高梨紬の恋と本宮啓太郎という人(完)

「啓太郎、どうやった?」

 放送が終わり、目を輝かせた高梨が俺の顔を覗き込む。

「お前は?」

「あたしはおもろかったよ。啓太郎が考えたってのを差し引いても十分におもろかった」

「そうか。船場は?」

「面白かった。ちゃんと異能力バトルの醍醐味、出てたじゃないか」

 ベッドに寝転んだままの船場が言った。

「そうだな。そう思う。俺も面白かった」

 面白かった。

 だが物足りない。これではダメだ。何故沢井が負けたのか? しっかり検証しなくては。

「沢井が負けたんが不満て顔しとるな」

 ニヤッと笑いながら見透かした様に言ってくる。本当、こいつは勘の鋭い奴だ。だが別に隠す事では無い。

「お前の言う通り、沢井が勝たなくては意味が無い。本当に知恵を持つ者が勝てなかった理由は何なのか。あの仕様ではまだ知恵を生かし切れないのかも知れない」


 この日、遅くまで話し込んでしまった為、二人とも俺の家に泊まっていった。腹の立つ事に高梨は最初から泊まる気満々で着替え等を持って来ていた。



 ―

 新年明けて、初仕事も在宅ワークだ。WEB会議で高梨の設計書レビューをしている時に末永から電話があった。放送は十二月二十六日、特番とはいえ、二十三時からの枠で視聴率が八.六パーセントだったそうだ。意外に低かったな。

「ほう」

『ほうって……これ世帯視聴率じゃないよ? 凄い数字だよ?」

「個人視聴率だろ? 十パーセント位いくと思ってたんだがな」

『あ、は、は。簡単に十って数字を言ってくれるね……まあ本宮さんだから仕方ないか』

 どういう意味だ。

「本題に入ろうか」

『んもう、淡白ねぇ』

「電話の趣旨は第二回特番、だろう?」

 そう言うと末永は電話の向こうで数秒沈黙した。

「どうした? 違うのか?」

『いーえ! その通りです! 流石っス!』

 何だ。何を怒ってるんだ。話が早くて楽だろうに。

「次の土曜位に一度打ち合わせしよう」

『そうね。じゃあまたその時に』

「あ、待て」

『ん?』

「ひとつ思い出した。去年のスタジオでは有難う。世話になった。お陰で番組を通して見る以外の情報が取れた。高梨も感謝してたよ」

『いーえ。どう致しまして。じゃ、また土曜ね』

「ああ」



 ―

 その週の土曜日、十四時。

 サクラテレビの九階会議室。散々企画会議をやったいつもの面子が揃う。


「いやいや啓太郎ちゃん、盛り上がったねぇ」

 プロデューサーの加藤だ。年が明けても鬱陶しい喋り方は変わらない。

「タレント達からは何か聞けたか?」

「具体的にヒアリングした訳じゃないけど、今口さんやケンドーさんが他の番組でも『あれは凄い』とか『またやりたい』と言ってるよ」

 答えたのはチーフディレクターの初芝だ。その後に末永が顔を出して彼らを覗き込みながら言った。

「出てなかったタレントさんや芸人さん達もテレビやラジオで言ってました。SNSでも好意的な意見が多かったですね。まあでもそんなのは本宮さんからしたら……」

 最後の方は流し目で俺の顔を見ながらだ。

「まあ、当然だな」

 何か言って欲しそうだったからそう言ってやったのだが、何故か加藤が手を打って喜ぶ。

「いやぁブレないな~~啓太郎ちゃん」

 初芝も満面の笑みで、

「経験も無くそう言い切れるのは本当凄いな」

 などと言った。早く本題に入れ。

「ではそろそろいいですか? 第二回特番の企画会議をしましょう」

 まるで俺の思いを察したかの様に末永が話を先に進めてくれた。

「おう、そうだね」

「本宮さん。『究極の異能力バトル』は全盛期の『逃げ切りまSHOW』に並ぶか、それ以上の番組になるだろうと局の中でも注目されています。次の特番が上手くいけばレギュラー化が見えてくると思う」

 そこでニコリと笑ってペンをカチカチとさせてノートに視線を落とした。

「それを踏まえて次の企画のアイデアがあればどうぞ」

「そうだな。大きくいくつか考えている。次回じゃ無くてもいいが……一つは武器を無くす。つまりは能力だけで戦えるようにするって事だ」

「確かに弓が強過ぎたな」

 初芝も気付いていたようだ。

「そうだ。あれだと本来の能力バトルの主旨から外れてしまう。他には……」

 それから延々と考えていた事を言い、次の企画でどれを採り入れるかなどを話し合った。



 ―

 サクラテレビから出るともう真っ暗だった。時間にして十九時過ぎ。会議は十七時半に終わっていたのだが末永がどうしてもというので十五階にあるレストランで食事をしていたのだ。彼女は外で食べたかったらしいがまたあの惨劇を繰り返されても敵わない。それだけは絶対に断る、と強固に反対した。


