調理中

 月穂が隣の部屋に帰っている時間、暇だったので出来ることから始めることにした。野菜類も全部が全部月穂の部屋に置いてあるってわけじゃない。なにかと月穂がこっちの部屋に入り浸っているせいで、隣の部屋に届いた荷物もいつの間にか、冷蔵庫の野菜室とかコンロ下のスペースなんかに移されているんだし。

 確か、野菜室には――。あった、あった。大根と玉葱、ニンニク。他には、ピーマンとズッキーニが少々残ってるが、芋煮で使う予定はない。まあ、どっちも入れようとすれば入れられないわけじゃないけど、無理しなきゃいけないほどはいない。


 大根は、皮を剥いて薄く輪切りにしてから十字を描くようにして四等分に切る。

 めんどいから、大根をガスコンロの強火で水から下茹でしつつ、蒟蒻を縦に真っ二つにして、それを短冊状に切ってそれも鍋に放り込み、まとめて下拵えをする。

茹だるのを待つ間に、ホットプレートを炬燵の上に出して、平板の鉄板を外す。戸棚からホットプレート用の鍋板の方を見つけ出すと、水を量ってから顆粒タイプのいりこ出汁を入れてセットして温め始める。このホットプレートなんにでもなって便利なんだけど、火力が弱いのが珠に傷なんだよな。

 多分、だから今のうちから温めてないと追っつかない。


 そうこうしているうちに、玄関のチャイムが鳴らされた。

 間違いなく月穂だろうし、ヤツは玄関の鍵を開けっ放しで出ていったんだが、俺が下茹でした大根と蒟蒻を適当な器に出して湯を捨てても勝手に入って来なかった。

 珍しい。いっつもノックもチャイムもしないくせに。

 ただ、流石にこれには俺も不信感を抱いて、郵便か宅配便かとも思って「はーい」と言いながらドアを開けると――。

 両手いっぱいに人参やら長ネギやら白菜を抱えた月穂が、不貞腐れていた。

「誉、手伝ってよ~」

 いや、手伝ってもいいのか?

 腕組みするようにして野菜を抱えている月穂。まあ、メロンだのなんだのと例えられる事が多い野菜ってか果物? がふたつご立派に混じっている。それを避けて野菜を引き抜くことなんて、下手な積み木を抜くゲームより難易度が高そうだ。

 ごくりと唾を飲む。

 やっぱ、躊躇はしてしまう。男だから。

 しかし、男なら罠でも進まねばならぬ時がある。ゲームでも漫画でもそうだ。腕を伸ばし、馬鹿げたことにこそ勇気を出さなければつかみ取れないものがある。


 だが、俺が決心を決めたというのに、月穂は「誉の目がえっちぃから、いらん」とかぬかして、両腕をだらんとさせ、辺りに野菜を散らばした。

 ……この愚か者め。

「月穂が落としたんだから、自分が拾えよ」

 不貞てた月穂に不貞て返してそう命じるも、返事はにべもなかった。

「ヤだ」

 強情っぱりのわけのわからん屋ヤツめ。

 女ってこういう謎の沸点があるから扱い難いよな、とか思いつつも、ここで強情を張り替えせば喧嘩になって面倒くさくなるので素直に折れる。

 ……いつぐらいからだっけな、こういう対処法を覚えたのって。

 とりあえず、底に至るまでの紆余曲折の全部が月穂のだったのは覚えてるけど、いつの記憶だったのは覚えてない。そして、いつの記憶だったのか覚えてないってのは、記念日を大事にしてないとかで怒られる遠因にもなる。

 ……女ってめんどくさい。

 そういった全部を込めて「しゃーねーな」と、言いながら使う野菜はキッチンのテーブルに乗せて、使わないものは横の冷蔵庫とシンク下に閉まっていく。

「誉のが、悪いんに、生意気な顔しよる」

「へいへいへい」

 ちょっとふざけただけだろうに、と、生返事を返す俺。その俺の尻をペ心と叩いた月穂は、さっさと居間の炬燵へと帰っていった。

 ……いや、帰っていったじゃなくて、再占領だな。俺も毒されちまってるな、もう。

 取り合えず、人参とか適当にピーラーで皮を剥いていちょう切りにして、先に鍋に突っ込む。

 ぷいってそっぽ向いた月穂の頬を突っついたら、膨らんだ。

「謝れ」

「はいよ、ごめんよ」

 適当に服の裾で人参の水気を拭ってから、背中向けたままで返事すれば、多分月穂の方も俺の方を向かずに言ってきた。

「ん、さっさと芋煮つくってよね」

 コイツは……。

 白菜をすすいでざく切りにして、それも出来次第ぶっこんで、大根とこんにゃくも投入。冷蔵庫から豚バラ肉を取り出して、適当にひとつかみ入れて――。流水で解凍して食べられる枝豆もシンクにザルをおいて開ける。これは、そのまま食べるわけじゃないので、後で鞘から味を出さなきゃならんが、今は溶けてないので先に他のことを済ませることにする。

 てか、白菜をざく切りにしてた時にふと気づいたが――。

「あ、茸無いな。ブナシメジか椎茸あるとよかったけど」

 月穂の家からの補給物資の中にも、茸類はなかった。月穂の家は茸農家なんだが、栽培しているのは椎茸とかじゃなくてなめことかが中心だったから、それで送れなかったのかもしれない。

