今日から俺は、異世界転生者
俺はきっと善人じゃない。ことあるごとに見返りを求めている。
「いいかいけん坊、困ってる人は絶対に見捨てたらだめだよ」
「? ……よく分かんないけど分かった!」
死んだばあちゃんが酸っぱく言っていた言葉、そして俺が最後に聞いた言葉。……言いつけを守って、道徳の教科書に書いてあるような行動を繰り返した。
初めは下心なんてなかった、見返りなんていらなかった。
遺言だから『助けないといけない』、そう認識したからやっているだけ。忘れたくない約束を守るためだけに動いてただけ。そこに俺の感情はなかった。
『あ、ありがと、うっ……!』
でも、ユウをいじめから助けた時の、あの顔がいつまでも忘れられない。ユウに泣きながら感謝されたとき、『あぁ俺、凄く優しいことしたんだ』っていう満足感が心地よくて、
『おう! もうだいじょうぶだから、なくなよな!』
気持ちが良かった。
その日から俺は、ばあちゃんの言う通り善人に憧れた。調子に乗るように進んで人助けした。
まだ言葉の意味を理解できてなかったときの方が、善意で動いていただろうな。
俺はいい人なんかじゃない。いい人の真似してる自分が好きだった、自分は優しい人だって思いこんでほしかっただけだ。
結局、全部自分のため。これは綺麗な感情じゃない、きっと偽善なんだろうな。
それでも、俺は憧れる。
◇ ◇ ◇
(……変なこと、思い出した………)
俺は走った。今までにないほど全力で、命をすり減らすほど全力で。
一番速く走れた。これが火事場の馬鹿力って奴なのかな。と、うすぼんやりした意識の中で、そんなことを考える。
『キャァァァ⁉』
『た、大変だ! 学生が車に轢かれて……⁉ あああ……だ、誰か救急車を!』
『坊主! すぐに救急車が来るから頑張れ!』
微かな声で、消えてしまいそうな声が、目の前の人から聞こえてくる。そう思ったら、その景色も歪んできた。全ての感覚がぐらつく。
――車に轢かれるって、こんなに痛いんだ。初めて知ったよ。
「…………ぁ」
痛い。痛い。どこが痛いのか分からないぐらい、全身が痛い。今日殴られた頬の痛みなんてかき消えるぐらいに、どうしようもなく痛い。
『ぜった………たすかる……んばれ!』
助かる……? その言葉はありがたいけど、無理なことは知ってる。俺はこのまま死んでしまう。これはもう確定した未来って知ってるんだよ。
それを分かっていながら、俺は道路を飛び出して、小さな子供を守ることを選んだ。その助けたはずの少女がどこに行ってしまったのか、俺の真っ赤な視界では分からない。けど、少女の死は避けられたはずだ。決まっていることなのだから。
(よかった)
心の底からそう思う。恨み言一つなく『よかった』って思える最期で、本当に良かった。自分は最期までいい人であり続けられたんだ。ようやく善人になれたのかもしれない。
これさ、俺にとって最高の終わり方じゃないか? 誰かを助けて死ぬって……文句のつけようがないだろ。
(あぁでも……本当に死ぬんだなぁ……俺)
徐々に体の感覚が無くなってきていた。体が冷たく、寒くなっていく。熱と一緒に血が地面に流れていく。
土壇場になって、今更死ぬのが怖くなってきた。やっぱり俺、死ぬことが分かってなかっただけだ。馬鹿だなぁ。笑える。笑う力もないけど。
……やばい、眠い。そういや、授業中に寝落ちしたとき、よくユウにたたき起こされたな。懐かしいな。
……ユウ。自分勝手でごめんな。泣かせてごめんな。
俺もお前と一緒に、異世界に行きたかった。……お前と一緒に、異世界で生きたかった。
まさかだよなぁ、車に轢かれて死ぬなんて……でも………この結果に……後悔はしてないんだ。
……………だって――。
『待……! ………目を………るな……おい……!』
これが…………一番―――。
『
「――え?」
目を閉じて最期を悟った瞬間、アルマの声が聞こえてきた。同時に、消えかかった意識が蘇り、体の痛みが綺麗になくなっていた。
「アルマ……?」
恐る恐る目を開けてみると――。
「な――う、浮いてる……⁉ し、しかも、あれは俺か⁉」
地面から約3メートルほど離れた空中で、自分のひしゃげて血まみれの体を運んでいく救急隊員が見えた。さらに自分の手や足を見てみると青白く、半透明で向こう側が透けていた。
一体どうなって――。
『死んでも騒がしいのですね貴方は。いい加減落ち着いたらどうですか?』
「そ、その声! やっぱりアルマか⁉ でもどこに――」
徐々に上昇しながら周囲を探すが、あの目立つ格好の女性はいない。
『様を付けてくださいよ! さ・ま! ……ゴホンッ! いいですか? 私は『神の領域』から直接あなたの魂に話しかけています。見ての通り、たった今、あなたは死にました。これから肉体から別離した魂が輪廻を始めます』
「? えーと」
『……簡単に言うと、貴方の魂はこれから、バラバラになりながらこの世界をひたすら漂っていきます。そしてその残骸は巡り巡って、別の生命として生まれ変わるのです』
「バラバラ? あ、ホントだ」
手を見てみると、確かに指の先から光が漏れ出している。このままいけば、崩壊は体全身にいきわたるのだろう。
崩壊していることを自覚したとたんに、加速していく。もう指先はなくなっているが、不思議と恐怖はない。……死んだ後なんて考えてもしょうがないしな。どうでもいいや。
「はぁ……それを俺に伝えてどうしろと?」
『急に達観しますね……。死にたくないよー!とかのリアクションを求めたんですけど』
「死んでから言うセリフじゃないだろそれ……。もう後は消えていくだけなんだろ? もしかして俺を生き返らせたりとか言うご都合主義な展開?」
無理だろうなーと思いながらも一応聞いては見たが、答えはNOだった。
『もうあなたの肉体は死にました。生き返らせることはできません………』
「だよねぇ……」
『――ただし、それはこの世界に限った話です』
「ん?」
ハッキリとしたアルマの声に思わず聞き返す。
どういうことだ? やけに意味深な言い方をする神様だ。希望を持たせるようなことを言う。
『これからあなたの魂だけを異世界に直接送り込みます。運が良ければ、その辺の生物の体に入り込み、新たな生を得ることができます。そこであなたは生まれ変わるのです』
生まれ……変わる?
