昔 東京の片隅で 第3話  溜席の天使

狩野晃翔《かのうこうしょう》

第3話 溜席の天使

               🔶


 いつもテレビ観戦している相撲中継で、気になる女性が映っていた。

 その女性は東の花道脇の溜席たまりせきにすわり、静かに相撲を観戦をしているのだ。

 毎回、清楚なワンピース、フレアトップス、プリーツスカート姿。そしてブランドものと覚しい高級バッグ。そして背筋をピンと伸ばし、正座している姿は凛々しさを覚えるほどだった。

 その溜席の席料は1日1万4800円。場所中15日間通うとその金額は20万円を超える額となる。それだけではない。彼女が座っている席は『維持員席』と呼ばれている席で、後援会や414万円以上の寄付をした人にしか割り当てられない特別な席なのだ。

 週刊誌のフリーライターをしているぼくは、その女性の正体を知りたくなって、相撲関係者にいろいろ取材してみた。しかし彼女の正体を知る関係者はいなかった。

 一説では現役大関が所属する部屋のタニマチ関係者ではないか、あるいは大物歌手の知人ではないかなどと言われているが、根拠はない。つまり多くの相撲関係者でさえ、彼女の正体をまったく知らなかったのだ。と、いうより、彼女の存在すら知らない、見たこともない、と口を揃えて言うのだ。これは何かある。何か隠し事をしている。それがフリーライターをしているぼくの直観だった。


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 ぼくは周辺取材を続けた。すると国技館を警備している警備会社の隊長から、耳寄りな情報を得ることができた。

 その警備隊長が言うには、彼女は五所川原一門、外ヶ浜部屋の親方の娘さんではないか、というのだ。

 調べてみた。すると外ヶ浜部屋親方は10年前他界し、部屋は廃業になってしまったという。しかしおかみさんは健在なはずだ。

 ぼくはおかみさんにアポイントメントを取り付け、会うことにした。


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 都内某所。外ヶ浜部屋の建物そのものは、まだそこに建っていた。欅の一枚板に勘亭流文字の看板こそ出てなかったが、元相撲部屋という雰囲気はまだ建物のいたる所に残っている。

 その建物の応接室でぼくは外ヶ浜部屋のおかみさんに、いつも溜席で相撲観戦している女性の写真を見せた。

「これは、5年ほど前の写真でしょうか」

 おかみさんが老眼鏡越しに写真を見て、そう言う。

「いいえ、ちょっと前の写真ですよ」

 するとおかみさんは意外なことを言い始めた。

「この子は、間違いなくわたしの娘です」

「でも娘は3年前、不治の病で亡くなったんですよ」

 そうしておかみさんは別の部屋から位牌と娘さんの写真を持ってきてぼくに見せた。

 ぼくの顔から血の気が引いた。その娘さんの写真は間違いなく国技館の溜席で、正座して相撲観戦していた女性だったからだ。

 混乱する頭の中ををどうにか回転させ、ぼくはようやくひとつの結論を出した。

 溜席の女性は確かに、テレビに映っていた。写真にも写っていた。多くの目撃者もいた。しかし相撲関係者は誰も、彼女の正体を知らないという。そして見たこともないという。と、なると彼女の正体は。

 ・・・それ以外考えられない。


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「おかみさん。娘さんは今、どこで眠ってますか。線香をあげたいんです」

 おかみさんは両国に近い、ある寺院の名前を挙げた。

 ぼくはその足で、両国に近いある寺院に向かった。心の中で何度も何度も、念仏を唱えながら。



                                   《了》





 

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昔 東京の片隅で 第3話  溜席の天使 狩野晃翔《かのうこうしょう》 @akeey7

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