残念な天才カタブツは、ツンデレ幼なじみの「バレンタインの放課後に、女子からもらった手作りチョコを見せなさい」という指令を達成することができるのか?

さーしゅー

残念な天才カタブツは、ツンデレ幼なじみの「バレンタインの放課後に、女子からもらった手作りチョコを見せなさい」という指令を達成することができるのか?

 とある高校、あるクラス、ある放課後の机の上。


 俺は教室後方、奥側の席で、100と記されたテスト用紙を見ながら自画自賛をしていた。


「俺に”不可能なんてない」


 俺は天才だ。小さな頃から天才で、十五で神童と自画自賛したレベルの天才だ。この明晰なる頭脳を持って生まれた俺は、これまで全てを頭で解決してきた。


 テストや勉強はもちろんのことながら、体育だって、自慢の頭脳で医療の知識を身につけ、保健室の先生の知識を圧倒する仮病を生み出し回避してきた。グループワークだって、その性能をとくと発揮して全て一人で行うことで、もっとも効率の良い解決をしてきた。


 たしかに俺に友達はいない。でも、それさえもひとり遊びの開発の土壌となった。さらには友達がいないからと言って、人の扱いが下手なわけじゃない。”人の扱いだって小慣れだ。妹なんてお小遣いさえやれば従順に動かすことができる。そう、この頭脳さえあれば、”不可能なんてない。


「友達がいなくて、私くらいしか話し相手もいないアンタが、よくもまあ『俺に不可能なんてない』なんて言えるわね、恥ずかしくないの?」


 突然、左から飛んできた、きつめながらも甘いの声の主は、他でもない、甘梨 苺(あまなし いちご)だ。こいつは古くからの腐れ縁で、何かにつけては近づいてくる。


 彼女は放課後の教室に、人がいないことをいいことに、一個前の机に腰を掛け、少し見下ろす角度でにらんでくる。


 苺はその名を体現したかのような、真っ赤な髪色をしていて、その赤のボブヘアーは肩の上まで綺麗に伸びている。くりりとした大きな目は黒く輝いていて、ほのかに朱らんでいる頬は、もちもちとした触り心地なのだと推測する。


 苺は少し寒がりなのか、制服の上に黒のカーディガンを着ている。でも、スカートは短めで目の前に座ると、その白い脚が目につく。


「って話を聞いているの? 私くらいしか話したことないようなアンタには不可能がいっぱいあると思うんだけれど?」


 やけに彼女は不満顔で尋ねてくる。だから、俺は言ってやった。


「そんなことはない! 俺に”不可能は無い!」


「本当かしら? じゃあ、もし妹とデートしてと言ったら、バリバリの反抗期の妹さんとどうやって一緒に出かけるのかしら」


「ふっ、それくらい朝飯前だな」


 俺はメガネの右端をわずかに浮かせた。でも、苺はその指を、うざそうな目線で見てくる。


「じゃあ、どうやってやるのよ?」


「あいつは一万円握らせれば、目を輝かせてなんでもしてくれるぞ」


「はあ…………時給換算したら、十時間以上かかるのにどこが朝飯前よ……」


 彼女は大きなため息をつきながら、やれやれと言わんばかりに見下してくる。


「でも、不可能じゃない!」


 彼女は俺の返事に興味なさそうに「はいはい……」と呟くと、耳元で真っ赤な毛先をいじりながら、俺をにらんだ。


「じゃ、じゃあ、そこまで言うのなら、明日のバレンタイン、チョコを一つもらうのなんて簡単なことなんでしょうね?」 


「もちろん、そんなこと……」


「ちなみに! 友チョコだと言って、人類皆友達だから店員さんからもらうのは無しだから!」


「な、なぜわかった?」

 

 俺は考えていた言葉をまるっとかっさらわれてしまった。


「嫌でもあんたの近くにいるから、考えが染みついてしまったのよ。私の思考を汚した責任、どうやってとってくれるのよ!」


「いや、近づいているのはお前の方……」


 もちろん俺から近づくことなんてなく、いつも彼女の方から俺に近づいてくる。俺に近づけば友達が減ってしまうのに、彼女はそんな不合理を平然と行う。


「なわけないでしょ。誰がアンタもとに好んで近寄らないといけないのよ! はい、それで友チョコ作戦は無し。それでも本当にできるの?」

 

 彼女は全く信じていない様子で、生意気な声で挑発してくる。


「ああ、できるさ! そもそもバレンタインの定義から始めれば、なんだったら今からだって解決……」


「アンタねえ。バレンタインの定義とか知らないけど、バレンタインは好きな人や恋人にチョコを渡す日。これは絶対だから!」


「そ、そうか……」


「妹さんだって、そんな定義関係なしに、必死に作ってるでしょ。そんなものも見てないってあなたの目は節穴なの? そのメガネは伊達メガネなの?」


「うっ……」


「そもそも、アンタはチョコレートに興味ないわけ?」


 彼女はため息をつきながら腕を組み、俺を見下す。そんな彼女を見上げるようにはっきりと口にする。


「俺は”チョコレートに興味は無い」


 そこだけはすんなりと断言できた。俺は”女子のチョコレートに全く興味がない。彼女は鳩が豆鉄砲を喰らったかのように目を丸くし、しばらくの間呆然とした。そして、早口に言葉を紡ぐ。


