への帰路についた。


例のオンライン会議のセッティングは難航につぐ難航、貸し出されたパソコンは、OSソフトが俺が大学にいた頃に現役だったソフトで、もちろん指定の会議ソフトは動かず、OSのバージョアップを試みるがスペック不足失敗。パソコン部の部室に保管してあった壊れたパソコンをバラして、使えるパーツを選別、いろいろ騙(だま)くらかして、なんとか会議ソフトを動かすに至った。


(疲れた……今日は早々に寝るのが吉か)


借りているアパートにたどり着き、自室のドアに鍵を挿す。


(なんだこれ?)


俺はポストに何かが挟まっていることに気がついた。

いまだに根強い人気を誇るゲームを連想させる赤いロウで封をした封筒だ。


いまどき、本格的なロウ印である。

何故だろう伊達眼鏡の須山さんの姿が脳裏にチラついた。


俺は少し懐かしい気持ちになって、封筒を手に、自宅に上がった。


「さてと、毒ペと、ツマミと、レンジご飯と……今日はカレーでも掛けるか」


俺は冷蔵庫から今晩胃に収めるものを決め、取り出す。

自炊はできなくもないが、さすがに今日は疲れていた。


俺の部屋はあいも変わらず、本の海。

とにかく本が読み散らかされている。

俺はいつものごとく本を足でどかしながら、着替えは面倒なので放置して、自分のスペースを確保し、夕食を食べ始めた。


(さて、こいつだ)


食事も一息ついたので俺はいよいよ例の封筒の封を破り、中をあらためることにした。


『結婚式招待状』


予想通りというかなんというか、それは須山さんと城戸からの結婚式の招待状だった。

二人とはゲーム会社に入った前後にかなり疎遠気味になっていたので、まさかこういうものが届くとは夢にも思わなかった。


(そっか、なら明日教頭に有休が使えるか確認しないとな)


彼らと久々に会うのも悪くないだろう。おめでたいことなので祝福したい。

予定があうのなら、出席しようと心に決め、俺は早々に眠ることにした。


翌日、激務の合間に教頭に確認を取ると、有休は思いの外簡単に許可された。


むしろ取らないと教頭が怒られるらしく、ぜひ取りなさいとなぜか涙ぐみながら許可してくれた。

思えば10年前俺の担任をしていた人だ。


城戸の事件も知っているはずだし、そんな被害者が幸せになるのだ。

いろいろ思うところがあるのかも知れない。


「私はね。彼が一年の頃の担任だったんだよ。そうか、佐々倉先生、教えてくれてありがとう」

「とんでもない。あ、これ有休の申請書です」

「うんうん。……ああ、よかった」


俺はそんな隙だらけの教頭の隙をつき、一日分、多めに有給を申請した。

久々の三連休だ。やったぜ。



「そういうわけで、起立気をつけ礼、さようなら」


数週間の激務をやり切り、俺は、意気揚々と学校から直帰することにした。

やらなければ事前に終わらせたし、顧問として受け持っている演劇と文芸部とパソコン部には「俺、自分探しの旅に出るわ」と伝えておいたので問題はないはずだ。


揃いも揃って、部員全員「今更自分探しの旅とかないわー」とドン引きされたので状況は伝わっているだろう。

俺はうちに帰り、私服に着替え、久々の長期休暇を楽しむべく外に出た。


(とは言え極力体は動かしたくはないな……)


自宅の前で、財布の中身を見れば一万円札の諭吉どのと目があう。

少しいい飯を食べるとして、余裕を残しつつ、今日の夜を過ごすことを考えると2000円ぐらいなら使っても大丈夫だろう。


(昔はあればあるだけ使ったものなのにな……)


アナログゲームショップでルールブックとリプレイをギリギリ買って電車賃しか残さなかったことを思い出す。

加美川先輩に勧められたからと言って、2冊も本を買い、ギリギリのお金しか残さないなんて、今の自分では考えられないことだ。


変に社会人じみているなと苦笑いを浮かべ、俺は自宅から歩き出した。


(だったら映画でもみるかな)


