実食

 スープ皿にカボチャのスープを盛り付け、カリカリに焼いた食パンを型抜きしたお化けを浮かべる。

 ワガママに付き合って工夫する辺り、俺も甘いよな、なんて思いながら。

 そして、もう後は食べるだけのところになったんだけど、月穂はまだ戻ってこなかった。冷めると不味いだろうし、呼びに行こうかな、とか考えていると、手を伸ばしかけたドアが勢いよく開き――。

「トリックオアトリート」

 魔女? が、いた。多分、本人的には。

 まあ、幼馴染以外に理解出来るかといわれれば……いや、ハロウィンだし出来るか。

 ただの黒い服に、同じ色の三角帽子をあわせただけとも言えるし、そこまでプレミア感があるようには感じなかった。スカート丈も長いし、上も長袖で淑女用のあの長い手袋がセットになっているクラシカルな魔女の方。

 晩秋の寒さ対策は万全だけど、色気はやや足りてないコスプレだ。

 あ……、しかも、素足にサンダル履きかよ。

 まあ、足、綺麗だけどさ……。

「どうどう? 駅前の店で買ってみたんだ」

 似合う? 似合う? とでも訊いているかのように、月穂の首が左右に揺れる。

 しかし――。

「月穂って魔女っぽくない」

 どうしても、垂れ目と柔らかそうな感じが、もっと、こう、不健康で意味ありげに笑う魔女のイメージとは合ってくれない。

 ……ああ、いや、港町へと箒で向かった元気な魔女っ娘の国民的アニメがあるのは知っているけどさ。でも、それにしたって、月穂は快活って感じでもないので、違和感があるんだよな。


 褒めなかったので怒られるかと思っていたんだが、月穂は特に表情も変えずに、今度は料理の時の手――いわいる、猫の手――をして、ちょっと引っ掻く真似をしてきた。

「猫耳と猫尻尾スカートの方が良かったん?」

 どっちかといえば、そっちの方に興味がある。ミニスカならなおのこと。

 ああ、いや、待て。違う、そういう目で幼馴染を見てるわけでも無くてだな……落ち着け俺。

 両手を頭に乗っけて耳――ってか、それは兎じゃないのか? 可愛いからいいけどさ――を作って更に俺の動揺を誘う月穂に、んんう、と咳払いしてから真面目な顔で批評した。

「なんて言うか、月穂は輪郭がフワフワしてるから、そういうツンデレチックなのは向かないんじゃない?」

 すると、今度こそ膨れた月穂が言い返してきた。

「じゃあ、誉はなにが似合うって思うんさ」

 いや、そう返されるかなって気はしたんだけど、そこからの上手い返しまでは思い浮かんでいない。

 俺って、西洋のお化けはいまいち詳しくないんだよな。魔女と化け猫以外に知ってるモノか。ああ、そういえば最近プレイしたゲームで出てきた敵キャラと言えば――。

「……ゾンビ?」

 疑問系で言ったって言うのに、月穂は食器籠からフォークを取り出して逆手で握り締めた。

「無言で怒るなよ! 怖いから。そういうイベントじゃねえからな、ハロウィンって」

 月穂の場合、逃げたら背後から刺してきそうだったので、敢えて俺は向かっていってフォークを取り上げた。流石に本気で刺すつもりまでは無かったのか、月穂は意外とあっさりフォークを手放したけど……。

「怖くしたんは誉じゃない!」

 その空いた手で襟首をつかまれてしまった。

「だって、知らねぇんだよ。西洋のお化けとか」

 俺の目に映っているのは、不満そうな顔だ。

 適度におだてられる代案を出さないと許されないっぽい。

「あ! ……ほら、あれだ。お前、昔のあだ名」

「え⁉」

「ぬらりひょんでいいじゃん。人ん家でくつろぐところ、そっくり」

 月穂は、俺の襟首を掴んだまま、前後に揺さぶってきた。首ががっくんがっくん揺れる。

「女の子なんに!」

 そんなこと言われても。

 ってか、お化けって怖いのが正解なんじゃないか? お化けって辞典で引いたら、きっと、怖いとかおぞましいものが出てくるだろ? 今時のコスプレ風なのは、どちらかといえば邪道だろう!?

 月穂、怖くないんだから、例えようがないっつーのに。

 そんな、逆ギレ風味な心の声が、不意にひとつの妙案と結びついた。

 短い台詞だけど、中々の覚悟がいる台詞だ。

 どうしよう?

 しかし、迷えるだけの猶予は無かった。硬直した俺に気付いたのか、月穂も訝しげな顔をしつつも手を止め、俺の一言を待っている。

 ……から、余計に緊張してしまった。

「月穂は、そのままが一番良いよ」

 若干、ふてたような顔になったのは、見逃して欲しいというか、見逃すのが正しい女子の判断だ。

 分かってくれるよな、と、信じつつ月穂の顔色を窺うと――。

「あ。スープ、お化けにしたんだ」


 ……そっちかよ。

 まあ、いつまでも俺を虐げてるってわけにいかないと分かっての行動なんだろうけどさ。姿勢を正し、改めて月穂を上から下までじっくりと見て――スープを見ている横顔が、ひと刷け赤い――、さっきと変わらない声で俺は付け加えた。

「感謝しろよ」

「褒めなかったから、ちゃらだもん」


 スープ皿を持って居間へと戻る俺の背中を、両手と額で月穂が押している。まるで顔を隠すように。


「随分と早い夕飯になったな」

 夏は終わっているけど、午後四時でもまだ夕暮れにはなっていない。まだまだ昼でハロウィンとは言い難い空の色を見てつぶやき――。

 小さな二人掛けのテーブルに皿を並べて、向かい合わせに座る。

「え? これ、オヤツだよ。午後のタイムサービス行って、お菓子の材料とろうそく買って、夜更かしする日でしょ、今日は?」

 明日日曜なんだし、とでも付け加えそうな顔だ。

「一気にクリスマスとか正月とか、まぜこぜになったようなこと言いだしたな」

 しかも、タイムセールを狙うとある辺り、微妙に所帯じみているし。まあ、渋谷に行きたいとか言い出さなかったのは、ありがたいし安心だけどさ。

 ジト目の俺に、作られた可愛さを纏った月穂が微笑みかけてくる。

「誉、口達者で素行が悪いから、ほんとにお化け出るかもよ?」

 まあ、ここは、素直につられてやることにする。

「じゃあ、そんな怖い夜は、幼馴染に付き合ってやるとしますか」


 ふふん、と、魔女が小悪魔っぽく笑みを深くした。

 俺は、告白もまだなのに狼男の笑みで応じるわけにもいかず、いいとこフランケンの仏頂面で魔女を見詰め返した。

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