序章3 プリンスオーガ

第87話

「はぁ…はぁ…はぁ……」


 鬱蒼とした森の中、一人の男が走っていた。

 汚れた簡素な和服に草鞋という時代錯誤な恰好。

 そして何よりも目を引くのはその男の目である。

 男は眉間に目が一つしかなかった。

 一つ目妖怪。

 目が一つ以外は人間とあまり変わらないありふれた妖怪である。


 彼は全力で走っていた。

 足や裾が土で汚れ、時折転びそうになるのを堪えている。

 一度脚を止めれたら、その場で崩れてしまう事が容易に分かる程に疲弊していた。

 まるで、恐ろしい何かから全力で逃げているかのように。


 いや、彼は本当に逃走していた。


 振り向くとそこには様々な化け物の群れ。

 獣のような化け物、動物を掛け合わせたような化け物、もはや生物ですらない化け物。

 様々な種類の化け物が一つ目妖怪目掛け群がって来る。


「(早く…これだけは何としても死守しないと!)」


 化け物たちの狙いは一つ目妖怪の懐にある巻物と、序にその血肉。

 妖怪同士の争いは基本的に禁止だが起こりえる。

 例えば、自身の身や自身の所属する組織を守る為など。


「うわっ?」


 一つ目妖怪が何かに躓いてしまった

 何に。そんなありきたりな疑問が思い浮かぶ前に、彼の背中に激痛が走った。

 背後から迫りくる妖怪たちに追いつかれ、背を切られたのだ。

 途端に吹き上がる血飛沫。それを浴びながら、爪が異様に長い妖怪は口元を歪ませる。


「けっけっけ、馬鹿な奴だ。労働力はおとなしく労働力になりゃいいものを」

「ふ…ざけんな! 俺らは…奴隷じゃ、ない!」

「あ? 下級妖怪が何いっちょ前に反抗してんだ? ああ!?」

「……っ!」


 悔しそうに、一つ目妖怪は歯を食いしばる。

 彼を囲む妖怪たちはそれを嘲笑いながら、彼の着物の下にある紙に手を伸ばした。


「へへっ。これで……ってなんじゃこりゃ!?」


 にやけながら紙を開いた次の瞬間、その妖怪の目が皿のように見開いた。

 彼らの目的であった筈のその紙には何も書かれていなかったのだ。

 これに怒りを表しながら、妖怪たちは一つ目妖怪に問い詰める。


「てめえ、これ偽物だな!? 本物は何処だ!?」

「ッハ、誰が……」


 言うかよ。そう言葉にする前に、一つ目妖怪の息が切れた。


 


「~~~~~~!? クソっ! 探せ! 探して奪え!」



「あの文書を朱天の半妖に渡すな!」










 最初は、関わるつもりなんてなかった。


 今のうちに力をつけ、コネを手にして、ボンクラしても大丈夫なようにして逃げるつもりだった。

 だって、原作に関わるなんてしんどそうじゃん。バトルモノの主人公並みにしんどい思いして、痛い目に遭って、何度も死にそうになるなんて御免だ。

 折角新しい命を手にして転生したんだ。なのに自分からわざわざ死にに行くような行動するなんて馬鹿げている。前世で早死にした以上、今世は長生きしてやる。……つもりだったのだが気づいてしまった。


 あれ?今の俺ってかなり危ない橋渡ってね?


 七歳のころ銃弾食らって、桔梗や寧々を助けるためにボコボコにされて。半年前は吸血鬼に殺されかけて。

 じゃあ、今度は何があるんだろうな?



「どきなさい寧々! 桔梗!」

「退くのはあんたよ、スモモ!寧々!」

「モモと一緒に行くのはアタシよ!」


 ……ああ、俺はいったい何をしているのだろうか。

 ぐるぐる巻きに縛られた状態で青空を眺めた。


「坊ちゃんが早く同行者を決めないからじゃないですか?」

「……竹雄さん、俺は別に遊びに行くんじゃないんですよ?」


 俺は縄を解こうとしない竹雄さんをジト目で見ながら答えた。


 事の発端は一枚の手紙。

 山童の一族、正確に言えばその傘下にいる妖怪の村から招待状を貰ったのが原因だ。

 見ず知らずの相手からの招待というものは不気味だが、無視するというのも失礼だ。よって受けることにしたのだが、偶然ソレを目撃したスモモが言い出したのだ。……招待されたなら同伴者がいると。

 決してパーティのお誘いとかそういうのではない。けどお姫様であるスモモはそうだと勘違いして一緒に行くと吹聴し、偶然遊びに来た寧々と桔梗もそれを聞いて私もと名乗りを挙げ、乱闘となった。……賞品である俺を拘束して。

 おかしい。本当におかしいよこんなの。俺、何も悪いことしてないのに……。

 とまあ、そんなことを考えていたら、彼女たちの妖術の流れ弾がこっちに飛んできた。


「うおっ!?」


 咄嗟に腹筋だけで避ける俺。

 あ、危なかった。気づくのが遅れていたら直撃していた……!


「お前ら何処見て…うわっ!?」


 また流れ弾が飛んできた。

 否、今度は故意によるものじゃない。

 ちゃんと俺を狙った妖力波。

 殺意のある一撃だ。


「こうなったら先にモモを倒した子が行くことにするわよ!」


 え?


「いい案ね!モモなら頑丈だからいいでしょ!」


 えぇ!?


「そもそもさsっさと選ばないモモが悪いからな!」


 ええ~~~~~!??


「そ、そんなのないだろ!?」


 俺は力ずくで縄を千切り、鬼狩りを始める姫さまたちから逃げた。

 ったく、これだから位の高い妖怪は。すぐ下位の妖怪で遊びやがる!



 

 

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鬼人転生~酒呑童子の孫に生まれた俺は最強を目指す~ @banana333

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