【1000字小説】国境線上のステージで
八木耳木兎(やぎ みみずく)
【1000字小説】国境線上のステージで
グラン・ベルト大陸にある二つの国、N国とS国。
今日私・キャサリン・ヌーベルは、その二つの国の国境にいる。
国境線上にあるライブステージで、私が担当するアイドルのリハーサルに立ち会っているのだ。
明日は二つの国それぞれのアイドルによって開催される、合同ライブの初日。
私と私の担当するアイドルが、S国側の代表というわけだ。
こんな形で合同ライブが実現しようとは、夢にも思わなかった。
十年前、私は今と変わらずアイドルのプロデューサーだった。
だがそれは偽りの姿で、実際は国家工作員だった。
当時二国は、今よりもずっと緊張関係にあった。
双方の国力を競うように、アイドル事業に莫大な予算が国から提供されていた。
その一方で、二国では軍拡競争も激しく展開されており、いつ戦争が勃発してもおかしくなかった。
当時私は二国のアイドルの合同ライブを持ち掛けるために、N国の総主席官邸に赴いた。
表向きは事業提案の為だが、実際の目的は、N国の軍事基地の視察の為だ。
総主席との会談を手配してくれたのが、メガネが印象的な女性にして、N国経済委員会・アイドル事業部所長のヴィッキー・ワンだった。
私は彼女とホテル内の会議室や、高級レストラン内で合同ライブについて複数回話し合うことになった。
想定外だったのは、いつしか事業のみならず、アイドル自体の魅力についても話し合っていたということだった。
いつしか我々は、緊張状態の二国の事業者ではなく、「アイドル好き」という同志になっていた。
しかし合同ライブも工作も、思わぬ形で頓挫することになった。
理由は、S国の政権交代を理由に我々の上司が失脚したこと。
そして、S国のマスコミ経由で、N国に自分の工作活動がバレたことだった。
急いでホテルからN国脱出を図る私の後ろに、気が付いたら彼女がいた。
彼女は私の背中に、銃口を突きつけていた。
実際は一瞬だったが、その沈黙は永遠に感じられた。
「逃げなさい」
彼女がなぜ、撃たなかったかはわからない。
ただ一つだけ確認したのは、彼女のスーツにアイドルユニット意匠のピンバッジが付けられていたことだけだ。
私の付けていたものと、同じピンバッジだった。
そして今。
実現した合同ライブのリハーサルを確認中の私の耳に、聞き覚えのある声が届いた。
「また会えましたね、キャサリン」
メガネの女性との、アイドルを前にしての再会。
それは我々にとって、十年間心のどこかで待ち望んでいた光景だった。
【1000字小説】国境線上のステージで 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012
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