カプリコルヌスの青の国編 エピローグ

 統一歴525年 カプリコルヌスの青の国 とある公爵邸


 自身の私室で彼は目を覚ました。何か悪い夢を見たようだった。その内容はほとんど覚えていないが、一つ覚えているのはこのままでは彼女と離れ離れになるという予言めいた言葉だけだった。


 15歳で外交官の試験を受けて、合格すればそのまま働き、ダメだったならば期限となる18歳まで毎年続ける。それでもだめなら婚約は解消して、彼女の嫁ぎ先や生家の子爵家に便宜を図るというのが、元々彼が考えていた流れだった。


 だが、悪い予感を感じさせるなぜか覚えていた言葉から、この流れのどこかは変える必要があることがわかった。ただし、試験については婚約の条件である以上変えようがない。それに、婚約を解消することはそもそも彼女と離れ離れになることと等価であるので、そうなる選択は論外。


 となれば、彼が変えることができるのは外交官になる、ならないという部分だろう。つまり、試験に受かったとしても、ならないという選択をするということ。しかしならないならば、その後から彼女と婚姻するまでの間は何をすべきなのか。そこで彼は自分の両親のことを思い出す。


 公爵夫妻は政略で結ばれた二人だった。夫人は元々侯爵家の次女だった。二人とも政略による出会いではあったが、初対面から馬が合ったようで頻繁に手紙のやり取りやプレゼントを贈るなどしていた。それはともに学院に入学してからも変わらないどころか、直接顔を合わせることが増えたことでより加速した。歌劇に出かけ、街を散策し、カフェで優雅なひと時を過ごした。そんな思い出を彼は聞かされ続けていた。折角ならば、自分もそんな風に彼女と過ごしてみたい、という思いが湧いてきた。


 そのためには学院に通うように手配してもらわなければならないな、と思った彼は両親に説明に向かった。あのように嬉々として聞かせておきながら、子供が同じようにしたいといっても、まさか反対はしないだろうと思いながら足を進めていく。


 しばらくして、両親に話し終えた彼が部屋に戻るために再び廊下を歩いている。その足取りはどこか弾んでいる。その頭の中では彼女と過ごす明るい日々が思い描かれているのだろう。その空想を実現するためにもさっさと試験をパスしなくてはと彼は決意を新たにした。















 時渡しの魔女の屋敷


「記憶の期間は約9年。強い思いを多分に含んだ良い記憶。」


 彼女はそう言うと、開いていた本をそっと閉じて、背表紙を正面にした後そこを撫でてから、まるでそこに本棚でもあるかのように虚空に向かってその本を差し入れた。本はそこに吸い込まれるように消えていった。


「彼を飛ばすのに使った分が約1年分だから、収支は8年かな?」


 まだまだ先は長いなー、とため息を吐きながら彼女は言う。そして、目の前にあった冷めてしまった紅茶を飲み干すと、椅子から立ち上がって扉の方へと歩いていく。


 そのまま扉を開けて外に出る。エントランスまで廊下が続いているが、その途中には何もない。しかし、その途中で彼女が壁に向かって手を掲げる。すると、何もなかったそこに扉が現れた。


 部屋の中は彼女の私室のようだった。天蓋の付いた大きなベッドが一番目を引く。そんなベッドに彼女は飛び込んだ。そのフワフワの感触に思わず顔がほころぶ。このまま寝てしまおうかと考えたその時だった。


「おーい、クロよー。妾が来たぞー!」


 エントランスから女性の声が聞こえてきた。彼女が来たようだ、とクロがベッドから起き上がりエントランスに向かって歩いていく。その足取りは心なしか弾んでいた。


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時渡しの魔女は何を追い求めるのか 桐弦 京 @MK62fgmn

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