ブランコの家

ダメクジラ

第1話 ブランコの家


大学生活における夏休みは人生で一番遊べる時期である。


とある5人の男女の大学生グループも例に漏れず、都会から海と山河に囲まれた観光地にレジャーに来ていた。

彼らはいわゆる難関大学に籍を置いており、一般にエリートと呼ばれるものであったが、青春時代を勉学に打ち込んだ反動からか遊びに飢えている面があった。


山へキャンプに、川へBBQをしに行ったその夕方。

川近くの少し高い安全なところに張られたテントの中で騒いでいる声が辺りに漏れ聞こえている。


「こことかめっちゃ出そうじゃない?」

「家とかだと老朽化怖そうだな…」

「ユーレイなんかは別に心配してないけど、不審者が一番怖いわ」


テントの中では肝試しに繰り出そうと、スマホ片手に目ぼしいスポットを探索する会議が開かれているのであった。


「あ、ここなんてどう?ここら辺が地元の友達に聞いたことあるけど結構有名で怖いとこらしいよ」

「どこどこ……、『ブランコの家』?」


全員が『ブランコの家 ○○(地名)』で検索すると、なかなかにカロリーの高そうな場所であった。


曰く、昔は地元の名士の館としてにぎわっていたが突然一家全員首つり自殺してから管理者不明のまま放置されている。

曰く、庭の木につるされているブランコが誰も乗っておらず、風も吹かないのにずっとキコキコ揺れている。

曰く、家の地下には牢があり都合の悪い子供を幽閉していた。


想像していたよりもホラー色の強いスポットではあったが、キャンプ地から割合近かったこととこれ以上時間をかけると夜が更けてしまうことから全員がウダウダと騒ぎながら出発準備をした。



スマホに表示されている『ブランコの家』とされる場所のピンを目指して川沿いの森の中の道を進むこと数十分、それらしい場所について見渡してみると、館らしきものがあった。

しかし、館は検索で見た画像よりも朽ち果ててしまっていた。


立派であったであろう門は崩れて原形を残しておらず、周囲をかこっていたであろう気の壁も崩れて意味をなしていない。


崩れた門を跨ぎながら館を仰ぎ見ると鳥肌が立った。


どこか黒っぽい木材と瓦で作られたその館は広大であったが、所々屋根が崩落していたり壁に穴が開いてあったりして興隆の歴史を感じさせた。


流石の異様にビクビクしながらじゃんけんで負けたものが外れた扉をどかす。一同が恐る恐る家の中に入ると体重でぎしっと床がきしんだ。


そのまま見回った家の中は惨憺たる状況だった。

大広間であったであろう場所には畳が一枚残らずはぎとられて木の骨組みがむき出しになってしまっていたり、床や屋根のある場所があっても昔風の模様が入った布や服らしき切れ端、昔の小物や人形が散らかっていたりして随分荒らされている様子だった。


ふと部屋から外を見ると葉を茂らせた大きな木があり、その根元には千切れて古びたロープと木の破片が転がっており、ブランコの残骸に見えた。

それを見たときに一同はただ一人を除いてそれまでの怖い気持ちがどこかに行ってがっかりしたような心持になった。


「ブランコが揺れてたら怖くていいなと思ってたけど、壊れてるんじゃなぁ」

「あとは地下牢?とか一家心中の場とか探して終わりだな」

「てゆーかここ埃臭いしさっさと帰りたい」


「でもさ」

最初に『ブランコの家』を提案したAはいった。


「多分ここってさ、障害かなんかがあって家の都合で地下牢に閉じ込められてた子供がいたんだろ?その子はきっと遊びたいのに遊べなくて、他の子どもたちが遊んでいるのをきいたりすることしかできなかったんだろうなって思わない?」


彼は続けた。


「そう考えるとさ、例のブランコが動く噂ってその子供が亡くなってから遊べたんだなって考えるのが自然だけど、こんな風に崩れちゃってるのを見るともう遊べなくて可哀相だなって思っちゃうな。ただの想像だけど」


Aはロマンチストというか理想主義者的なところがあり、そのことは仲間内ではよく知られてからかわれていたりしたために、4人は慣れた様子で苦笑して聞き流しながら今回の肝試し計画について話し合った。


