主夫系男子大学生のレシピメモ

一条 灯夜

お化けかぼちゃのスープ

下拵え

 女の……と、言うには、若干がたっているかもしれないけど、女子大生って単語がある以上、大学一年になった同郷の異性の友人も、女の子なのだろう。

 個人的には、女子高生までがなんか瑞々しさがあって女の子って言葉が当てはまり、女子大生では若干擦れて来て、最終的にOLに進化して絶対王者というか暴君に豹変するイメージだ。

 実際、四つ上の兄貴とその幼馴染は、そんな感じの過程を経てこの春に結婚したし……。

 話が逸れた。


「女子ってさ、そういうの好きだよな。流行に流されてるって言うか……」

 ベチベチと、緑色の固いカボチャ――しかも三個を叩きながら、頬杖ついて三宮みみや 月穂つきほに呆れた目を向ける。

「しかも、俺を呼ぶんじゃなくて、俺の部屋に持ってくるし」

 月穂は、アパートの隣の部屋に住んでいる。アパートの二階の角部屋が月穂で、そのひとつ手前に番犬として俺を住まわせている……という感覚らしい。お互いの両親にとっては。

 俺等は田舎から上京しているんだけど、そのせいで新生活の準備はウチの家族と月穂の家族との合同でアパート探しから家具の準備まで行っていた。きっと、田舎しか知らないお互いの両親が、同じように田舎で生きてきた俺達の新生活を不安に思っての事だったんだと思う。

 まあ、実際は都会の方が便利だし、気楽だし、生活する上で特に問題も無かったんだけど。

 ただ、その最初の取り決めが今現在も進行形だと言わんばかりに、この幼馴染は定期的に俺に無茶振りをしに来る。

「だって、ほまれ、わたしの部屋に来ると、いっつも汚いって小言が――」

 膨れっ面で睨み返してくる月穂は、垂れ目なせいか怒っている感が全く無い。スポーツ少女風のウルフカットでさえ、ちょっとずぼらな印象にしかなっていない。いや、そもそもの服装が、なんかだるーんとしてゆったりした――セーターか? これ? 女物の服は、よく分からん――感じのだし、下も俺のカーゴパンツと似たようなだるっとした感じで裾だけが締まってる不思議な感じのヤツだし。

 いや、待て、聞き捨てなら無い台詞が今出てきた気がする。

「お前、また部屋汚したのか?」

「汚してないもん」

 目を細く引き絞って問い詰めると、月穂は顔を背けた。

 そして、そのまま俺を見ずにぽそっと付け加えた。

「……掃除して無いだけ」

 コノヤロウ!

 月穂は、きっとひとり暮らしに向いていない。

 実家にいた頃は、高校生になっても親が掃除に部屋に入るのを気にせず――っていうか、完全に掃除は母親任せだったらしく、ほっとくと部屋が薄く満遍なくゴミの層で埋まる。……GWに初めて緊急支援要請が来た時、頭を抱えたのも、今では良い……いや、全然良くない思い出だ。

 男を部屋に呼ぶのに――色っぽい意味じゃないとしても、いや、だったら尚更、脱ぎ散らかした服とか置いとくなって思う。しかも、色気もなにもあったもんじゃない、ゴムの伸びた……いや、思い出すのはやめとこう。それがお互いのためだ。


 流石にただの土曜の午後に掃除する気分にはなれず――ゴミの日は今日の朝だったので、次は火曜だ。月穂の部屋にゴミ袋を三日も置いとくのは危険だ。虫の巣窟と化す――、問題発言は放置して、ようやく最初の問題に立ち返る。

「っていうかさ、ハロウィンしたいなら、前もって相談してくれよ……」

 カボチャを持ち上げると、ずっしりとしていて、いかにもしっかりと身が詰まってるって雰囲気だ。

「相談しても変わらないよ!」

 やけに自信たっぷりに胸を張った月穂。

「なんで?」

「こっちゃの方が」

「こっちゃ? まあ、いいや、続けて」

 コイツ、忘れた頃に方言出すよな。別にいいけど。ただ、なんかこっちもられてしまうので、人前だと若干恥ずかしくなる時がある。

「安かったん」

 …………。

 女子の感覚って、やっぱり分からない。

 辺に見栄えに拘って金をかけることもあるかと思えば、時々こうして妙な節約意識が顔を出してくる。

 足拭きなのかと誤解される形で、入り口付近に無造作に放置されてた服は、俺の普段着の三倍ぐらいの値段だったし。シャンプーも化粧水も、学食の昼飯一週間分ぐらいの値段がしてた。