「アンタそれで男なの? 普通女子から好意を向けられたいとか持ってるでしょ。絶対に! 高校二年生になってゼロとは言わないわよね?」


「”好意を欲しいなんて、一度も思ったことないな」


 それも綺麗に断言できた。俺は”女子の好意に全く興味がない。彼女は目の前に投げ出した足を忙しくなくバタバタさせながら、俺をにらむ。


「じゃ、じゃあさ、さすがに誰かと恋人みたいな関係になってみたいとかはあるんじゃ無いかしら!!!」


「”恋人とか欲しいとも思っていない」


 これも、言い切った。もし俺の目の前に完璧な少女が現れたとしても、俺は”恋人になんか興味がない。


 すると、いつのまにか目の前の彼女は、顔を両手で覆い、俯いていた。指の間からわずかにのぞく目は赤く晴れていて、さらには「ああ神よ……」と嘆いていた。やはり明日はバレンタインだから、神様への気持ちがあるのだろうか。


「あ、あんた、それでも本当に男!? 妹に毒されて女々しくなってるんじゃないでしょうね?」


「むしろ、妹には毒づかれているから大丈夫だ。最近なんて、近づくだけで臭いって言われるぞ」


 妹の毒は、今朝『おはよう』と声をかけただけで、『キモい』と帰ってきたレベルだ。


「……もう! ……なんでこんなにカタブツなのよ!! ……なんでこんなのを好きになったのよ、私!」


「なんか言ったか?」


 彼女は下を向きながらボソボソとつぶやいた。俺にはその声がいまいち聞き取れなかった。


「じゃ、じゃあ、あんたそれでも……不可能は無いって言うのよね??」


 彼女は俺の目を覗き込むようににらみながら口にする。


「ああ、”不可能は無いな」


「だ、だったら!! 明日の今、14日の放課後に、女子からもらった手作りチョコを私に見せてよっ! 不可能はないんでしょ!! できるよね、それくらい!!」


 彼女は半分涙目で、まるで寄る方もなく俺にすがるように訴えた。だから、俺は思わず。


「ああ、やってやる!」

 

 そう言ってしまった。いや、そう言うしか選択肢はなかった。でも……その時、初めて不可能をできると言ってしまった。



* * *


 13日の22時ごろ、俺は椅子に座り込み自室で頭を抱えていた。俺は確かに”不可能なことはない。だけど、裏を返せばその通りだ。無理なことは無理なのだ。どうすればいいのか俺にはわからなかった。


 でも、一つだけ方法はある。から手作りチョコレートをもらう方法が。苺は女子の範囲を指定しなかった。流石におばさんとかは女子と呼んではまずいかもしれないけど、それ以外なら女子のカウントだ。


 だけど、頼んだ時にキモいと言われるかもしれないし、拒絶されるかもしれない。もう二度と口を聞いてくれないかもしれないし、気まずい雰囲気が続くかもしれない。そう考えると、どうも一歩踏み出せなかった。


 でも、俺に不可能は無い。そうやって豪語した以上、不可能を可能にしなければならい。リスクは高いと、明晰な頭脳が告げていようとも、男には高いところから川に飛び込まなければならぬ時がある。


 俺は勇気を絞って椅子から立ちあがった。

 


* * *


 完全に勝負はついていた。


 俺の机の上には、ハートの形に綺麗にラッピングされたチョコレートが載っている。それを見てか、正面に彼女は目や顔を真っ赤に腫らして、俯いていた。


「なんでアンタはほ、ほ、本物を持ってくるのよ…………無理なことは無理って素直に言ったらよかったじゃない! それに、私は妹を禁止してなかったわよね。なんでそれだけの頭があるのに、そんなことにも気づかないのよ。ばかぁ……」


 彼女は半泣きで、震えた声のまま呟いた。驚くとは思っていたけど、勝負に勝ったことでこんなリアクションを取られるとは夢にも思わなかった。


 でも、何はともあれ、やっぱり俺に不可能はなかった。


 じゃあ、どうやって不可能を可能にしたのか? それは……


* * *





『”』=『(苺以外の)』





* * *



 その絶体絶命とも言える不可能を突きつけられた俺だったが、その突破口は、その選択肢の少なさにあった。


 もし苺の言う、女子の手作りチョコをもらうならば、苺からもらうしかない。なぜなら、俺は苺以外からチョコレートをもらわないと決めているからだ。だとして、彼女からチョコレートをもらおうと思ったらどうすればいいのか、どんな魔法を使えばいいのか。頭に苺を浮かべながら、思考を巡らせていると、ある言葉を思い出した。


