第86話 アンタの価値が決まる


 結局、何事もなく家に帰れた。


 帰った後と同時、レイも実家に帰った。

 まあ、あんなことがあったのだ。そりゃ実家に呼び戻される。

 で、帰宅後は本家の義母さんに報告。とはいっても大筋は知ってたのでほぼ形式状だけだった。

 後、あのノム―とやらの汚職の証拠も渡してやった。コピーした奴だけどな。原本は流石に渡せない。だってあの鬼女信用出来なさそうだったし。

 という事であとは本家或いは爺やに任せようとしたのだが、また別の厄介ごとが生じた。

 なんと、吸血鬼のトップである真祖、しかもレイのお兄さんが俺に直接謝罪に来たのだ。


 サーヴェイン・ブ・レイド。

 レイの実兄であり、三大真祖の一人。その力は真祖最強と言われ、繰り出される炎はあらゆる事象を焼き消す地獄の業火と言われている。数百年前に起きた戦争や内乱では、その力を使って敵を悉く焼き殺したと伝えられている。

 しかしそんな噂とは裏腹に、性格は穏やかだと聞いている。

 そしてなりの愛妻家であると同時に、下の子たちを猫可愛がりするブラコンシスコンでもあるそうだ。

 とまあ、俺が彼について知ってるのはこの程度だ。レイはあまり家族の事を話してくれないし、何より俺も家族や他の兄弟たちをよく知らないので家族関連の話はしてこなかった。

 クソ、こんなことになるならもっとレイから聞き出していれば良かった……。


「(しっかし、相変わらず無駄に豪華な部屋だな。成金趣味丸出しだ)」


 俺は、部屋の周囲を見渡す。

 豪華な宴会室。鬼が描かれた金箔の襖に、百人は入れるようなドデカさ。邪魔にならない程度に金箔が張られた鎧や模造刀などの調度品が置かれている。

 うん、相変わらず趣味の悪い部屋だ。聞いたところ、先代当主(オレの父さん)が現役の頃は質素な部屋だったのだが、義母さんが実権を握ってからはこんな風になったらしい。趣味悪い。


「失礼します、レイド様がお見えになりました」

「うん、入ってくれ」

「ハイ、ではレイド様」


 障子越しに使用人が挨拶してから障子が開けられ、中に人が入ってきた。

 腰まで届く金髪と青い眼が特徴の偉丈夫。レイが大人になったような容姿の人だった。

 けど、ソレ以上に注目すべきものがある。


「!!? (な、何だこの圧は!?)」


 その強力な妖気だ。

 レイや俺とは比べ物にならない程に巨大な妖気。

 おそらく本人は自身の妖気の内、ほんの少し程度を向けているつもりなんだろうが、俺には強すぎた。

 大海から見れば少しの水でも、泉からすれば膨大な量になるのと同じだ。


「(コレが俺の将来か。・・・今のままじゃ抑えられる自信がないな)」


 上級妖怪……いや、王級妖怪への道は遠いな。


「君が、朱天百貴くんだね?」

「ええ。そういう貴方はサーヴェイン・ド・レイドさんでよろしいでしょうか?」


 出来るだけ強気に、尚且つ失礼のないように答えると、サーヴェインさんはフフフと微笑んだ。


「そんな硬くやる必要はないよ。君はレイの友達、僕はレイの兄なんだ。もっとフランクに接しても問題ないよ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。サーヴェインさん」

「そうそう。そんな感じで頼むよ」


 サーヴェインさんは俺の前に敷かれた座布団に座り、何処からか資料を取り出した。


「今回は本当にすまなかった。犯罪集団と繋がり、小さな子供を拉致して慰み者にしようとした挙句、君のような子を巻き込んだ。私の一族として恥ずべき行為だ。この償いは必ずしよう」

