第2話「エリスと言う女」
「馬を馬車から外して貰えるかな」
「ここで向きを変えるのは難しそうですね、中の荷物も降ろさないと」
馬を使って強引に向きを変える事は難しい、道が狭すぎて旋回が出来なそうだ前側の車輪を浮かせればグルっと回す事は出来ると思うがそのためには積まれて居る荷物を降ろさなければならない。
馬を馬車から外し少し離れた場所に綱をくくりつける戻って馬車の荷物を下ろそうかとした時にエリスさんがおもむろに右手を馬車に突き出すようにして何か小さな声で口ずさむと馬車がその場から消えた。
「消えた・・・」
馬車が消えた一瞬後やはり右手を突き出したままのエリスさんが小さく唱えると進行方向が変わった馬車が目の前に現れた。
「魔法・・・ですか」
「残念だけど私はそんな大魔法を使えないわ、その代わりにこの右手の指輪に荷物をしまう事が出来るの」
「アイテム袋って訳じゃ無いですよね、どう見たって」
空間拡張を施した魔道具の袋が存在している事は行商人に見せて貰ったから知っていたが指輪の中に物がしまえるなんて物の存在は聞いた事が無かった。そのアイテム袋も値段によって中に入る容量や時間の流れすら変えられる物が有るとは聞いたがアース村を回るような行商人では一番価値の低い袋を購入するのがやっとだと話していたがその最低限の袋でさえ村の金をかき集めても買えそうに無かった。
「指輪ですもの袋じゃないわよ、でも使い方はアイテム袋と同じような物ね貴重な物では有るけど人の手で作り出された模造品だから神聖具って訳じゃないけど」
エリスが見た目通りの人間じゃないって事は理解出来たが今更連れて行かないと言う選択肢は無い、祖父の教えに従えば危ない存在には近寄らない事だったが生憎と母の女の子には優しくねと言う言葉を優先させてもらおう。
エリスが女の子と呼べるような年齢かは甚だ疑問だが。
方向転換させた馬車に馬を繋ぎ終わるとエリスは御者台の横に座る、荷台に入っていれば良いのにと思ったが物が一杯で休めるような場所は無いかと思い至りエリスに話しかけた。
「荷台の荷物をその指輪に仕舞って貰えれば中に休めると思いますよ」
「一人ぼっちで荷台に座ってるなんて嫌よ、一緒にお喋りしながら旅を始めましょ」
「そうですか、ブロワー領までの間ですがよろしくです」
エリスは1人口から先に生まれてきたのかと疑う程によく話た、ドワーズ領を出てからほぼ一月の間誰とも話して無かったと言うことなのでその気持解らなくも無い。
「じゃあそのお祖父さんが死んでからは1人で山に入ってたの危ないわよ」
「本当にそう思います、色々理由が有って村を出たんですが1人で山に入るのが危ないからって言うことも理由の一つです」
俺も村を出てから誰とも話して居なかったから人恋しかったのだろうか、エリスの会話のペースにはまってついつい話し込んで仕舞っている。風上から風下に風の向きが変わった時エリスの体臭が漂って来た、こんな旅の間だし俺のように雪解け水で行水でもしない限り臭うのは仕方ないだろう。
「ねえひょっとして私臭い?」
俺のほんの僅かな仕草の変化を見取ったらしいエリスがそう訪ねてきた。
「大丈夫ですよ」
「本当の事を言って、私にとっては大問題なの」
真剣な表情でそう言って来たのだがこういう時どんな表情で返事をすれば良いのか、教えてはくれる相手はいない。
「旅の間は仕方ないじゃないですかここに有るのは冷たい雪解け水しか有りませんから」
エリスが御者台をにじり寄って近付いて来て私の身体を匂い始める、汗の匂いと共にほんのり甘い香りが漂って来た。
「ねえリオンあなた全然汗の臭いがしないんだけどどういう事なの今日で村から出て4日目なんでしょ」
「水場で身体を洗ったからですよ」
「水浴びって冷たい水のまま?」
「そうですよ、猟師にとって臭いは獣に自分の位置を教える事になりますから極力臭いの元は絶つようにしてるんです」
水洗いしたくらいで人の臭いを消す事は出来ない、オババに教えて貰った特殊なニオイ消しの石鹸を使って臭いを消しているが女性にはお勧め出来る物ではない、多少匂いが残っていた方が相手を引きつける役目を果たす・・・らしい。
「水場って分かるの?」
「この辺りなら判りますよオジイが生きてた頃は泊まりで何日も獲物を追ったから」
