雰囲気に流されて…。
宇佐美真里
雰囲気に流されて…。
通常より晩酌なぞはあまり飲らないのであるが、今宵は何となく其の様な心持ちとなって験してみる。
冷蔵庫より麦酒の缶を手にし、食卓で音楽なぞを聴きながら暫くグラスを傾けて居ると、細君が「大した物は何も用意出来ませんが…」と言いながらも、竹輪にチーズや胡瓜を挿した肴を皿に載せて食卓へと持って来てくれた。「充分」とだけ、小生は礼を言う。
正面に座すると細君は、何も言わず小生が飲む姿を眺めて居る。
「珍しいではありませんか?晩酌だなんて」と暫くして細君が口を開いた。
「まぁ、其んな気分になる時もある」と言いながら二本目の缶を冷蔵庫へと取りに立ち上がると、細君が「持って来て差し上げましょう」と言ってくれたので、「いや、申し訳ない」と其れを制し台所へと入る。
冷蔵庫を開けながら「君も飲るかい?」と細君の分、小生の分と、二本の缶を手にし新たなグラスと共に食卓へと戻った。
「あら、今日は随分お優しいですわね」
微笑みながらグラスを受け取ると細君は言った。缶を開け、僅かに傾けた細君のグラスへとゆっくりと注ぐ。
「乾杯」
其う言うと、細君のグラスにカチンと小生のグラスを当てた。僅かに顔を小生から逸らしながら、ゆっくりとグラスの中の液体を飲む其の姿は、何時に無く色っぽい。
「嫌ですわ…。何を其んなに見ていらっしゃるんです?」
些か照れた様子で細君が言った。
「今日は一段と綺麗だな…と思っていたところさ」
揶揄う様に小生が言うと、
「おほほほほ。どうしたんでしょう?もう酔ってらっしゃるの?」と返して来る。
「其んなこと、普段はひと言も仰っては下さらないくせに…」
「其うだったかな。其んなことも無いだろうに」
俯き気味に、そっと口に手を充て細君は笑った。
抑々、細君は酒を飲らない。
アルコールが合わない様で、たまに此うやって小生が酒を飲って居ても、付き添って盃を傾けることも稀であり、ひと口ふた口と口にしたとしても、直ぐに眠たそうな顔になるか、「頭が痛い…」なぞと言って食卓を後にしてしまう。
今宵も「私まで、酔ってしまいそうですわ…」なぞと、眠たそうに瞼をトロンとさせながら呟いてみせた。
「其んなことも無いだろう」小生は言う。
「君が今飲んだのは、酒じゃない」
言いながら細君に向け今度は小生が微笑み返す。
「あら、どう云うことですの?」
不思議そうに笑顔を僅かに傾げ、細君は訊き返した。
「君が今飲んだのは、ノンアルコール麦酒さ。酒ではない。酔う筈も無い代物さ」
雰囲気に流されているだけなのだ…。
「まぁ、意地悪なさったのね…」細君が笑いながら言う。
「ははは。すまんすまん」小生も一緒になって笑った。
やはり、時には晩酌なぞを験してみるのも好いものだ。
次の折には、二人で麦酒を頂戴することにしよう…。
きっと細君は、ひと口だけで残りは小生が飲むことになるのだろうが…。
-了-
雰囲気に流されて…。 宇佐美真里 @ottoleaf
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