「んう――」

 カボチャを見つめて唸ってみる。

 俺は魔法使いじゃないので……ああ、貞操的な意味では無く、年齢的な意味でそうなので、カボチャは変化しない。

「お化けにならん?」

 そんな風に月穂に問いかけられても、困る。唸るだけで化けて出てくるならとっくに収穫した農家の家に化けて出てるだろコイツは。

「いや、アレはヘポ種っていう、柔らかいカボチャでな……っていうか、お前んち農家だろ? 俺んとこより詳しいはずんに、ほ……いや、月穂、俺もつられるから標準語で、な?」

「わたし、標準語でしゃべってるよ。むかしっから」

 もう、いいや。月穂マイペースだし、分かってもらえるかいまいち自信がない。

 しかし、なんか妙な感じだ。月穂の家は農家で、俺の家は隣町の自動車工場のサラリーマンなのに、料理とか野菜については俺の方が詳しいなんて。

「農家って言っちゃも、キノコ農家んに」

 ……変な具合に混じる方言は、今日はもういいや、他に人の耳もないし。

 しかし、一緒にこっちゃ……じゃなくて、こっちに移って来た縁から、月穂の親御さんからちょっとした時に野菜とか御裾分けされてしまっている。だから分かるんだけど、出荷用作物しか作ってないわけじゃない。なめことしいたけが多いのは、まあ、キノコ農家だからなんだろうけど、ジャガイモにサツマイモとか、色々とバリエーションに富んでいるし。嵩張るだけのピーマンとかは、流石に送られたことは無かったけど、月穂の家に行った際には良く昼食として出てきた……。

 いや、ああ、そうか。

 そういう仕送りの物資を月穂はほっぽっとくので、勿体無いと思って俺が料理するから自然とこっちゃの方が詳しくなったんちまったんだろうな。


「普通に、煮付けよう。それが一番野菜のためにも俺たちの腹の足しにもなる」

「ヤダ」

 月穂は女子力的な数値は戦力外の癖に、頑なだった。

「じゃあ、自分で彫れよ……ってか、彫刻刀とか持ってきてるのか?」

「え? ないよ」

 高校の制服を持って引っ越してきた月穂だから、探せばありそうな気もするけど……。いや、実際出てきたら余計面倒か。

「なにで彫るつもりだった?」

「包丁は?」

 俺は無言で台所へ向かう。月穂は、良妻よろしく一歩後ろをついてきた。

 サッと水で洗って、まな板の上にカボチャを乗せる。そいでそのまま月穂に包丁を渡すと――。

「バカバカバカ! 怖い。手が怖い! 持ち方が怖い!」

 月穂は、普通の顔で刺殺するつもりみたいな持ち方で包丁を振り被ったので、慌てて取り押さえる。

「なによ。カボチャ、固いんだよ?」

 肩越しに腕を取って押さえている俺を振り返って、月穂は小首を傾げて見せた。

「分かってるなら、ランタン作りたいとか言うな」

 包丁を取り上げる。

「でもハロウィン」

「メディアに踊らされるな。祝っているのはごく一部だ」

 うぅ~とか、小さく唸っている月穂。

 取り合えず、危険物包丁危険者月穂から離す俺。

「と」

「と?」

「とりーとおあとりーと!」

 がう、と、普段ののんびりとした動きとは一転して、月穂が飛びかかって来て――、わき腹をくすぐられた。

「んは? ふ……まて、お前、なにと間違った? トリックオアトリートって、まとめてひとつの意味になるんだろ? 確か、悪戯だけなら、別の単語じゃないか?」

「なんで冷静なんだよぅ。これは、くすぐりが足りてないんだな」

 あんまり力任せに押し返すのもアレだったので、月穂の手を取ろうとしてるんだけど、全然上手くいかない。くすぐったいって言うか、なんか、嫌なんだよ脇腹。ぞわぞわするっていうか。

 しかし、それを長年の経験で充分承知している月穂はしつこかった。

 頬が、少し痛いって言うか、引き攣ってきて――。

「バカ、止めろって。ふん、脇、嫌なんだっての、この!」

 最後の手段として、月穂の額に手を当ててひっぺがす。

 やっと距離が開いたので、お互いの顔が良く見える。

 月穂は、単にじゃれたかっただけなのか――散歩をすっぽかされた犬かなんかか、お前は――、満足そうな顔をしていた。

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