後編

「せめて会社に連絡したいから、携帯だけは渡してくれないか?」


監禁後1番初めに頼み込んだのがこれだから、本当に俺は彼女をおざなりにして仕事一辺倒になっていたんだな、なんて思い知らされる。


けれど、流石に社会人として無断で欠勤するのはまずい。もう遅いかもしれないが、今からでも連絡するべきだ。


「……ん?それに関しては大丈夫だよ?」


はて。


彼女が代わりに欠勤の連絡を入れてくれたのだろうか、なんて呑気に考えていたのだが、彼女のどす黒い目を見て不意に嫌な予感を覚える。


「……どうして?」


「もう、辞めるって言ってあげたから。それに会社の連絡先も消しておいたから、なにか言われる事も無いよ?」


恐る恐る聞いてみると、案の定最悪の返答がきてしまった。


「結梨、流石にそれはダメだよ」


「……なんで!?ひろくんだって凄く会社に行くのが辛そうだった!私間違ったことしてない!」


唐突に感情のボルテージを上げて俺に反論する結梨。やっぱり、不安定だ。


「それでも、だよ。確かに会社に行くのも辛かったし、転職も考えてたけどさ、こういうのは勝手にやっちゃいけないと思うな」


「……やっぱり」


「ん?」


「やっぱり会社の女にたぶらかされたんだ!最近帰りが遅いのもそういう事なんでしょ!?」


「えぇ……?」


全くの埒外。諭すように注意して、彼女の気持ちを収めるつもりだったのだが、完全に逆効果だったようだ。


「その女の名前教えて?どんな手を使っても殺してくるから」


「……教えるも何も、そんな女性いないんだよね」


動揺を隠して、なんとか反論する。


「……そうやってその女を庇うんだ」


……だめだ、何を言っても俺に女がいた前提で話を進めてくる。


本来温厚な彼女から放たれた「殺す」という言葉から、彼女が完全におかしくなっていることが克明に示されていた。


……とりあえず、彼女との対話を試みて、なんとか鎖を外してもらおう。


「結梨。……俺、ずっとこのままなの?」


「そうだよ」


「一生?」


「ひろくんがそうやって私じゃない女の事を考えるのなら、そうかもね」


「もう一緒にお出かけもできないよ?」


話題を逸らすことにする。今の結梨とこのまま存在すらしない女の話をするには分が悪い。


「どっちにしろ最近のひろくんは仕事ばっかり優先してお出かけなんてろくにしてくれなかったから、今までと変わらないよ」


「それは……ごめん」


監禁のデメリットを挙げて彼女に改心してもらおうと画策したが、"すでに悪い状態にある故にデメリット足り得ない"という側から見れば間違いなく滑稽だろうミスを犯してしまった。


説得するにも論破されたら意味が無い。どのような会話を展開するか、彼女の返答を予想しながら考え、構築する。


「……でもさ、俺がこんな状態じゃあトイレとかご飯とか、なにもできないよ?」


結局俺は、生理現象や彼女にかかる負担について言及するという無難な説得しか思いつかなかった。


少しの間を開けて返答がくる。


「……全部私がやるし、お金だって今まで頑張ってきた分があるもん」


「今まで頑張ってきた分」は彼女の芸能活動で稼いだお金だと推察できるが、彼女の芸能人としての命は余りにも儚いものだったため、俺達二人を一生かけて養っていける分のお金があるとは到底思えない。


