彼岸芋煮

下拵え

 世間では通じない地域もあるとかないとか聞くけれど、少なくともこの六畳一間では芋煮会は通じている。秋の定番だし、小学校の頃は学校行事だったんだけど……、東京近辺じゃあまり通じないらしい。

 豚汁? まあ、入ってる具的には豚汁と言えなくもないんだろうけど、別の料理だと思うんだよな。少なくとも俺は。


「里芋で芋煮をする地域もあるんにな……」

 どっか黄昏た様子で、幼馴染みの月穂がテレビを見ながら呟いていた。

 画面には、でかい鍋とクレーン車が見えている。

 ちなみに月穂の入ってるその炬燵を出したのは俺で、俺よりも早く炬燵に潜りこんだのが月穂だ。部屋が俺の部屋だってのは、言うまでもない。

 最近の逆男女差別に黄昏ながらも「そっちの方が普通らしいぞ」と、答えながら俺も炬燵に足を入れる。月穂の足みっけ。一等地の炬燵中央部を無遠慮に占拠するとは生意気な! 爪先でつついちゃれ。


 ちなみに、俺達の地域の芋煮では、主にサツマイモを使っている。味噌ベースのスープに野菜と芋と肉を入れて煮てーーそこからちょっと一手間くわえた芋煮なんだが、隣村とかとは全く違っている。先祖が他の地域から転封された大名だったから文化の孤立が起こった……なんてことを、小学校高学年の頃に自由研究で発表してたヤツがいた気がした。

 けど、大名の領地が村ひとつだけって変だよな。きっとなんかの漫画の影響だったんだろう。


 なんとなーく故郷を懐かしんでいれば、月穂がつついていた俺の足を脹ら脛ふくらはぎで押さえ込んで「里芋だとねっちょりしそう。かゆくなんなんに?」とか、炬燵の中の攻防戦を全く感じさせない涼しげな顔で、小首を傾げてみせてきた。

ねっちょりって、お前な……。

 月穂の感性は相変わらず独特だ。

 んに? と、黙ったままの俺をさっきとは反対側に首を傾げ、ねっちょりと見つめてくる月穂。

 だが、俺が返事をするより早く唐突に月穂はハッとした顔になって呟いた。

「そういえば、実家からの補給品、昨日の夜に来た」

 ヤバイな、これは変なフラグが立った。

 目を細めて糸目になって月穂を見る俺。そんな俺を完全放置で、マイペースに話し続ける月穂。

「この時期なら、サツマイモは絶対なんな」

 月穂はどっかの北の地方の赤い牛の置物みたいに、うんうんと、頷いている。

なんか勝手に話がまとまったみたいだ。俺、なんも訊かれてないのに。

 ……まあ、材料買いに行かなくていいならいいけどさ。特に夕飯の献立決めてないし、ありもので適当に済ます気だったし、準備もこれからだし。

 秋の日は釣瓶落としというけれど、十一月の千葉の空はまだまだ明るい十六時。

 今から用意すれば、時間の掛かる芋煮でも夕飯には間に合うだろう。部屋には、鍋にもホットプレートにもなる優秀なたこ焼き機もある。

 ただ、問題はーー「お前の部屋、いつ行ってもパンツ落ちてるから怖いんだよな」材料があるという月穂の部屋だ。座椅子の下とか、ベッドの毛布とシーツの間とか、洗濯機付近がレッドゾーンである。

 違和感を覚えてなにかありそうな場所をあさって引っ張り出すと、七割がたパンツで、残り三割が片方だけの靴下となる。

 ちなみに、その不幸でもあり幸福でもある発見者の俺の末路は押して知るべし、だ。

 発見者を折檻するなら、せめてパンツはきちんと仕舞えっての。まったく。

 しかし月穂は日頃の自分自身を全く省みずに「怖いってなんなんよ~」と、甘ったれた声で非難してきた。

 …………。

 二通りの意味だよ。

 衛生と理性のな。


 月穂はしばらく俺と視線を重ねていたが、黙ったままの俺の心中なんぞ全然わかってない顔をして、溜め息混じりにぼやいた。

「仕方ないんよ。下着は毎日着替えるんに」

「ああ……」

 そこはかとなく不安な台詞ではあるが、下着以外も汚れたら着替えるだろう、多分。

「……あぁん?」

 ……いや、まて、落ちてるのはだよ。

 無垢な顔をされれば訊くに訊けない。

 こいつだけはいつまで経っても変わらない。

 その癖、胸とか尻とかは外見だけはしっかりと育っているから始末が悪い。

どっこいしょとか言いながら、実家からの補給品を取りに帰る月穂のスウェット越しの尻を眺めつつーー。

 月穂は安産型だな、なんて本人に聞かれれば殺されそうなことを思って、うんうん頷いていた。

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