調理中
「お前、もっと警戒しろよ」
「ん~?」
呼吸を整えてから、ちょっと真面目に月穂に説教する。……が、本人の自覚は皆無だった。普通は、良い歳した男女が、こう……、くっついていると、色々とよからぬことになるって分かるだろうに。どうにも月穂は小さい頃の感覚が抜けていない部分がある。小学校とか、十数人しかひとクラスにいなかったせいだ。中学もふたクラスしかなかったし。
嘆息してから、無駄かもしれないけど俺は一応付け加えた。
「一応、見てくれなら三十点以上なんだから、飢えた男なら手を出すかもしれん」
ちなみに、点数には照れも入ってる。
いや、んんむ。俺以外のヤツって、月穂どうなんだろ? 大学での位置付けなんかからは、ストライクゾーンど真ん中ってヤツはいないような気がするけど……。
月穂は、三十点を理解するまで一拍の間があったようだったけど――。
「しっつれいな!」
ぐわっと、両手の指をわきわきさせて身構える月穂。
俺は――、いや、俺が女の子みたいに脇を締めて身を縮こまらせてどうする。
こほん、と、咳払いで変な空気を吹き飛ばし、真面目な顔を作って、月穂に諭すように言い渡した。
「次、くすぐったら追い出すからな」
不満そうな目で見詰め返される。
勝ったか? と、思った次の瞬間、最悪の逆襲が返って来た。
「いいもん。ほしたら、ドアの前で、彼氏に捨てられた女の子ごっこするもん」
ぶは、と、思わず噴出してしまうが、つーんとした顔の月穂は取り合わなかった。
「赤ちゃんが出来たって言ったら、誉が責任は取れないって――」
「待て、待て待て待て!」
月穂の口を塞ぐが、月穂の表情は微塵も変わらない。っていうか、幼馴染とはいえ、男子に口を押さえられているんだから、ちょっとは意識しろ。
はふぁー、と、重く長い溜息をついた後、俺は再び月穂と向き合った。
「お前、ほんとに際どい発言、あんまりするなよ。お前の冗談、一割ぐらいは本気で受け止められてんだからな、周囲に」
大学でも、割と場所を弁えずにこういう冗談を口に出すので、側にいる身としては冷や冷やしてかなわない。この際、月穂と付き合っているって誤解は甘んじて受けるとしても、だ。俺が軟派なダメ男的に思われるのはちょっとどころじゃなく我慢できない。
確かに、月穂が無防備なせいで時々くらっときそうにはなるが、自制心が頑張ってるんだし、そうした不純な既成事実は無い。
ったく、硬派……だと思うってのにな。自分では。どうにも大学で女子から向けられる視線が優しくなくて困る。
「はぁ~あ。まあ、無駄にするものもったいないしな」
月穂に包丁を突き立てられそうになっていた、哀れなカボチャを軽く流し見る。てか、よくも切ることさえ出来ない食材買って来たよな、月穂も。夏が明けて、どうも依存の度合いも増してきたような気がして、俺は少しだけ身震いした。
調理開始だと思ったのか、ころっと表情を変えた月穂が半歩斜め後ろに陣取ったので――。
「てか、普通に蒸かしただけでもいいだろ。カボチャなんだし」
肩越しに振り返って言うだけ言ってってみる。
まあ、多分反対されるだろうけど。
「えぇー、でも、せめて洋風にならない?」
ちょこん、と、俺の肩に顎を乗せた月穂。
……どこがとは言わないが、背中に当たってる。背伸びしただけじゃ足りなくて、俺にのしかかるようにしているせいだ。うん、まあ、別に嫌じゃないから指摘しないし、そのままにしとくけどさ。その……くっつかれんのとか、好きだし。
「冷蔵庫……なにがあったっけな?」
ひとり暮らし用の小さめの冷蔵庫。若干膝を折って中を見回す。ブルーベリージャムに伸びた月穂の手は叩き落して。
コイツは、ジャムだけでも普通に舐めるし。ってか、食パン一斤に対して紙カップのジャムひとつ丸ごと使う女だ。
……その割に腹回りはきゅっとしてるのが、ずるいと思うが。
「ああ、いいや。ベーコンあるし、スープにする。月穂のとこに、玉葱無かったっけ?」
うろ覚えなので、細かい部分は正しい作り方じゃないかもしれないけど、材料は確かカボチャと牛乳があればなんとか形にはなるはずだし、コンソメと塩で味を整えれば良いだろう。