それに……トイレは勘弁してくれ。


「……流石に無理があるよ」


「……じゃあ、トイレの時だけ手錠は外してあげる」


「そういう問題じゃなくてさ……監禁なんてできるもんじゃないって」


色々な不都合が間違いなく生じる。俺の体調や、俺の両親からの疑念、そもそもの話として、犯罪行為である。


間違いなく言葉足らずだが、彼女もその事は理解しているはずだ。


「……」


彼女も反論の余地を見出せないのか、黙って俯いてしまった。


このまま結梨が根負けするのも時間の問題だろう。


「……わかってるよ、そんなの」


「……じゃあ、手錠を外して欲しい」


この後は優しく抱きしめてあげよう。結梨が罪悪感を感じないように。


そう思って結梨を見る。彼女は俯いてしまっていて、顔色を伺う事は出来なかった。


「……わかってるよ。──


「……は?」


意表を突かれた。


「枕営業をした私のこと、汚いって思ってるんでしょ?」


「……っ!なんでそうなるんだよ!」


極度の被害妄想。全く埒外の返答に対する動揺に加えて、俺が結梨の事を汚いなんて思うはずがないのにこうも断定されると、どこか馬鹿にされた気がして自然と語気が強まる。


「ネットのみんなみたいに、私を権力に媚びた哀れな女だと思ってるんでしょ?」


「思うわけないだろ!」


彼女は俺の怒声に怯まない。いや、俺の声が届いていない。


「……同棲しているのに私を襲わないのも、辻褄があうよね」


「違うって!」


結梨が性体験にトラウマを持っていると思ったからだ。


「私、バカだな。ひろくんが私を疎ましく思ってるなんて、考えればわかるのに。ひろくんに嫌われてるっていう事実を受け入れたくなくて、見て見ぬふりをして、……ははっ……」


理解ができない。


……」





「「………」」





沈黙。


乾いた笑いを放った結梨の頬には、涙が一筋つたっていた。


そして、


失望、悲しみ、同情。全てが違う。


。怒りの涙だ。


「……おい、結梨」


彼女の腕を力の限り掴み、そして引き寄せる。手錠に付随するチェーンにある程度余裕があったことが功を奏した。


「勘違いすんな」


「……ひろ、くん?」


俺の見せたことのない怒りの表情に困惑しているのが手に取るようにわかる。


そんなの、知ったこっちゃない。


「俺だけのアイドルとか、腑抜けた事言ってんじゃねぇよ。……


「……で、でも私は枕営業を──」


それ以上彼女が言葉を紡ぐ事は出来なかった。


========



どのくらいの時間が経っただろうか。


1分、10分、それとも一日か。時間の概念を忘れるほどに彼女を求めた。


結梨は拒絶しなかった。それをいいことに、俺は彼女に溜め込んだ欲望の全てを解き放った。


動物的だった。手錠のせいで腕から出血したが、そんなことはどうでも良かった。すら、気に留めることは無かった。


ただ、目の前の女がこれ以上ふざけた事を抜かさないために、俺のものだと理解させるために、必死だった。


我に帰った時には、彼女はになっていた。


後悔した。俺の本性はこうだったのかと、戸惑いもした。しかし、すぐに優越感が俺を襲った。


なあ、ネットの知らねぇ誰かさんよ。"アイツ大物プロデューサーに純白の天使が穢された"って書き込んでたよな?ちげぇよ、大外れなんだわ。


使


笑いが止まらなかった。


==================================


気絶するように布団も入らず眠りについた俺達。朝起きるとあたりは収拾がつかなくなっていた。


隣からガサゴソと音がする。結梨が起きたみたいだ。


「……おはよう」


「……おはよう」


「……ひろくん……昨日は、凄かったね……」


気まずい。


昨日の俺は、俺じゃなかった。怒りで我を忘れていた。


「ごめん」


謝ることしか出来ない。


「……いいよ。私は……その、


顔を真っ赤にする結梨。


「……忘れてくれ」


「いやだ」


「なんでさ」


「……少し乱暴だったかもしれないけど、私の悩みを吹き飛ばすぐらいにひろくんがめちゃくちゃにしてくれた。求めてくれた。私を独占したいって行動で伝えてくれた。……その事実が私を救ったから、かな」


「……そっか」


俺がしたことは危険極まりなく、最低な事だ。けれど、それが劇薬になってくれたのなら、結果オーライ、なのか?


「……ともかく、お風呂、入ろうか」


「そうだね」


匂いが酷い。早く落としたい。


ゆっくりと立ち上がる。結梨は足が痺れていたようなので、手を貸してやった。


昨日を経て、結梨と一歩前に進む事ができる。その喜びを噛み締めて、一歩を踏み出──


「……ひろくん!大丈夫!?」


「……痛ってぇ」


……手錠のせいで、情けなく転んでしまった。



==================================

あとがき


これにて終了です。もう少し設定を生かせる実力が私にあればよかった!





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

芸能界でメンタルをボコボコにされた幼馴染のアイドルが俺に依存してしまった @qpwoei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