新しいタイプの敵

第14話 身バレしそうな、幼稚園児魔王


「はじまるよったら、はじまるよ♪」


 ジャングルジムが庭にある、幼稚園の一室。

 やわらかな材質の床の上に座り、園児たちが先生を囲んで歌っている。


「はじまるよったら、はじまるよ♪」


 壁には園児たちの描いた絵が飾られ、赤やピンクや青や黄色などのカラフルな色遣いのポスターや、パンダさんやライオンさんの形をした紙人形が一面に貼られている。


 園児たちはクリーム色のスモッグ姿で、先生と一緒に手を叩いている。


「いーちと、いーちで、にんじゃだよっ どろん♪」

「にんじゃだよ、どろんっ!」


 歓声が上がって、先生の歌に園児たちが盛り上がる。

 その輪の中で、ふと、1人の園児が叩いている手をとめた。


 周りの園児たちが「にーと、にーで……」と続きをうたっている中。

 彼はひとり手を下げ……白くてぷにぷにの腕を組んで、首を傾げる。


「……オレは一体、何をやってるんだろう?」


 目の周りに赤い痣のある、その幼稚園児は。

 他の園児たちが「かにさんだよっ、ちょきん」とうたっている間も、ずっと首をかしげて考え込んでいた。


「……なんだ? 『にんじゃ』って……。……『どろん』とは……?」


◇ ◇ ◇


 自由遊びの時間になると、葉手州くんはジャングルジムの一番てっぺんに座って空を見上げる。


 ニンゲンとして生まれ変わり、5年間生きてきた。

 幼稚園児になった途端に、母親から「出ていきなさい」みたいなことを言われ、姫崎の本家に預けられることになった。


 それまでの、5年間の人生。

 そして。


 最近になって蘇ってきた、生まれ変わる前の「魔王ハデス」としての人生。記憶。感覚。


 それらが、頭の中でグチャグチャと入り交ざってしまっていて、時々こうして一人で考えたくなる時もある。


「(どうせなら、前世の記憶なんて思い出さずに……普通の幼稚園児として生きていたかったなぁ……。そっちのほうが、楽なんじゃねぇか?)」


 上空は強い風が吹いているらしい。


 流れていく雲を見上げながら、葉手州くんはため息をついた。

 前世の記憶が蘇ってからというもの、素直に純粋に、幼稚園児としての人生を楽しむことができなくなっている気がする。


 まぁ、もともと皆で楽しく「歌遊び」なんてするようなタイプでもなかったけれど。


「なんだよ……『どろん』って」


 呟くと、肩に乗っている小さなスズメが小さくジャンプした。


「……我々が転生した、この【ニホン】において、【術】を用いて任務をこなした……古の【傭兵】のような者たちのことを『忍者』と呼び……。……その『忍者』が【術】を用いて姿を消すときに……『どろん』、と唱えるようですよ。ハデス様」


◇ ◇ ◇


 魔鳥カイムは、【地縛霊】との戦いの中で……突然話せるようになった。

 同時に、葉手州くんは【魔王ハデス】となり、魔王の【技】を出せるようになった。


 しかし、それも長続きはしなかった。

 何かのきっかけで葉手州くんは元の普通の幼稚園児へと戻り、【術】も使えなくなった。


 葉手州くんが幼稚園児に戻ると、魔鳥カイムも普通のスズメに逆戻り。

 言葉も話せなくなっていた。


「【術】かぁ……。……どうしてオレは突然、【術】が使えるようになって……。……そしていきなり、使えなくなったんだろうなァ」

「わかりませぬ。……私も、言葉を話せるようになったかと思ったら、ハデス様と同じタイミングで、またタダのスズメに逆戻り、でございました」


 スズメの姿をしている魔鳥カイムも、ため息をついた。


「そうだよなぁ。……それからは、タダの鳥だったよなぁ」

「左様でございます。食べ物も……虫でございました。……まぁ、これまでの5年間、何も考えずにミミズや農作物、葉っぱなどを食しておりましたので、平気ではありましたが……」

「……家の周りの? 」

「はい」

「あの辺に……いつもオシッコしてるぞ、オレ」

「オ゛エエエエエェェッ!!!」


◇ ◇ ◇


 【地縛霊】の除霊から一週間が過ぎた。


 それまでチュンチュンとしか言えていなかった魔鳥カイムが、突然、もう一度言葉を話せるようになったのが三日前。


 何がキッカケなのか。

 魔鳥カイムに何の変化が起きたのか。


 葉手州くんにも、当の魔鳥カイムにも、原因はサッパリわからないまま三日が過ぎた。


「今日もそのスズメ、家の中に入ってくんの? 動物臭いのイヤなんだけど」


 夕方、肩にスズメを乗せた葉手州くんが幼稚園から帰宅した。

 そのまま姫崎の屋敷に入っていくと、中学校の制服姿の姫崎芽愛が仁王立ちして待ち構えていた。


「どうしてそのスズメ、あの【地縛霊】のときから葉手州くんにベッタリなんだろね」

「……う、うーん……エサをあげたから、かな?」

「――――ホントに……? ……なんか……怪しい……」


 葉手州くんと、その肩に乗ってそっぽを向いている小さなスズメを、芽愛が目を平たくして見下ろしていた。

 明らかに、何かを疑っている。


『キミが【術】なんて使えるわけないじゃない。……まだ、オネショなんてしてるガキのくせに』


 あの事件があった夜、芽愛が葉手州くんに行っていた言葉。

 けれどあの後、姉の友莉愛ちゃんから【魔王の技】を使っていたときのことを聞いたらしい。


 しかも、魔鳥カイムが話せるようになった日から……何か様子がおかしい。


 葉手州くんが姫崎の本家に身を寄せてから数か月経ったけれど、5歳の幼稚園児の葉手州くんに対して「疑うような目」を向けてくるのは初めてだ。


「(……オレが魔王だって、もしかして気が付いたか?)」


 芽愛の前では無口になるスズメ・魔鳥カイムを肩に乗せたまま、葉手州くんは家の中へ入っていった。


◇ ◇ ◇



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5歳児になった転生魔王は、世界征服できるのか?!  ~魔王は幼稚園児に転生し、美人退魔士姉妹の家に転がり込んだ~ @kirin2021

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