1-6

「絵美莉ちゃん、起きて」


 頬にぴしぴしと手のひらが当たる。

 スタイリストさんがこちらを見ていた。


「あ! ごめんなさい私、寝ちゃってたみたいで……」


 ヘアカットのあとの、全身エステからのヘッドスパがあまりにも気持ち良かった。

 ……大事な日なのにぐーぐー寝てしまうほどには。


「……って、今何時ですか!?」

「14時50分だけど……」


 ビー! ビー! ビー!


 ブザーが鳴る。聞き慣れたブザーの音が。


「やっば! 15時にステラプレイスに行かないといけないのに!」

「待って絵美莉ちゃん!」


 スタイリストさんが、全身鏡を持ってくる。私は、心臓が跳ね上がる。


「え……これが私?」


 そこに映っていたのは、スタイル抜群の美人だった。例えばNyanNyanの表紙を飾っているような。


「そうよ、これが絵美莉ちゃん。よく頑張ったわね」


 スタイリストさんが背中を叩く。込み上げてくるものを感じる。


「やれることは全部やったから、頑張っておいで」


 スタイリストさんがウインクをする。私はお礼を言いながら店を飛び出す。

 ステラプレイスが遠くに見えた。9分。間に合うか間に合わないか。


「いや、間に合わせる!」


 私は全力で腕を振って足を動かす。体が、軽かった。どこまででも走って行けそうな気がした。

 信号が、すべて青だった。止まることなく必死に進んだ。


 時計は見なかった。ブザーは鳴り続けている。今日まで3ヶ月、あれだけのことを乗り越えた。間に合わないわけがない。


 交差点を斜めに横切り、人の群れをすり抜ける。ステラプレイスが真正面に出てきた。後はまっすぐに走るだけだ。


 間に合え。間に合え。


 あと一本道路を渡れば札幌駅――ステラプレイスだ。さらに歩を早める。


「……!?」


 気がついたときには、私は前に跳んでいた。子供が右折車に轢かれそうになっていた。

 私は地面に擦るように落ちる。子供を抱きかかえ、背中から落ちた。痛い。

 私はすぐに立ち上がる。


「大丈夫?」


 子供はきょとんとしていた。どうやら傷一つ無いようだ。

 ……私はボロボロになったけど。


 子供はとてとてと歩いて母親の元へ向かう。母親らしき女性がこちらを見て礼をしていた。私も一礼する。母親の目が見開かれる。


「危ない!」

「え?」


 トラックが、そこまで迫っていた。足が動かなかった。景色が、ゆっくりと動く。

 え、私、死んじゃうの? これだけ頑張ったのに? こんなところで?


 不意に、私の視点が空に向く。宙に浮かんでいるようだ。いや、浮いていた。誰かが、私を抱えて飛んでいた。


 またもや、私は道路に背中から落ちる。トラックが赤信号を突っ切っていった。居眠りでもしていたのだろうか。速度を落とすことなく行ってしまった。


「……大丈夫ですか?」


 男の人だった。屈強な体つきの男の人だった。

 視線が合う。私は言葉を失う。


「蓮司さん!?」

「絵美莉さん!? ええ!?」


 蓮司さんがそこにいた。なんというだろうか。


「うわあ、本当に絵美莉さんだ。アイサチのプロフィール画像で、お綺麗ですね!」

「え?」


 アイサチの私のプロフィール画像は、太っていて身なりにも気を使っていない頃のものだ。


「あれ……すみません、僕何か変なこと言っちゃいました?」

「あ、いえいえ! 綺麗なんて言われることなくて……」

「いや本当に綺麗ですよ! こんな綺麗な人初めて見ました!」


 蓮司さんは空を仰ぐ。


「ああ、こんな綺麗な人とデート出来るなんて、ダイエット頑張って本当に良かったなあ……」

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