「それってつまり、転生ってこと?」
『お、珍しく無駄に呑み込みがいいですね! そうですよ。しょーーーうがなくあなたを異世界に転生させてあげるんです! 喜んでください!』
「……さっき言ってた輪廻とは何が違うのさ?」
『前世の記憶の有無です。引き継いだまま別の個体になるのが転生で、まっさらな状態から始まるのが輪廻です』
死んだけど、記憶を持ったまま別の体で生き返るってこと? しかも異世界で? 異世界転生ってことになるのか?
「それじゃ俺はリスクなしで生き返れるってこと? ……なんか都合よすぎない? 金なら持ってないぞ?」
死んでから急に頭がさえてきたような気がする。
『うわぁ、神を疑うとかマジで不遜……私からの慈悲以外の何物でもないですよ。……まぁしいて言えば、貴方のことが気に入ったので、出血大サービスですよ』
「出血って言葉はあんまり聞きたくないな……」
血はこりごりだ。
『……それに、ユウナのことが気がかりでしょ?』
ほんの一瞬だけ、アルマの声が優しく聞こえた。
「ッ‼ そ、そうだ、ユウ! ユウはちゃんと行ったのか⁉」
『ええ。でも、あなたがいなくなってから酷かったんですよ? 今にも自殺しそうな勢いのところを、ケンゴを同じ異世界に転生させるというナイスアイデアで何とか繋いだんですから! 感謝してください!』
「ユウ……そっか。よかった」
ユウの泣いた顔なんて、助けた時以来だ。あんなに俺のことを想っていてくれたなんて、思ってもいなかった。泣かせてしまった、という罪悪感を感じながらも、ユウの涙を嬉しいと感じてしまった俺がいる。
『……ここにきて他人の心配ですか。貴方はつくづく……』
……良かった。もしかしたらって、ちょっと不安だったんだ。
ホッと胸をなでおろす。心残りが無くなったのか、さらに崩壊が進み、両手両足が光になっていく。アルマがいなかったら、もうすぐ消えてなくなるんだな。
『……もう輪廻まで時間が残されていないようですね。選択肢しなさい。このままこの世界を輪廻するか、別の世界で転生するか。カマセ ケンゴ、決めるのは貴方で――』
「行きます」
『早っ! さっきと違って迅速な回答ですね』
まぁさっきはさっきだ。理由としては、このまま消えるのはなんか嫌だし、二度目の生を別の世界で謳歌するのも悪くないかもしれないと思ったから。
……それに、
「向こうに行けば、俺はまたユウに会えるんだろ?」
あのいたずらな笑みを思い出す。くしゃくしゃに歪んでしまった泣き顔を思い出す。
あんな弩級の変態でも、俺の親友だ。できることなら、また会いたい。会って、今度は笑顔にしたい。
『私はアガッサラーラを管理していないので、わかりません。ですが、世界は広大です。会える可能性は限りなく低いと思ってください』
「そっか……」
砂粒を探す旅になるかもしれない。そもそもまともに生活できるのかどうかも怪しいな。人を探す余裕なんてあるのだろうか?
『一応、もう一度聞きますよ? それでも異世界に行きま――』
「行きます」
『食い気味ですね』
答えは変わらない。
忘れるな。
だからユウ。お前を探し出して、守ってみせる。独りぼっちになんてさせない。もう泣かせたりしない。
『……分かりました』
体の崩壊が止まり、暗い空に散っていった体の欠片が集まってくる。そして、突如空中に空いた扉に掃除機の様に体が吸い込まれていく。
「お、おお……⁉ 吸い込まれて―――」
『さっさと、行ってください! これ、結構、疲れるんですから! はぁッ……はぁ……!』
必死な声だけが聞こえてくる。言う通り相当疲れるようだ。
最初はアンタのことを変な奴だと思ってたけど、いい人なのかもな。わざわざ面倒をかけてまで、俺を助けようと、ユウにあわせようとしてくれてる。本当に人嫌いなのか怪しくなってきたな。
やっぱり俺は、無償の善意に憧れる。
「ア、アルマ! ユウのこと! ありがとう! 俺を助けてくれて! ありが――――」
感謝を最後まで伝えることができないまま、俺の透ける体は穴に吸い込まれた。輪廻に巻き込まれる前に、俺はこの世界から旅立った。
こうして俺は、
――――
『フゥ……死んでもなお自分より他人を気にするなんて……弩級の馬鹿ですねぇ』
ケンゴの異世界転生を、『神の領域』から見送ったアルマは、閉じていく虚空の門を見ながら呟く。
『……いつかまた、会えるといいですね』
そのとき、純粋に二人の再会を願ったアルマの表情が、慈愛に満ちた母の様であったことは、誰も知る由はない。
『あ、そういえばユウナにスキルの説明一切してなかった……まぁいっか』
慈愛の神は、適当だった。
転生したら犬でした! しかも飼い主は魔女でした⁉ ~成長し続ける災厄の魔獣は、主人の膝で眠りたい~ @Seedseed01190119
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