「……そういうのは、大人たちと決めてるんじゃないの?」

「うん、賠償金とか利権とかいった償いはちゃんとしているよ。いや~、舞姫さんはやり手だね。こちらの手を全部読まれて搾り取られたよ」


 そういうのを子供の前で言うんじゃねえよ。


「じゃあ、俺に何の用ですか?」

「いや、弟のお友達をこんな目に遭わせてしまったんだ。真祖としてではなく、兄として何か償いをしようと思ってね。何がいいかな?」

「(兄として、ねえ…?)」


 そんなこと言われて素直に兄として出来る事を言う奴なんているのか? ……いや、今の俺は十歳のガキだからそんなこと考えないって普通は思うか。


「(・・・なんかそう思うと腹立つな。よし、少しからかってやろう)」


 俺はガキ扱いされるのが嫌いだ。

 外見はコレでも中身は成人なのだ。たとえ実年齢は子供でも御共扱いする奴には仕返しする。ソレが俺だ。


「じゃあ、俺がピンチになったら助けてくれます? 俺、こう見えて色んな危ない橋渡ってるので」

「ん?ああもちろんだとも」

「そうか、でしたらソレで充分です。じゃ、この話は終わりですね」


 先ず、普通の子供らしい反応をしてその場を立ち上がる。そして通り過ぎ様にぼぞっと呟いた。


「その時、アンタがどう動くかで俺の中のアンタの価値が決まる。もちろん朱天の中でもな」

「!!?」


 ちょっと意味深に脅してやった。

 本当のことを言えば、別に深い意味はない。

 賠償や損害の補填をした以上、これ以上深く突かれることはないだろうが、ソレはあくまで朱天家とレイド家との間の話だ。

 今話してるのは俺たちとの間での話。もし仮にこの人が何もしなければ俺の中でこの人は頼りにならない友達の兄というレッテルを張られる。

 普通なら別になんともないが、レイの話を聞くに、この人はブラコンだという。だから、弟の友達から頼りにならないと思われ、変なことを吹聴されるのはさぞ困るだろう。知らんけど。

 第一、朱天家において俺にそこまでの価値はない。所詮は愛人の子、しかも半妖だ。遊びに呆けるドラ息子である。

 所詮は嫌がらせだ。そんなに効果はないだろう。


「じゃ、俺は鍛錬に戻りたいので」


 とまあ、俺はいたずらが成功した子供のように部屋から出て行った。







「……あの子が朱天の落とし子か」


 百貴を見送ったサーヴェインはため息を付いた。


 彼から見た百貴は文字通りの天才だ。

 いや、彼以外の妖怪から見ても百貴は特異に見えるであろう。

 あの年であれだけの妖気を持ち、本人も自身の能力を伸ばすことに積極的。鍛錬を怠らず実戦経験も積んでいる。こんな子供が親戚にいるなんて、全くもって羨ましい限りだ。

 元来、上級妖怪の子供は鍛えない。成長するだけで妖力が上がり、その力の使い方も振るうだけなら自然に出来るのだ。わざわざ汗水たらして無理に強くなろうとしない。

 だからこそ、百貴が異質に見えるのだ。

 本家の闘法はあまり使えないが、ソレを補って余る鬼としてのスペック。おそらく、子供同士での戦いなら、基礎能力は彼が一番であろう。

 そして本人自身、ソレだけでは満足せず、封魔鬼術という別の要素を憶え、更に上を目指している。

 更に更に。彼は情に厚く義理堅い性格とも聞いている。

 今回の件だって里長の娘とはいえわざわざ自分で乗り込んだ程だ。他にも七歳で烏天狗の長の一人娘を守るために命懸けて戦ったという。このような美談は大衆だけでなく貴族達にも効く。

 彼は将来、間違いなくカリスマ性を持つようになる。もし彼が当主にならなくとも、彼の元に就きたいと思う妖怪は沢山出て来るであろう。

 だから、ここで好印象を与えるようにと、親友の兄と言うカードを使い、中に引き込めと妻に言われた。


「(アレは……失敗だね)」


 ここで好印象を与えるつもりが、逆に価値を決められる側になってしまった。

 もし仮に向こうが要求した際に満足できる結果を出さなくては、価値無しとみられるかもしれない。そうなれば、自身の朱天への評価はがた落ちである。

 けど、そんなことはどうでもいいのだ。


「(もしここで百貴君に満足してもらえなかったら、レイきゅんに嫌われる!)」


 この男は、政治よりも家族からの評価を気にしていた。

 こんなので大丈夫なのか、吸血鬼社会よ。

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