乙縊公園

安良巻祐介

 鼈甲飴と称して、乙縊おつくび公園の端で未認可の怪しげな飴串を販売していた大男が、近隣住民からの連絡を受けた除疫所職員によって捕縛されたのは、神無月かみなしづきすえの事であった。

 警察ではなく除疫所の担当となったのは、琥珀色に輝くそれらの甘く芳しい飴を買って食べた老若男女が、月末に近づくにつれ、蠕動種憑依の重度、わかりやすく言えば狐憑きや猫憑きや五位憑き、珍しいのだと岩魚憑きや蚯蚓憑きやつつが憑きなどの、かまびすしい憑き物のさまざまに侵され、方々で手のつけられない騒ぎになったためで、急ぎ行われた聞き込みの結果、ようやくその小さく寂れた三角公園の片隅の飴売りの姿が突き止められたのだった。

 その後、当局の調べで色々な事がわかってきて、食べてすぐに変化が起こらなかったのは、神無月の到来と共に凪となり、月が終わるにつれて再び波を起こしてゆくあの「暦霊振幅」に憑依現象が連動したためで、飴売りがこの月の初めに商売を始めたのも、それを狙っての事らしかった。

 自白用の腹吐き念叉と脳振り子との苛烈な拷問でもそれ以上のことを飴売りから吐かせることは出来ず、しまいには獄中で自ら朽果きゅうか座禅を組んで塵となってしまったので、なぜそんなことをしたのか、何をやろうとしていたのかなど、それ以上のあれこれの答えは永遠に闇の中となり、乙縊公園付近の住民の結構な数が、憑依の後遺症に悩まされ、毎晩鳥獣虫魚の夢を見るようになってしまったということだ。

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乙縊公園 安良巻祐介 @aramaki88

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