アークリオン

まわたふとん

第1話「旅立ち」

 母が死んだ、俺が子供の頃から病弱で長くは無いだろうと言われた居たが今年の春を迎える事は出来なかった。実質母の代わりに俺を育ててくれた祖父母は祖父が3年前に祖母は昨年に亡くなっていた、父は俺が物心付く前に死んでいるので記憶にさえ残っていなかったが周りの大人達の反応を見ると運の無い男だったらしい。


「リオン村を出て行くつもりなのかね」

「村に残っていたって嫁の貰い先も有りませんので」


 50軒程の村の中で俺と年格好の釣り合う相手が居なかった、正確に言えば母方の従姉妹は数人居るのだが血が近すぎて婚姻は禁止されていたのだ。隣の村から嫁が貰えれば良かったのだが生憎と隣村でも男が余っていたので村で暮らして行くことは難しく成っていた。


「猟師小屋はどうする」


 うちの生業は猟師を営んで居た子供の頃から祖父に付いて回って狩りのいろはを教え込まれたが祖父が亡くなってからは山に入る回数は格段に減り村に供給する肉類が減った事で俺に不満を抱いた村人が居る事は間違いの無い話だ。1人で猟をするのが難しかった訳ではなく病弱の母と年老いた祖母の介護の為手が回らなっかと言うのが実情だ。


「村で買って貰えませんか、家の方は叔母一家に面倒を見てもらう積もりですが」「サルージの次男坊が嫁を連れて村に帰って来る、小屋はサルージに任せようと思うが構わないか」

「それで構いません」


 サルージはわりと裕福な農家で村では一番多く小作人を抱えて麦を育てている、金回りの良さで言えば村長の次くらいだったから猟師小屋を購入するくらいの小金は貯めて居たのだろう。


「家の方もサルージが買ってくれれば良かったんだが息子夫婦の為に新築をこしらえるらしい」


サルージの次男ライアンは俺より10程年上で街に出て冒険者稼業で一山当てたらしい、連れて来る嫁も同じ冒険者で噂によると回復魔法の使い手だとかで村民の大半が歓迎している。


「サルージからは馬と馬車を預かっておる、村から銀貨50枚とわしからのせめてもの餞別の品として服を一式贈ろう」


 小屋の代金というよりは小屋を含めた山の代価としての馬と馬車だそれはつまり俺に代わってライアンがこのアース村で猟師しなると言う事を意味していた。

 本当は・・・村から出ていく理由は別に有った。がそんな事を村で吹聴する必要はない、嫁探しに村を出ると言ったほうが皆納得出来るだろうとそううそぶいているだけだった。


村を出る前日、母の兄弟姉妹つまり私にとって叔父や叔母がお別れ会を開いてくれた、その席で父の昔話を聞かされたのだが親族からしても父の事はよく解らない人物だったらしい。


「リオン兄ちゃん何処の街に行くの」

「ルーファスかドワーズがブロワーで迷って居るんだけど本命はブロワーの街かな」


 ブロワーは男爵領で周辺では大きな街に分類される、アース村からブロワーに移り住んだ者も両手では数え切れない程度には存在したから俺も街に移り住むに当たって頼りに出来る人間が居たほうが暮らしやすいはずだ。


 ブロワー以外の居住先としてルーファスを選んだのはルーファスの街までは出かけた事が有るため道を記憶しているからだ、ただ暮らしやすい環境には見えなかったので候補としては最下位。街の周辺には貧民街が存在したし売春宿もそれなりの数が揃っていた。


3つの街で最も縁が薄い街はドワーズ領で伯爵家が治めて居る、それが私の知るドワーズに関してのすべての情報なのでもしドワーズに行くので有ればあやふやな地図を頼りにして向かう必要が出てくる。


「向こうに着いたらお手紙頂戴ね」


 そう言った従姉妹の頭を撫で笑顔を作ったが届く保証の無い手紙を出す約束は出来なかった。



 次の日の朝早く村を出た、見送りは叔母と叔父だけだったが来てくれただけでも有り難い、馬車に揺られてゆっくりと道を進んでいく。この獣道に毛が生えた程度の道を管理しているのはアース村だ、毎年春の中頃に村民全員で道普請を行う。今年はまだ道普請を行っていないので道の状態は良くない、ブロワーへ向かうにもルーファスに向かうにも次の村は同じ場所だ、ただドワーズへ向かうなら別方向の村に向かわなければならないのだが向かうつもりは無いので道なりに進んでいく。