祖父さんと一緒に狩りにでかけて居たのも事実だが本当の目的は旧道沿いに存在した旧アース村にある墓所を回る為だった。現在のアース村は水害で甚大な被害を受けた為引っ越した先で旧来の在所は旧道沿いの村だった、新道が建設されたのもその水害が元だったから今の時期はともかく雨季には近づきたい場所では無い。
「急いでその水場に向かって、もう5日もお風呂に入って無かったのまさか道が通れなくなるとは思わなくて飲水以外の為に備蓄してきた水を使い果たしちゃったのよね」
ドワーズ領からここまでにも補給出来る場所はいくつか存在するはずなのだがエリスの話を聞く限り無補給でここまで旅を続けて居たようだ。正規の街道から外れた道を進んで来たから立ち寄るべき村に立ち寄れなかったのでは無いだろうか。
「飲水以外の水で良いんですよね、なら旧道沿いの川に向かいます雪解け水が大量に流れ込んいるハズなので」
日が暮れる前に水場には到着したが旧道を抜けて村に着くまで3日は掛かる、食料の予備があまりない途中で狩りを行わないと3日目はあまり口にしたくない保存食のお世話にならないといけない。
「こんな大きな川が有ったんだ、全然気が付かなかったわ。早速水を補給してお風呂の用意をしなくちゃね」
エリスが指輪から取り出した物はいくつもの樽と風呂場に置いてある大きな浴槽だった、村一番の金持ちでもあんな浴槽使っては居ない、一目見て高級品だと解った。それと同時にエリスがただの一般人な訳が無い事も理解出来た。
取り出した樽を川に沈めると指輪の中に収納していくそれで水が補給出来たのだろう、全部は数えて居なかった20程の樽に水が汲まれて居た。樽の回収が終わると次は沈んでいた浴槽を一旦回収し再び取り出した時には満杯の水が張っている、わずかに指先を付けて見ると凍える程の冷たさだった。
「この水の中に入るんですか」
「どこの野生動物よこんな冷水の中に入ったら風邪を引いちゃうわよ、魔石を入れて温めてから入るに決まっているでしょ」
エリスがどこからか取り出した拳大の石を浴槽に浸し暫く待っていると浴槽から湯気が上がってきた。
「魔石にそんな使い方が有ったんですね」
「勿論加工しないとこんな使い方は出来ないけど便利よ、うんいい湯加減私が入ってる間に覗いちゃ、駄・目・よ」
覗くも何もこんな遮蔽物の無い川辺で顔をそむけ続ける事は出来ないと思うのだが、そう伝えようとした時に湯船の周りに衝立が現れた中の様子は伺い知れないが衝立の上に汚れた服が掛かっていくので服を脱いで居る事だけは解った。
「突っ立ってる居るのは疲れるでしょ、そこの椅子とテーブルを使っても構わないわよ」
椅子と疑問を投げかけそうに成ったが少し離れた所にテーブルセットが現れて居た、おそらくエリスが指輪から出した物だと想うのだが何時取り出したか全く気づかなかった。
雪解け水が流れて行く川の音だけが木霊している、周囲に危ない気配は無く川の音も相まって居眠りを誘ってくる。机に肘を付いて頭を預けて居ると知らぬ間にコクリコクリと船を漕いでいた。
「ちょっと美少女の入浴シーンよ覗きにも来ないで居眠りしてるって何を考えてるのよ」
確かに居眠りをしていたがまさかエリスがこんなに近づくまで気が付かないなんて相当疲れているのだろうか、これが熊や猪なら死んでいたかも知れない。
「見えてますよ・・・」
エリスが着ている服はもはや服とは呼べないスケスケの布だった、私が驚いてる事に気を良くしたのか次はリオンが入ってらっしゃいと高価な石鹸をそのまま渡してくれた。
衝立の中に入って着ている服を脱ぐ、湯船に溜まったお湯は入れ替えられて居るようで澄んで透明だ。浴槽の隣に置かれて居る椅子に座って洗い桶にお湯汲んで一度身体を濡らすと石鹸を使って泡立てて行った。
「いやーんエッチ」
髪を石鹸で洗っていた所にそんな声が聞こえて来た、慌てて湯で石鹸の泡を流すと目の前の衝立が消えていてテーブル席に座っているエリスと目が合った。危険は無いと判断して今度はそのまま慌てず充分に泡を流してから湯船に浸かる、まだ肌寒い春の気候の中温かい湯船に浸かるのは気持ち良かった。
「何よ無反応なの」
「村の後家さんが水浴びしてると覗きに来てましたので慣れてます」
娯楽の無い村で独り身になった寡婦が村の若い衆と遊ぶ事は何処の村でも行われている事だろう、俺も多分にもれず初めての相手は年増の女だった。