『バレンタインは好きな人や恋人にチョコを渡す日。これは絶対だから!』


 そう、バレンタインは絶対に、好きな人や恋人にチョコレートを渡す日。本人が提示した条件なら、それは絶対だ。ならばその条件にハマることができれば絶対にもらえる。ここで条件は『好きな人』と『恋人』に分かれる。

 

 前者は、苺の気持ちで変わってくる。苺が俺のようなやつを好いているとは思えないし、こんな勝負を仕向けた彼女が、のこのことチョコを準備しているとは思えない。この選択肢は、あまりにもリスクが高すぎる。


 となると、残された選択肢はたった一つ。これなら、あくまでもこちらからのお願いである。だけど、精神的にそんな簡単にできるようなことじゃないし、失敗率も非常に高い。でも、俺の明晰な頭脳が弾き出した解決策なんて、たったのこれ一つしかなくて、もし全てのことを可能であると語るのであれば、挑戦するしかなかった。


 だから俺は、13日の22時ごろ、俺は椅子に座り込み自室で十二分に頭を抱えた後、椅子から立ち上がると二つ折りの携帯電話を抱えた。


 電話帳の友達タブで一番最初で一番最後。『甘梨 苺』に、震える手を抑えて、目を瞑り、自分のこれまでをひたむきに信じてコールした。そして、1コール経たないうちに電話口に出た彼女の「ど、ど、ど、どうしたの……」を無視して、一方的に叫んだ。

 

「俺はお前のことが好きだ! 付き合ってくれ! 返事は明日聞く!」


 そして、スピーカーから流れる音声を無視して、通話終了ボタンを押した。切る間際にスピーカーからは「ちょっ、ちょ、ちょ、ちょ……」と聞こえたが、それはLOVEマシーンにしか聞こえなくて、どちらなのかは判断できなかった。でも、判断する必要なんてない。どのみちこれ以上やれることなんてないのだから。


 俺は、高鳴る心臓の鼓動がおさまらず、人生で初めての不合理てつやを働いた。


* * *


 彼女は14日の放課後、顔を苺のように真っ赤に染めて教室に現れた。彼女は夕日に染まった教室に、入り口から一歩ずつ踏み入って、俺の前で立ち止まる。手はうしろで組んでいるように見え、俯き気味で目が合わなかった。


「は、は、は、はい……こ、これ…………わ、私からのチョコレートっ!!! これが昨日の返事だからっ!!」


 彼女はハート型の丁寧にラッピングされた箱を、下を向きながら、両手でいっぱいいっぱいに突き出した。


 俺はそれをゆっくり手に取ると、その箱の表面はほのかに温かくて、ちょっとほっとした。彼女の気持ちがこもっている、そう思えただけで、とても嬉しかった。ただ、溶けても品質に支障をきたすと判断した俺は、即座に机の上に置いた。


 そして、俺は苺と向き合った。よく見ると、彼女は目や顔を真っ赤に腫らして、俯いていた。


「なんでアンタはほ、ほ、本物を持ってくるのよ…………無理なことは無理って素直に言ったらよかったじゃない! それに、私は妹を禁止してなかったわよね。なんでそれだけの頭があるのに、そんなことにも気づかないのよ。ばかぁ……」


 彼女は半泣きで、震えた声のまま呟いた。でも、その表情には悲しみなんてなくて、すごくいい笑顔だった。悲しい時に起こるはずの涙と、嬉しい時に起こる笑顔を、どちらも合わさった、俺の頭脳でさえ、これまで知らなかったこの表情。永遠に眺めていたいと、本気で思ったんだ。


「あ、あ、あんたには。か、かかか完敗だわ。えええっと、そそそ、その。だ、だ、大事にしてよねっ私のこと!!」


「ああ、俺に不可能はないからな」


 俺が肯定の意を示すと、彼女は一歩二歩と踏み寄り、俺の体は甘い香りで包まれた。


「よ、よかったよぉぉぉぉぉ……」


 彼女は、俺の胸の中で声を上げながら、泣いた。俺はただひたすら泣き止むまで、彼女のほのかな温もりを抱きしめた。


 そして、泣き止んだ彼女は自然と俺から離れた。惜しむようにゆっくりと離れる苺が、二人の顔が見つめ合えるちょうどいい距離まで離れたところで、俺は彼女の目を見つめながら尋ねた。




「それにしても、昨日の今日でよく準備できたな? 苺って素早いお菓子作り上手いんだな!」




 すると、苺は顔を真っ赤に染め……………


 頬を膨らませて、肩をワナワナと震わせて……






「そんなことくらい気づいてよ、ばかああああああああああ!!!!!」





 苺こと、俺の彼女に思いっきり怒鳴られてしまった……



 結局、俺に(苺以外の)不可能はない。


 だけど、苺の気持ちを汲み取ることはまだまだ、っと難しそうだ。チョコだけに。


 チョコだけに!!


 チョコだけに!!!!!



終わり

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