3時間程進んで馬を休憩させる為短い休息を取る、馬にブラシを掛け水を与える馬車には繋がったままだが水を飲み干し塩を与えると馬が元気に成った気がした。短い休憩を終えるとまた3時間程移動する、太陽の位置が真上に来た頃今度は長めの休憩を取る為馬車から馬を外して馬を休ませると俺も昼食を取るため馬車の中に入った。


今日明日は持参した弁当を食べる予定だ、雪解けはしたがまだ寒さが残る春先だから短期間で弁当が腐る事は無いだろう。既に冷めた弁当を食べながら夜には温かいスープくらいは欲しい物だと考えて居た、弁当を食べ終わり腹が膨れると昼寝でもしたい気持ちになるが動物避けの支度もせずに眠る事は出来ない1時間程休憩した後また旅を再開させた。


 午後の移動は日がまだ残る時間で終了とし道沿いにある野営地に馬車を止め野営の準備に入る。最初に行わなければならない事は馬の世話でそれが終わると火を焚いてお湯を沸かしながら猛獣避けの薬を火の中に入れる。

 野営の準備が粗方終わった後着替えを持って水場に移動し水浴びを行う、旅の間くらいこんな事しないで良いのだが体臭を撒き散らして匂いで獣に自らの存在を示したくないから身体を洗う事は猟師の習慣として身に付いて仕舞っている。安くはない石鹸で身体を洗い冷たい雪解け水で洗い流す、身体から水分を拭い取ると手早く着替えて焚き火に当たって身体を温めた。


 沸騰した湯の中に刻んだ干し肉と野菜を入れ煮えた所で晩飯を食べる事にした。晩飯を済ました後洗濯をして野営地で洗濯物を乾かす、日が暮れた後だから何処まで乾くのか解らないが身につける衣服から出来るだけ匂いを消して置きたかった。馬車の荷台に積んであるベッドに横になって毛布と布団を被って眠りに着く朝までには一度薪を足さなければならないと考えて居たのだが目が冷めた時にはもう夜が開けて居た。


「流石オババ謹製の獣避けだな」


 獣避けの薬の製法は薬師のオババから教わって居た、昨日使った薬は俺が作った物ではなくオババが作ってくれた物だ。村でたった1人薬を作って居たオババが死んだのは去年の夏だった、俺が村から出ていく決心を付けた理由の1つにオババの薬が手に入らなく成ったという事が有る。

 まだオババから貰った回復の魔法薬は5本残っていたがオババが死んでから今日までに2本は消費している、子供の頃より使うペースは落ちているものの近い将来には魔法薬が尽きてしまう。オババの弟子は村にも数人居たがその誰もが魔法薬を作る技術を会得していない、薬草を組み合わせて作る回復薬の作り方は俺もオババから教わって居たがやはり上位の回復魔法薬を作る事は出来なかった。


 朝食を取り終え火の始末をつけると次の野営地に向かって移動を開始する、そのまま何事も無く3日移動を続けると分岐点に到着する、東に向かうとドワーズ領だから北に向かって馬車の向きを変えブロワー領を目指して旅を続ける。



 4日目今日まで順調だった旅路に暗雲が立ち込めた、小高い丘を越える道が倒壊していた。馬車を降りて道を確認する、坂道の最上部から登り口まで落石と陥没で馬車や馬を通す事が出来ない歩いて移動するなら登れない事は無いのだがここで荷物を諦める訳には行かない。道路脇を通る事も木々が有るため馬車を引くことは出来なそうだ、幸い迂回路は有るのだが旧道でこの新しい街道が出来てからは殆ど利用されては居なかった。


「お兄さんは何処に向かって居るのかな出来れば私もその馬車に乗せて行ってくれると嬉しんだけどな」


 声がした方向に目を向ける、そこには妙齢の美しい女性が立っていたしかし声を掛けられる寸前まで全く気配が無かった、猟師として子供の頃から気配を読むすべを教わって来たのだが全く役に立たなかったという事になる。