「田舎はこれだから駄目なのよね、慎みって物を身に付けて欲しい物だわ」
慎みの無さそうな年増に言われたく無い物だが街だとそういう事は無いのだろうか、村を出る前にライアンに聞いておけば良かったと思ったが今更だな。温まった後湯船から出るとエリスが上等なタオルを渡してくれたこれで身体を拭えと言うことなのだろう、あまりに高価そうなタオルに使って良いものなのか戸惑ってしまった。
「浴槽は洗わなくていいわよ、収納したらキレイになるから」
結局タオルを身体を拭った後下着を履き替え洗濯ついでに浴槽を洗おうとしたらエリスにそう言われて着ていた衣服だけを洗う事にした。
「旅の間も毎日洗ってきたの」
「そうですよ、着替えを用意するにも限度が有るので」
「クリーンの魔法を覚えれば良いのに」
魔法なんて物が簡単に覚えられるなら苦労はしない、エリスの言動はかなり奇抜だとは思っていたが裕福な家庭で育てれたようだ。
「どこで覚えられるんですかそんな魔法なんて」
「クリーンは教会でお布施をすれば、着火や明かりの魔法なら魔法屋に行って購入すれば教えてくれるわよ」
「魔法ってお金で買えるんですか」
「着火や明かりの魔法は1万クレジットって所ね、クリーンは最低でも50万クレジットは取られるから誰もが覚えてる訳じゃないけど。実演してみせるわねクリーン」
どうやら世間知らずは俺のようでそんな簡単に魔法が使えるようになるとは知らなかった。
エリスが着ていた服を取り出してクリーンの魔法を使って見せてくれた、風呂に入ってなかった割に服が汚れて無かったのかこの魔法が原因かと納得した、臭いの方も確認したかったが流石に服の臭いを香がしてくれとは言えないので自重した。
「野営場所どうします?」
「どうって私はこの辺りの事全く解らないけど」
「日が暮れるまでに時間が無いので俺は馬車の中で寝るつもりですけどエリスさんは野営を用のテントを建てるんですよね、そうなるとテントが建てられる安全な場所まで移動する事に成りますがここからだと日が落ちるまでに到着出来そうに有りません」
「じゃあ私もリオン君の馬車で寝る」
「荷物だらけでベッドは1つしか有りませんが構わないんですか」
「荷物は私が片付けるし、ベッドは1つ有れば充分じゃない」
エリスは俺をからかうように腕を絡めてきた、スケスケの寝間着でこんな事されたら流石にエリスを意識せざる負えなかった。
荷物をしまって馬車を比較的平地な場所に移動させるとエリスは荷馬車に積んであった物を指輪に収納していく、その間に馬を馬車から筈して水をやる。俺の殆どの財産がエリスに握られる事になったが指輪の中だと物が腐らないらしいのでそこだけは便利だなと感じた。
随分と広くなった荷馬車の中でエリスは自分のベッドを取り出し俺の隣に並べる、比べるまでも無く上等なベッドを横目にしながら晩飯の支度の為にエリスから食材と調理器具それに薪を出して貰った。
「料理も手慣れてるのね」
「母さんが病気がちで俺が面倒みてたから、他に作ってくれそうな人も居なかったんだ」
祖母が居た頃は祖母に炊事は任せて居たが祖母が死んだ後は俺が炊事をこなすようになった、調子が良い時は母が料理を作ったりもしがたその割合は多くは無かった。
「孝行息子なんだ」
「それ以外の生き方なんて知りませんよ」
病気で寝込んでいる母を1人置いて何処かに行ける程残酷には成れなかった、母が居なければと思った事が無いとは言えない。それでも親の愛情は感じられたしもっと幼い頃には読み書きや計算だって教えてくれた、一番大きい事は食うに困るような貧困も経験しなかった為だろう。
「これ美味しい」
自家製のベーコンを焼いたてエリスに配ると躊躇せずに手を付けた、これが都会式なのだろうか食事の前に祈りを捧げるとかなんとか聞いていたがエリスのマナーは村の暮らしと変わらなかった。
「ありがと美味しかったわ、お礼はベッドの中でね」
焚き火の中に薬を入れて獣避けを行うと荷馬車の中へと移動してベッドに入ろよした時にエリスに捕まりエリスのベッドに引きずり込まれた。
アークリオン まわたふとん @apuro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アークリオンの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます