5

 立ち上がり、改めて鏡の中の自分を観察した。目を瞬かせる。

 伝統に則った、青を基調とした装束だ。しかし決して、過去の再現ではない。

 かつて本の挿絵で、歴史館の展示で見たものと、確かに同一線上にある。それでいて要所要所に、大胆な改変が加えられている。

 腰をきつく締めあげ、全身を拘束するかのごとき窮屈さは、この服にはない。むしろゆったりと広がるように軽く、動きやすい。厳格な儀式用の衣装であるという印象を、着ているぶんにはまったく感じなかった。このままカーニバルの夜の喧騒へと歩み出せそうな気さえした。

「夜通し祈るんだから、せめて着心地のいい、楽な服にするってのが第一。第二に見た目。可愛いな、素敵だなって思ってもらえるように、祈りのあいだ、ずっといい気分が続くように――私なりに考えて作った。第三が伝統かな? まあ、いちおうね。最低限の敬意は払いつつ、いま使うのにふさわしい道具にすること」

「クルル」掌で覆った口許から、自然と声が溢れる。「上手く言えないけど、凄いよ」

 彼女は照れたように頬を掻きながら、

「私は私のできることを、精いっぱいやるだけだよ。私がいくら憧れたって〈星呼び〉にはなれないけど、だからって自分が駄目と思ったことはない。結晶細工が、服作りが、花火が好きだし、楽しい。それで誰かに喜んでもらうのが嬉しい」

「お化粧も、着付けも上手だしね。新しくお店を始めたとしても流行ると思うよ」

「それは」とクルルは笑った。「特別な相手にしかしないから」

 返事をする前に、彼女は正面へと回り込んできた。両腕が伸びて、ミーファの首に絡む。

「直前まで一緒にいたいけど、私、これから花火の準備に行くね。遠くからでも、ちゃんと見てるからね」

「本当に、なにからなにまで――ありがとう」

「いいの」腕に力が込められた。「ねえミーファ、最後にひとつだけ」

「なに?」

「忘れないで。ミーファの呼ぶ星は、ミーファにしか呼べない星だよ」

 体が離れた。クルルは手を振り、軽やかに身を翻すと、〈星呼びの間〉を出ていった。階段を駆け下りていく音が遠くに響く。時間を見計らって窓から頭を出せば見送れるはずだったが、ミーファはあえてそうしなかった。

「私にしか呼べない星――」

 長椅子に身を預け、つぶやいた。首元の結晶細工に指先で触れながら、しばらく座って考え込んでいた。

 戸を叩く音にはっとした。立ち上がる。廊下には入室時にも応対してくれた少女がいて、

「ミーファさん、お外に――」

「もう〈夜のヴェール〉の子たちが迎えに?」

「いえ、お客さんです。儀式が始まる前に話したいと」

「分かった。話すよ」

 少女は階下までついてきた。名前はニコで、ここの雑用係なのだと説明した。〈星呼び〉の装束に興味津々らしく、ずいぶんと熱心にこちらを眺めている。気恥ずかしさこそあったが、べつだん不快ではなかった。立場が逆だったなら、おそらく自分も同様にするだろうとだけ思った。

 庭へ出た。閉じられた門の手前で立ち止まる。外に出ることは許されていない。日没後、〈星呼び〉が外へと踏み出す瞬間をもって、〈星呼びの儀〉の始まりと見做すからだ。

「では、どうぞ。規則上どうしても、壁越しにはなってしまいますが」

「大丈夫。ありがとう」

 ニコが屋内に戻ったのを確認し、

「お待たせしました。ミーファです」

「ブランだ」向こう側から声だけが聞こえた。棟梁である。「さっきそこでクルルと会ったよ。本当にもうすぐだな」

 頬がほころんだ。ミーファは門に掌を押し当てながら、

「いまだに実感がないよ。ふわふわしてる」

「もう着付けまで終わったんだろう? そっちにいるのは立派な〈星呼び〉の娘ってことだ。クルルの仕立てた服はどうだ?」

「すごくいい感じだよ。着てるだけで嬉しくなってくる」

「そうか。上手く仕上がったか。ならいいんだが」

 微妙な歯切れの悪さを感じた。普段の彼ならばもっと誇らしげに話すのに。

「どうかしたの?」

「実はな、ミーファ。孫を疑うようでは祖父さん失格だが、ここのところ少しだけ、心配なことがあったんだ」

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結晶獣の郷 下村アンダーソン @simonmoulin

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