「いつからそこに居たんですか」

「私?5日くらいここで野営してたのよそれでもし今日誰も通りがからなかったら歩いて移動しようかと思ってたんだけど。私みたいな美少女の1人歩きなんて危ないと思わない?」

「美少女?」

「何私が不細工だって言いたい訳なの?」


 俺が彼女の言葉に反応した部分は少女と言う言葉に関してだ、どう見たって俺より10は年上に見える彼女が少女と言うには薹が立ち過ぎだと思うのだが。それとも種族の違う別の人類なのだろうか。


「お姉さんは美人だと思いますけど。俺はアース村出身のリオンって言います年は14でブロワーを目指して移動してたんですけど街道が通れそうに無いので旧道を通るかそれともいっそドワーズにでも向かおうかと思っているんですよ」


 お姉さんと言う部分を強調して伝えて見たが無駄だったようだ。


「そうなの、私はエリスただの美少女だけど目的地はグラシアスの街よルーファス領の北の果に有る街だけど知ってるかな」


 一応念の為年齢を告げて見たがエリスは俺に教えるつもりは無いようで美少女を自称し続けるらしい。


「ルーファス領には行った事有りますけどグラシアスって街は知りません」

「あらそう、治安が良い場所でも無いしお勧め出来る所じゃ無いのは確かね私も用が無きゃあんな場所行かないもの。それとドワーズに行くのもお勧めしないわよ、なんてたって私ドワーズ領から逃げ出して来たんですもの」


 逃げ出すなんて穏やかな話じゃ無い何が有れば逃げ出すような事になるのだろうか。


「領主様が代わったのよ去年、そしたら今年人頭税が10倍だって知らせが来てね。家族も居ない独り身だから逃げ出したってわけよアレそのうち暴動が起こって廃嫡されるパターンよきっと」


 街壁が囲む街で人頭税と言う税が掛かる事は聞いていたがいきなり10倍もの税が掛かっても生活出来る物なのだろうか。アース村での税は村長が集めて一括で支払っている正確に言い表すなら村長は代官という事になるのだが実際には村役人程度の役職でしかない。名目上の領主は王都に存在するのだがアース村の場所さえ知らないだろう。


「それで人頭税ってどのくらいの金額なんですか」

「住む場所によっても違うんだけど防壁内だと年に100万クレジットね」

「金貨1枚が10万クレジットでしたっけ」

「そうよ」


 年に金貨10枚が税で持っていかれるって暮らして行けるのだろうか、俺は猟師として現金収入が有る方だったけど一番多い年で金貨6枚稼ぐ事が精一杯だった。


「そんなに稼げる物なんですか」

「払えないから暴動に成るんじゃないかって思っている訳よ、それなりに稼げる職人だって日に銀貨1枚5000クレジットを稼ぐのがやっとよ。毎日働ければ15万クレジット程の収入になるけどそれを1年毎日続けないと暮らせないって事ね」


 街中で職人の地位がどれほどの物かは分からないが少なくとも俺の倍ほどの収入を得ていると言うことになるのか、ライアンが大金を持って村に帰って来られた理由が解った気がする。


「冒険者って稼げるんですか」

「稼げる人も居るけどたいていは直ぐに死んじゃうわよ、特に食い扶持が無くて口減らしで街に出てくる農家の子供とか。初期費用にいくら掛けられるかで成功出来る確率が全く違うわね、リオンなら成功しそうに見えるわよ馬車に乗ってくる志願者なんて少ないもの」


馬も馬車も高価な物で有る事には違いないが村で暮らしていてそれなりに貯蓄をしていれば買えない金額では無い、流石に小作人のような使用人の子だと無理だが。


「結局乗せて行ってくれるの?」

「ドワーズ領が駄目なら一旦ブロワー領に向かう事で良いですか、ここから半日程戻った所に旧道への入り口が有るんですがルーファスへは直接向かえないんですよ。俺が立ち寄ろうとしていた隣村へは繋がって居ないので補給もかなり厳しいですそれでも構いませんか」

「物資の提供は私に任せてこれでも充分に溜め込んで来たから、先ずは戻るんなら馬車の向きを変える所から始めましょうか」

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