ちょっとしたアクセントとして、味に深みを出すために使い勝手の良い玉葱の有無を月穂に確認してみる。野菜類は、高いのであまり買わない。それに、月穂のとこに、月いち位でなにか送られてくるので、それを当てにしている部分もある。
しかし今回は――。
「多分、夏に帰省した時のがまだあったよ」
夏休みが終わったのは……ああ、いや、お盆過ぎには俺達はコッチに戻ってたので、約二ヶ月前、か。
び、微妙だなー。
スーパーとかのは、買って適当に放置しておくと、すぐに芽が出たり緩くなったりするけど……。ってか、そもそも野菜室に入れてたのか、流しの下の暗いスペースにおいといたのかでも変わってくるか。
「食えるんだよな?」
若干慄いて訊き返した俺。
「収穫した後、一年ぐらいは持つんに大丈夫っちゃない?」
完璧に無責任な顔が目の前に突き出される。
まあ、皮剥いて判断するか。ぐにゃってたら、申し訳ないが捨てよう。月穂が腹を壊せば、俺が看病するしかないんだし、中間考査前に余計な手間は増やしたくない。
取ってこーい、と、月穂の背中を押して部屋から送り出す。そして、平和な土曜日に合唱して別れを告げ、俺は使う器具を軽く洗って準備をはじめた。
ちなみに、一分もしないうちに月穂が持ってきた玉葱は、普通に使えそうだったので、そのまままな板の横に置いた。
カボチャのヘタの部分に斜めから包丁の切っ先を軽く刺し、引き抜く。そうした刺し傷もとい切れ込みをヘタの周りに円を描く様に入れていき、若干抉るようにくりぬく。
そうしたら、ヘタの跡から包丁を内部に刺していき、引くようにしてまず手前側の半分を切り、カボチャの向きを変え、そのまま二等分する。中の種とグニャッとしている謎物質を取り出して、更に半分に切った後は、火が通りやすい大きさに切った。
「はい」
切ったカボチャを、適当な皿に入れてラップをして月穂に手渡す。
「え?」
月穂は、ものすごくうろたえている。それも当然か。月穂の朝食は食パンを焼くか、コーンフレークに牛乳を入れるくらいで、卵焼きさえ焦がさずに作れないんだから。
ハワハワしている月穂を、ニヤニヤして見守る。
「ど、どうするん? これ」
両手で可愛らしく皿を掲げた月穂。
ふふん、と、笑って見せると、再び脇腹を狙う動きを見せたので、やれやれと、肩を竦めて見せてから俺は月穂にやってもらいたいことを告げた。
「電子レンジで加熱な。二~三分おきに箸刺してみて、煮物と同じぐらいまで」
この部屋には電子レンジがない。月穂に切ったカボチャを任せたのは、そうした理由からなんだけど……。
「はぁい。てか、誉もレンジ買えばいいのに」
ドアを開け様に月穂はそんなことを言って、俺が返事する前にドアを閉めた。
特に理由があったわけじゃないけど、値段も高かったし、俺は電子レンジを買っていない。そもそも、実家でも電子レンジ使う時って前日の残りを温める時にちょっと使うぐらいだったので、必要という認識も薄かったし。その日に食える分を調理すればいいや、ぐらいの感覚だ。
もっとも、そう言う月穂だって、月に数回冷凍食品に使うだけなので、買うほどの意味があったか疑問に思えてしまうんだが……。
まあ、調理器具を飾っておくのも勿体無いし、こういう時には蒸すより早いので使わせてもらうけどさ。
月穂の出て行ったドアを一瞥してから、玉葱の準備に入る。
生ゴミは腐敗すると嫌なので、スーパーで豆腐とか買った時に包む透明なビニール袋にまとめ、口を縛ってから可燃ゴミにまとめるのが俺のスタイル。カボチャのヘタと、玉葱の皮を剥きながら――……。
しまった。これ、嫌いなんだよな。
どうも俺は生の玉葱の匂いが苦手だ。大人になった今でも。
月穂にやらせたいところだったけど、カボチャの加熱を任せた以上、呼び戻すのも気が引ける。っていうか、悩んでいる内に、鼻から胃に掛けて嫌な感じが込み上げて来たので、息を止めて一気に皮を始末した。
そのまま自棄気味にみじん切りにして、準備完了。
月穂はまだ戻ってきていないけど――。
どうせ煮込むのに時間が掛かるからいいか、と、ガスをつけて鍋を加熱し始めた。
鍋の水滴が消えたら、ベーコンを厚めに切って放り込み、弱火で軽く油を出させて、玉葱を入れてから徐々に火を強めていく。
強火にはせずにじっくりと玉葱を炒めていき――。
玉葱の色が変わってきたところで、月穂がカボチャの皿をタオルで包んだ両手で持って戻ってきた。