「とりあえず、もう暗くなってきたし地下牢発見して終わりでいいでしょ」

「まぁでも子供のこととか考えると怖くなってきたし満足だな」

「地下牢ってどの辺?」


一同は入った直後よりはリラックスできて、SNS投稿する用の写真を撮ったりしながら固まって屋敷を探索した。


程なくして屋敷の奥にある蔵にたどり着き中に入ってみる。

埃を避けながら一通り見て回ると、不自然にものが置かれていない場所があった。

何かがおかしいとおもった一人がよく見ると、木の床に区切りがある。

直感のままにいじると取っ手があった。

まさかと思って引っ張るとガガガと大きな音を立てながら階段が姿を現したのだ。


「おーい、皆!!」

「何々ー……、うわ。マジで階段あるじゃん。よく見つけたなそれ」

「え、マジであるの。普通にもう帰ろうと思ってたんだけど」


一同は興奮していた。

ろくに遊んだこともなかった幼少時代。こんな一種の冒険のような刺激的な体験をしたことはなかったのだ。


「皆で入ってみようぜ」

「地下牢の写真とかネットにのってなかったよね?」

「ヤバイマジでヤバいこれ」


一同はギシッ、ギシッと音を立てて逸る心を抑えながら下に降りると期待した通りの光景が目に入った。


それはまさしく地下牢であった。


地面を掘って作ったような土壁に囲まれた八畳ほどの空間の隅には太い木で作られた牢が置かれていた。牢の中は半畳ほどの片隅を除いて朽ちかけた畳が置いてあったが、ものと言えばそれくらいでこれまでと比べて不自然なほどに何もない空間だった。


「スゲー、マジの地下牢だよ」

「ほら、めっちゃいいの撮れちゃった。チョー怖い」

「ちょっと。俺の顔はいってるから撮り直せよそれ」


騒いでいる一同の中で一人が異変に気付く。


「待って、あいついなくね?」


見渡すと確かに一人足りなかった。

最初に『ブランコの家』に行こうと言い出したAがいない。


「まじじゃん。何で誰も気づかなかったの?いつからいないの?」


どこからかギシギシという音が微かに聞こえる。


「落ち着けって。電話で呼び出してみるよ。どうせ途中で帰ったとかだろ、何かセンチメンタルなこと言ってたし」


程なくして一人が電話を耳に当てたと思ったら、地下牢の空間に着信音が鳴り響いた。


全員が凍り付いた。


地下牢の中から着信音が鳴っているからである。

ゆっくりと視線を向けるとAが地下牢の太い木に首をつって泡を吐きながらゆっくり前後に揺れているのが目に入った。


全員声も出なかった。

それはAが突然首を吊った状態のまま現れたことだけが原因ではなかった。

よく見れば、Aの胴体には細長い土気色の手足がしっかりとしがみついており、それが力むにつれてAが揺れているからだった。

Aは来る途中に落ちていたような布をうまく組み合わせて二か所を木に括り付けてそこを支点に首をつっていた。

一同は、まるでA自身がブランコのようだ、とどこか現実離れしたような心持で身じろぎも出来ないまま、Aが揺れるのをただ見ていた。


そのとき、突然Aの首をつっている古びた布がAの体重に耐えられず千切れ、Aの体が地面に突っ伏するかたちで崩れ落ちた。

一同はその音と衝撃で金縛りが解けたが、崩れ落ちたAの背中に手足の持ち主がいないことに気付いて戦慄し、全員が同じことを直感した。


次は自分の番だ。


一同はそれまでの硬直した分を補うかのように一目散に逃げ出した。

息も絶え絶え、キャンプ地にたどり着き、何も追ってくる気配がないことを確認すると安堵したが違う問題が生じた。


「なぁ……、Aってさ、どうする?」

「どうするって、心霊スポットなんてとこ行った挙句一人首吊って死んだなんて風聞悪くて言えるわけないでしょ?」

「Aには気の毒だが、就活に響いたりするとあれだしな…」


結局Aは旅行先に行った際に行方不明になってしまったことになり、警察もキャンプ中に遭難したという認識で捜索願いが出されることになった。


一時は安堵した4人だったが、その後の人生は決して安穏としたものにはならなかった。

揺れるものを見るたびにあの地下牢での経験が思い出され、Aを見捨てた後悔とあの土気の色の手足が今にも自分の胴体に巻きつこうとしている妄想が途切れることはなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブランコの家 ダメクジラ @damekujira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