夜道を歩きながら、目的地を少し離れた映画館に決め、俺は電車に乗り、Y字の歩道橋を歩き、道中牛丼にカレーをかけたちょっと豪勢な食事を食べ、俺は映画館が入っているショッピングモールにたどり着いた。



(映画かー……何を見ようか)


夜だからか、映画館は人がまばらだ。

時期的に人気のアニメ映画や、話題の超ヒット映画などもないのが原因かもしれない。

完全に何を見るか決めずに来たから、俺は映画のポスターの前でぼけっとしているアブナイ人と化していた。


(まあ、適当でいいか)


最近の映画がどれほどのものなのかはわからない俺からすれば、どの映画を見ても大体楽しめるだろう。

ポスターで目に留まった映画のチケットを買い、劇場へと足を向けた。


「……ワーイ、貸し切りだー」


俺が選んだ映画はさぞ人気のないのだろうか。扉を開いた俺がみたのは客がまったくいない劇場だった。


(こうなったら貸切だとポジティブに捉えよう)


そう思うとせっかくなので、俺は一度劇場から出て、ポップコーンとコーラを買い会場に戻り、観客席のど真ん中を陣取ることにした。


ややあって会場が暗くなり、お約束のCM放送が流れ出す。

カメラ顔の男がパトランプを被った男に逆肘固めを喰らい、映画を撮影するなとキャッチコピーが流れ、やっと本編が始まった。


(ん……?)


ふと後ろの席からがさがさと物音がした。

客だろうか?


(わざわざ俺の後ろにくるなんて……いや、まあ、いいか。やっぱり映画館で映画を見るなら真ん中はとりたいものな)


俺はポップコーンを音を立てないよう気を付けながらポリポリ食べ、映画に集中することにした。


――なんだか懐かしい感じのする映画だった。


主人公の男が口だけで中身が無く、中盤からそれを自覚し、最後は努力を重ね未来に向けて進んでいくストーリーだった。


登場人物みんながそれぞれの役をしっかり作り、この話を良いものにしようとしているのが伝わってくる。


俺は見入っていた。あっという間の二時間だった。


(なんだ、凄い良い映画じゃないか)


最後に流れてきたスタッフロールを眺めていると、原作に見知った名前を見かけた。


『原作者:加美川ミサト』


(ああ、そうか、そうだったのか)


彼女はまだ、向こう側で戦っているのだ。


映画のスクリーンの向こう側、クリエイターたちがひしめき合う海で。


(それに引き換え、俺は何やっているんだかな……)


なんだかすごく自分が情けなくなった。


まるで胸にトゲが刺さったようだ。

痛みに似た感覚を覚え、思わず顔を手で覆う。


気を抜いたら泣いてしまいそうだ。


ゲーム会社には入ったものの、会社や業界との折り合いが合わなかった。


売り上げの見通しが立たないといわれ、オリジナル企画は突っぱねられ、知名度があると古臭いタイトルの続編ばかりが作られ、会社がソーシャルゲームに乗り出すと、楽しませることよりもいかにお金して使わせるか、人気ゲームとのコラボを勝ち取れるのかと話し合われる会議。