 外は雪が降っていた。初雪だ。

 いくつも改善点を出したが果たして次回、沢井は勝ち残るだろうか? そもそもそれだけを拠り所にして俺は動いている。だがもう一つ、能力バトルの醍醐味がある。チーム戦だ。それを実現する為には……。

 そんな事を考えながらコートのポケットに両手を入れ、マフラーで口元まで隠して歩き出した。


 ポンッ。


 不意に後ろから肩を優しく叩かれた。

「啓太郎!」

 高梨だ。こんな所で何してるんだ。しかもダルそうにしているいつもの会社での感じではない。このクソ寒いのにミニスカートと黒いタイツを履き、赤いニットのセーターの上からベージュのコートを着てニコリと笑って立っていた。

「フフフ……驚いとるな? お前の次のセリフは、『何でこんなとこおんねん?』だ!」

 眉を立てて、だが口元は笑いながらそんなアホなセリフを言う。

「言わねーよ。で、どうしてこんな所に?」

「もう! 関西弁でってぇや!」

わない」

 全く意味不明だ。不毛なやりとり。だが不思議と嫌悪感は無い。鬱陶しいのは確かだが。

「あたし啓太郎出てくんの、向かいの喫茶店で待っててんで。偉ない?」

「向かいの?」

 高梨が指差す方を見ると確かにチェーン店らしき茶店サテンがある。あの窓際で見張ってたってのか。一体いつから? よく通報されなかったな。

 もう一度高梨の方に視線を戻すと何やらと言われる表情をしていた。嫌な予感がする。

「さて問題です。紬ちゃんはどうしてこんな事をしているのでしょーか!」

「知らん。帰る」

「うわちょちょ! それ酷ない? なあ酷ない?」

「知らん」

 俺の直感がこんな話をまともに取り合ってはいけないと告げている。高梨を無視して歩き出した。高梨が急いで追い掛けて来る。

「こらぁ!」

 右腕に左腕を巻き付けて来た。

「お前、最近ちょっとくっつき過ぎじゃないか?」

 歩みを止めず、淡々と言う。

「嫌か?」

「嫌?」

 そう言われると答えに困る。少し考え、

「嫌、でもない、が」

 俺は高梨の方を見ない。気配でわかる。俺の顔を見上げてニンマリとしているのが。


 なるほどな。

 大体、分かった。


 少しは俺も人の心情というものが理解出来つつあるらしい。

「フッフッフ。何であたしが待ってたか、大体分かったみたいな顔してるな」

 つまりこいつもあれだ。末永と同じ類という訳だ。いつからかは知らんが。

「気持ち悪いなお前」

「気持ち悪いとか言いなや! 自分を好きや言うてる子に。いやまだうてへんけど。しかも可愛い後輩に!」

「ハァ」

「ハァ……って何ぞ! しばき回すで!」

 全くうるさい奴だ。

 静かに沢井が勝つ方法、そしてチーム戦について考えたかったのに。

 だがそんな事はもう出来そうにない。何故なら目の前にもう一人、背の高い女が立ち塞がったからだ。

「本宮さん! ……と高梨、さん」

「末永さん」

 末永のオドオドとした視線が俺と高梨を行ったり来たりしている。

「やっぱりバーでも、って思って急いで追い掛けて来たんだけど……迷惑、だったね」

「せや! 迷惑やで! こないだは凄くお世話になったけど! それとこれとは話が別や! 今日はあたしが……」

 俺の前に立ち、小さい癖に手を広げて大きな声を出す。全く高梨だけでも面倒だというのに。


 いや待てよ。


 そうじゃないんじゃないか?

 これはむしろ俺に都合が良いんじゃないか?


「いや迷惑じゃない。よく来てくれた、末永」

「え……」

「ええぇ⁉︎」

 絶対に断るとまで言ったのに追い掛けて来るとは。なるほど。これがか。

「高梨。お前、かなり飲めるよな?」

「当ったり前や」

 高梨がニコリと笑う。

「末永、良かったら三人で行こう」

「私はいいけど……流石に悪いんじゃないかしら」

「ええよしゃあない。啓太郎がそう言うんやから。こうなったらヤケ酒や!」

「だそうだ。行こう末永」


 そうして俺達は朝まで飲み明かした。


 何故だか分からないが末永と高梨はずっと俺への文句を言い合って盛り上がっていた。おかしい。二人とも俺に好意を持っているんじゃなかったのか。全く人の心というのは複雑なものらしい。

 俺は適当に二人の会話を受け流しながら次の特番に向けての『UltiSBアルティエスビー』の仕様変更内容とルール改訂について考えていた。



 ―――(完)―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

東大卒の使い方はそうじゃない 南祥太郎 @minami_shotaro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