未知の先

草森ゆき

 

 怖い話集めてんのか、せやったら俺の話聞いてくれや。

 まあそんな怖ないよ。昔、俺が大学生やった時、けっこう早よに就職が決まってもうたから、そのへん旅行して遊んで暮らしとってん。色々行ったで。北海道から東京から博多から……途中でザ観光名所はやめて、田舎巡りでもしよかな思てな、伏せるけど田舎の方に足を伸ばしたんや。


 どこ見ても山やら田んぼやら、のどかで牧歌的でなんや平和やった。でも田舎やから、廃村が山奥にあるとか、比較的栄えとるところでも廃墟はあったりとか、田舎特有の雰囲気があったわ。

 一人旅やし、気楽に色んなところ歩き回ったよ。神社とか寺とか、名前もわからんちっさいやつやけど参ってみたり、人がおらん資料館に入ってみたり、楽しんだ。

 夕暮れの赤色が近くの川に反射して綺麗やったなあ。あー田舎ええやん、移り住もっかなってくらいは、自然豊かで心が穏やかになったわ。


 絶対移り住まんけどな。


 その地方に滞在して二日目や。

 俺は徒歩で山際を散策してて、その途中やった。山道を探しててん。暮れる前にやっと見つけて、めっちゃ細い獣道やったけどなだらかに上向いてたから、ああこれやわって思った。

 一応、スマホでも検索した。なんたら山、って表示されとった。漢字が読まれへんかったけど覚えんでもええよ。そのなんたら山の上の方には史跡か寺院跡か、まあなんかあるらしいマークがついとった。ここを最後に見物しようと決めた、もう明日は帰りやったし、そこしかタイミングがなかってん。


 細い獣道の前で俺は鞄を下ろした。足元に放り投げて、スマホも地面に置いた。靴も脱いだな。それから山に向かって合掌した。おおきによろしくお願いします、って、多分言うたわ。

 それから獣道に入っていった。木陰やったからやけど、踏み入れた瞬間一気に冷えた。音もなくなって、辺りもなんや、暗なった。獣道の先っぽだけがライトで照らされとるみたいに明るくて、あそこにたどり着いたら絶対にええことが起きるって、俺は思った。

 そしたら後ろから羽交い締めにされた。俺はけっこう暴れたんやけど、あっという間に元の場所、獣道が始まる地点まで引き戻された。

「何してる、今週は○○祭(聞き取れんかった)だぞ!」

 そう凄い剣幕で怒られて、うわっやばい! ってすぐに謝った。そこでやっと俺を引き戻したんは、おっさん三人やって気付いた。三人とも怖い顔やったし、汗だくやったけど、俺が何回も謝ったら荷物やら靴やら渡してくれて、バス停までも送ってくれてん。めっちゃええおっさんやった。俺の肩とかぽんぽん叩いて、良かったなあって何回も言うてた。

 で、宿に戻って、ぐっすり寝て、帰ってきた。終わりや。



 ……うん、俺もわからへん。

 なんで荷物を下ろしたんか……

 というかあらへんねん。そうせなあかんかった、って、あの時は理由なしに思たんや。


 帰ってから調べたけど、その山、男が入ったらあかん期間やったらしい。

 はは、まあそういうことやんな。


 良かったわ、行方不明にならんくて。

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