やりたいことと現実の乖離のストレスで、俺は体を壊した。


その世界で俺は生きていけなかったのだ。

泳ぐことすらままならかなった。


「先輩はまったく……。本当、すごいな」

「……サク君?」


俺のボヤキに後ろの席の人が反応した。


ずいぶんと久しぶりにそう呼ばれた気がした。

俺は覚えのある声に慌て立ち上がり、振り返る。


緩いウェーブがかった髪を肩のあたりで遊ばせた女性が――加美川ミサトがそこに座っていた。


「せ、先輩!?」


俺は驚きの声を上げた。


「まさか、サク君っぽいなと思ったけど、本当にサク君、よね? びっくりしたわ」


声をかけてきた先輩も驚きの表情をしていた。

久しぶりの再会と、あまりの偶然にお互い声が出なくなる。


「え、えっと、よかったらご飯でも食べます?」

「そ、そうね」


じっくり一分、固まったあと、俺と先輩はどちらともなく映画館を出た。



映画館を出て、すぐそばで運営していた洋食メインの店に入り、俺たちは食事をとることにした。

さっき、牛丼を食べた気がするが牛丼はおやつに等しい。……まあ、高校の頃ならば。


聞けば、加美川先輩……いや、先輩とまだ読んでいいのかわからないが、彼女も須山さんの結婚式に招待され、近くのホテルに泊まり、時間ができてしまったので映画でも見ようとたまたまここに来たらしい。


窓際の四人席をはす向かいに座る。

外を見れば100万ドルとはいかない、普通の夜景。


ちらりと久しぶりに会った加美川先輩を見れば、先ほどは暗がりでよくわからなかったが少しほっそりとしていた。

もともと線の細い体つきをしていたが、以前見た時よりも細い気がする。ちゃんと食べているのだろうか少し不安になった。


「ねえ、サク君はいま何をしているの?」


食後のお茶を飲みながら、加美川先輩は俺に尋ねてきた。

そういえば、ゲーム会社に入ったころは真面目に業務規定を守っていて、誰とも連絡を取れなかったんだっけか……。


「今は学校の先生ですよ。ホームページとかプログラミングとかバリバリ教えています」

「そっか」


少し残念そうな表情の加美川先輩彼女がした。


「私はあの時の約束、結構期待して待っていたんだけどね」


俺は驚いた。加美川先輩は10年前の駅での約束を覚えていたのだ。

ゲーム会社にいたころは、どうしても先輩にお願いできるレベルのゲームが作らせてもらえなかった。


(だけれど、今はどうなのだろう――教頭に頼んだ例の申請も通るなら、それはできるだろう)


学校の先生は基本的に副業は禁止だ。

だが、正確にはそれは公務員である公立の先生に限られる。


俺が務めている高校は私立、一応副業は禁止されているが、申請をすればそれが可能になっている。

許可を取るのは教頭、校長、理事長のハンコが必要になり、しいては許可が得られず給料も下げられる場合がある。故に、教員の業務量が多いこともネックになり、誰も取ろうとしていないのが現状だ。


「先輩、俺、実はゲームを作ろうって考えているんです」

「え、でも学校の仕事はどうするの?」

「実は――」


俺の説明に先輩は目をぱちくりとさせた

先入観を持たずに様々な方法で問題を攻略する、10年前TRPGで学んだことだ。


「なるほどね。相変わらずサク君は面白いわね」

「つきましては、先輩にもご協力をお願いするかと」

「ふふ、それは楽しみね」


加美川先輩がクスリと笑う。俺もつられて笑った。


その後も他愛もない話で笑い合った。

10年間何があったのか、成功に失敗、そのすべてを俺と先輩は笑い合った。


うん、そうだ。今なら言える気もする。

彼女と並んでいる自覚はないし、追いつける算段もない。

ただ、彼女を支えることならきっとできる。


仮に、もしその気持ちが届かなかったとしても、伝えるだけはしておきたかった。


10年前に言えなかった言葉を。


お茶を飲もうとしてティーカップを手にする。

だが、水分を飲み込んだら、言葉も飲み込んでしまいそうで、俺はティーカップを戻した。

誰がどう見ても挙動不審だ。


「あー、それと、その……」

「どうしたの? サクくん」


俺は自身の緊張を自覚して笑った。

笑うと、ちょっと肩が軽くなり、胸のつっかえが弱くなったように思える。

息を吐き、息を吸い。俺はずっと押し込め、閉じ込めていた言葉を吐き出した。


「俺、やっぱり加美川さんのことが好きです」


俺は十年前に振った賽の目の結果を確認した。

その目は0、過剰成功(クリティカル)だった。


そして彼女の返事は――俺にとってはできすぎた結末だった。

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TRPGプレイヤーズ 鏡読み @kagamiyomi

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