中後編
「ただいまー」
「おかえり!遅かったね。最近忙しいの?」
リビングからトコトコと犬のようにやってきて、俺の腕に抱きついた結梨は、矢継ぎ早にそんな事を聞いてきた。
最近帰りが遅いことからそう判断したんだろう。
「それがさ、新しく始まるプロジェクトで結構デカい役割を任されちゃってさ」
「へぇ……ひろくん凄いなぁ。若いのに信頼されてるんだね」
「そうかも。うちの会社は年功序列って感じじゃないからね」
と見栄を張ってしまうが、正直な所、ただの人手不足故である。
慢性的な人手不足から来る個々に対するタスクの多さから、また一人、また一人と辞めていき、それによってまたタスクが増える……という完全なる悪循環に陥り、ブラック企業化してしまったうちの会社では、活きのいい若手から人材を引っ張り出すのもおかしい話ではない。
などと心の中で彼女に訂正しながらも、俺は彼女の腕を撫でていく。凹凸を感じることが無かったので、今日もリストカットはしていないようだ。
「これから帰りが遅くなる事が多くなると思う。もしかしたら結梨には迷惑をかけるかもしれない」
「……そっか。でも、大丈夫だよ。洗濯とか家事もやっておくから、ひろくんはお仕事に集中してね!」
「ありがとね」
確かに少し不満そうではあったが、快く受け入れてくれた。
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「ひろくん……ひろくん……起きて……」
体が大きく揺さぶられるにつれ、俺の意識も徐々に鮮明になる。
無理矢理起こされたからか、体が怠い。
「どうした?」
「……ちょっと……動悸がしてきちゃって……」
今にも消えてしまいそうな声、苦しそうに胸を押さえる仕草。
それを見た瞬間、無理矢理起こされた事による反射的なイラつきが消え去り、彼女を強く抱きしめた。
「大丈夫だよ……そばにいるからね……」
優しく頭を撫でる。耳元に優しくささやく。
少しずつ、早かった息遣いがゆったりとしてくる。
その後も根気強く続けていると、次第に規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
それを合図に、彼女を起こさないようにゆっくりと体を離す。
「……はぁ」
時計を見れば既に3時を回っていた。
6時に起きなければならないので、取れる睡眠時間は残り3時間弱といった所か。
「……辛いなぁ」
いっそ明日は休んでしまおうかと考えたが、なにせうちはブラック企業。確実に上司のお叱りが来るだろう。
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会社は繁忙期に入り、俺がプロジェクトで重要な役割を担っている事もあり、いつものブラック振りに拍車が掛かった。
遅くまで残業をして食事も取らずに風呂を投げやりに済ませ、倒れるように寝入り、そして早朝に家を出る。そんな生活が続いた。
元々体は丈夫な方だったからなんとか持っていたが、精神的にはとっくにキャパオーバー。結梨のことは二の次にしていた。
前みたいに夜中に起こされても、まともに彼女をあやすことが出来ずに再度寝入ってしまう事も多かった。
決して彼女を蔑ろにしていた訳ではない。ただ結梨に構っている暇など無かった、それだけである。
「……そんな言い訳しても、仕方ないよなぁ」
こんな状態でも、俺はどこか達観していた。
相手が結梨だからだろうか。それとも、彼女をここまで追い詰めてしまった事を悔いているが故だろうか。
「なぁ、結梨。……手錠、外してくれないか?」
もっと言えば足枷も追加で外してもらわなければならない。
「いやだ……いやだいやだいやだ。またひろくんがどこかに行っちゃう……女の人とも会っちゃう……そしたら、私、捨てられちゃう……」
虚な目で俺を見る結梨。元々不安定な子だったが、それを基準にしても正気じゃない事が一目でわかる。
「監禁、されちゃったかぁ」
上には自分の家の、なんなら無機質な天井があるだけなのはわかっていたが、天を仰がずにはいられなかった。
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あとがき
大変長らくお待たせしました。申し訳ありません。
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