「柔らかくなった?」
「うん。あっついの」
変な感覚かもしれないけど――、月穂って厚着が似合うよなって思う。いや、この一瞬で着替えてきたとかじゃなくて。手をタオルで包んでいる部分が、ふわふわした感じで、こういう抱きしめたら柔らかそうな雰囲気が、月穂の良いっていうか、可愛い雰囲気を出してるんだよな……。
って、俺がすぐに皿を受け取らなかったからか、月穂が首を傾げている。
苦笑いで誤魔化した後、一応、軽くカボチャの状態を確認してから――軽く緑の皮を剥がしつつ鍋に放り込む。緑が混ざると、色が悪いとか言い出されそうだったし。
ついでに、ちょっと避けといた皮の部分を齧ると、カボチャは確かに良いカボチャなのか、皮にくっついているちょっとだけしかついていない橙色の部分の甘さだけで、充分に食えるモノだった。
更におまけで、物欲しそうな顔をしている月穂の口にも皮を放り込む――つもりだったが、摘まんでいる指まで食われた。
「舐めたぁ!」
「悪いん?」
慌てて指を引っ込めると、確信犯の笑みで迎え撃たれる。
悪いとまでは言い難いんだが、その……。くそう、こういう切り返しに弱いな、俺。食われたのが左の指だったので、ひとまずは右手で調理を続ける。
左手の指は、洗っても洗わなくてもなんか、色々と……その、問題がある気がする。
最初の調理の時の位置取りに戻るつもりなのか、月穂はまた俺の左肩に顎を乗せて鍋を覗いていた。
カボチャの後、パックに半分ぐらい残っていた牛乳を入れ、若干水を足してから、ブロックタイプのコンソメスープの元をふたつ投入してしばらく煮詰めていく。
おたまで混ぜている間にもカボチャは潰れていくけど、完全にベースに馴染んでもいないので、木のしゃもじで最終的につぶしながら煮崩れさせていく。
「カボチャのスープって、もっととろとろなイメージ」
だる~んと、傍観者モードの月穂が、まだ少しシャバシャバでカボチャの繊維っぽい雰囲気がある鍋の中身を見て呟いた。
「男の手料理に注文が細かい」
一応、更に細かく押しつぶしていくが、流石にミキサーまでの物は俺は持っていないので――月穂は言わずもがな――、ちょっと食感が残るのは仕方が無い。
シャバシャバ感は、まだまだ煮詰めていくので、むしろ今はこれぐらいだと思う。
「誉、主夫なんに?」
からかうような楽しそうな声が訊ねてきた。
「俺は、主夫じゃない。ってか、誰のだ誰の」
「さーて、誰んだかにゃー?」
自分の、と、口にしていないまでも月穂の顔にそう書いてある。
上手い切り返しが浮かばずに口を噤んでしまうと、月穂が両手を俺の肩に沿え、ぴょんぴょん軽く跳ねた。
くっつかれている事や、こうした沈黙は――。
気まず……くはない。
照れは……若干ある。
雰囲気は……良いはず。
でも――。
調子には……乗れない。
まだ。
玉葱の感じもほとんど目立たなくなって来た所で火を止める。
小皿を出して、おたまで軽くすくって――息を吹きかけて冷ましてから味見してみる。
味付けはカボチャ本来の甘みとベーコンとコンソメの塩気だが……。コンソメ多すぎたか? でも、この味なら一個だとパンチが無さ過ぎる気がするし、ちょっと塩味が強いほうが俺は好きだ。
月穂にも小皿を渡してみると、月穂はぺろっと舌を出してスープを舐め……。
「あ」
なにかに気付いたような声を上げた。
「ん? 味、変か?」
生クリームとかも入れた方が良いらしいけど、それを使っていないことを気にするような舌の持ち主だとは思えない。もしかして、浮き実的なモノか?
確かに、クルトンとかは準備が――。
しかし、先読みして色々考える俺を他所に、月穂は思わせぶりな態度で誤魔化してきた。
「んーん、出来上がるからする準備があるの」
「はい?」
「いいから、楽しみにしてるんだよ」
首を傾げる俺の背中をぽんぽんと叩いて――、月穂は、またまたドアから出て行った。
ったく、もう完成だって言うのに。
相変わらずの謎な幼馴染に軽く嘆息し――。
「ハロウィンか」
冷凍庫のパンを俺は取り出し、切り抜いてからトースターにセットした。
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