中編

絶望を、知った。


たった一つの、1分にも満たない動画。私はそれで、人生を壊された。


つい先日まで多くの憧憬に濡れていた私への視線は、侮蔑や情欲、憐れみに犯されてしまった。


いや、そうか。犯されたのは私自身もではないか。確かには守った。それでも、男の「モノ」の前に跪き、奉仕する私を見られた。


「純白の天使」が行うそれは、多くの人にとって酷く背徳的であっただろう。


ご飯が喉を通らなくなった。


涙が突然流れるようになった。


腕に跡が残るようになった。


世界が全て敵に回ったような感覚に襲われて、自殺を本気で考えた。


でも、救われた。


彼に──ひろくんに、救われた。


てっきり、もう嫌われたと思って諦めていた。


高校3年生の夏、彼から告白された。その時の言葉は今でも一言一句復唱できる。


『結梨の事が好きだ。君には俺だけのアイドルになって欲しい。……わかってる、これは君の夢を否定するものだ。それでも、俺は君を諦めきれない』


「ふふ……」


思わず笑みが漏れる。なんだかまとまりが無いし、ちょっとくさい文句だな、と。でも、私への愛が強く感じられて、とても嬉しかった記憶がある。


それでも、私はアイドルを選んだ。確かに、彼の事は好きだった。けれど、恋人がいる状態でアイドルをするなんて事は、私には出来なかった。結局はアイドルを目指す事が私にとっての大前提だったのだ。


それから私は彼と距離を置いた。


彼に話しかけられても、素っ気なく返答し、小中高と共にしていた通学も、それをきっかけに終わりにした。


ひろくんとは次第に疎遠になっていった。


だから、だからこそ。


彼がインターホンの前に映った時、私は心底喜び、彼が今回の事件を知っているという裏付けがされて、心底絶望した。


彼だけには、知られたくなかった。


だから、最初はエントランスの自動ドアを開けるつもりは無かった。


それでも、やっぱり無理だった。


彼に会いたい。触れたい。汚れた私を受け入れて欲しい。


そんな欲望に抗えなかった。


見て見ぬふりをしていた彼への恋慕が抑え切れなくなった。


家に入れた途端、彼は私を優しく包み込んでくれた。


その時、私の頭にスキャンダルの6文字がよぎったが、もうアイドルとしての自分は死んだのだと思い出し、涙が出た。


そんな私に対して、彼はよりきつく私を抱きしめてくれた。


私は彼に溜まりに溜まったどろどろの絶望を吐きだした。


彼なら受け止めてくれると信じていたし、そんな確信があった。


実際、彼は私の全てを受け入れてくれた。


この時だっただろうか。


私の彼への恋心が愛になり、彼という沼に沈んでいくのを是としたのは。


無論、もう抜け出す事は出来ないし、抜け出そうとも思わない。


私はもう、彼無しでは生きていけない。


敵だらけのこの世界で、彼だけが私の味方。彼だけが私を幸せにしてくれる。








私は彼に依存しているが、彼はそうじゃない。


私は彼以外との人間関係が無くなったも同然だが、彼は仕事で多くの人と関わっている。



それが、酷く不安で、憎たらしくて、悍ましくて、なにより恐怖を覚える。


「……私、狂ってるね」


今日もまた、犬のように彼の帰りを待つ。


私から彼を抜いてしまえば、そこには何も残らないだろう。


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補足(私の力量不足で、本文に描写できなかった設定を書いていきます。)


・彼女が元々住んでいた家は、芸能人御用達であるセキュリティ万全の高級マンション。


・現在は、弘樹(ひろくん)が元々一人暮らしをしていた家賃八万弱のマンションで、2人で暮らしている。

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