 なめこ、円筒状のザルが時計回りに回転していく変な機械で選別してたっけな。水が流れてて、そこになめこが滑っていって、網の幅が変わっていくから自動で大きさ順に選り分けられていって。

 昔は、月穂と二人でそのごうんごうんと動く機会をよく眺めていたものだ。今にして思えば、なにが面白いんだかわからないけどな。

 きっと、子供の頃の俺達にとっては意味があったんだろうさ。


「へんたい」

 ノスタルジックに浸っていた俺を現実に戻したのは、さっきのちょっとした険悪ムードを消し去った月穂のやらしい笑みだった。

「……下ネタで言ったんじゃねえよ、へんたい」

「へんたいって言った方がへんたいなんだもーん」

 ……なんとなくだけど、月穂は、昔みたいに無心であの奇怪な機械を眺めてるような気がした。大学生になった今でも。

 まあ、そんな小学生みたいな喧嘩を続けてても良いことはない。

 そもそも芋煮なんて、ありあわせ材料で作れば良いものなんだ。だからこそ、俺達の故郷独自の芋煮のレシピが存在するんだし。

 茸を諦めた後、適当に冷蔵庫の残りの半端な野菜をぶっこんで、最後に枝豆に取り掛かる。

「食うか?」

 枝豆を鞘から出して適当な容器に中身だけを移しつつ、向いていない枝豆を月穂の方へと差し向けてみるが、首を横に振られた。

「今はいい」

 言い換えれば、鍋で食いたいってことだな。

 地味な単純作業に半分は無心で、もう半分はちっとは手伝えよとか思いつつも枝豆を鞘から出し終えれば――。そこになってようやく月穂はこっちに来て、冷蔵庫からパックの紅生姜を出して、汁だけ捨てて鍋の方へと持っていった。

 ……ついでに、自分の分だけのお椀と箸も持って。

 こーゆーやつだよなとは思うものの、どこかしら気づかない部分で月穂が俺に対して気を使ってたりとか、色々としている部分もあると思うので多くは言うまい。

 いつの喧嘩だっけかな、詳しくは覚えてないけど、月穂も我慢してたんだなって部分に気づいて衝撃を受けたのは。

「入れる順番、こっちが先だからな――、って、味噌。まず、味噌な」

 色んな感情を織り交ぜつつも、まあ、結局はいつも通りでそんなことを口にする俺と、いつも通りに返事をする月穂。

「分かってるも〜ん」

 慌てて冷凍庫から味噌を出して、お玉で溶く。火は止めた方が良いんだろうけど、次の準備が出来てしまっているので、味噌を溶いて泡が再びポコポコ出てきたら……。煮えていた鍋の中に、俺が枝豆を入れ、その上から月穂が紅生姜を一袋丸々投入する。


 俺達の故郷は、江戸時代の白米至上主義の時代において、冷害に苦しまされてきたようだ。だから、その救荒食として、彼岸花の根っこを処理して団子にしてたらしい。

 昔は田圃の辺りで畦道一面に咲き誇っているのを当たり前に見ていたけど、高校の頃にはあの赤い花をあまり見なくなっていた。単純にいつもある風景に擦れて無感動になったのが半分で、もう半分は高齢化で使われない田圃が増えたせいだろう。

 確か、日本の彼岸花は種で増えることは出来ないってどっかで聞いてたし。

 だからなのか、最近では彼岸花の根っこなんて売ってる店は滅多に見ない。俺達の地元でさえ、生まれた時から観賞用だったのだ。

 なので、いつからか俺等の地域では大豆と紅生姜を最後にトッピングして、当時を偲んだ芋煮の完成となる。

 誰が思い付いたんだか知らないが、良く出来ているとは思う。

 鮮やかな色彩って意味でも――。

「これが美味いんにな」

 ――味の意味でもな。

 

 火を止めると同時に、月穂が躊躇なく菜箸で枝豆と紅生姜のアートを崩した。

 スマホで撮らずに出来上がったところで食おうとするその姿勢は……、まあ、俺好みではあるけどな。

 月穂がたっぷりの紅生姜を菜箸でお椀によそうので、負けじとお玉でごっそり具を掬う。

「まあ、地域性ってやつなんだろ」

 酸味に関する印象は、地域で結構違うらしいってことを最近知った。ってか、関東に来てから知った。味の濃さはあんまり自分たちの地元と違わないんだけど、出汁とか細かい味付けに違和感がある。スーパーの惣菜とか特に。

 ああ、だから俺達って自炊……いや、俺達ってか主に俺がやらされて入るけど、自炊してるんだろうな。根っこの部分じゃ生まれ育った場所での蓄積があるから。

 今や道を歩けばアスファルトばっかりで、見える高いものといえばアパートにスーパーに、よくわからない鉄塔。都庁にスカイツリー。

 昔は、雑草と轍の畦道に、視界を遮るのは緑に覆われた山ばっかりだったのにな。

 東京に近いせいか、大学の実習林とか中途半端な公園とか、朽ちつつある空き家ぐらいはあるけど、心休まるのはそのぐらい。後は、やっぱり、まだどこか目まぐるし過ぎる。こっちの世界は。


 離れてから初めて見えてくるものもあるんだな、と思いつつ――。

 今でもずっと側にいる幼馴染みを見ていた。

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主夫系男子大学生のレシピメモ 一条 灯夜 @touya-itijyou

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