捕物
深夜――丑三つ時。
風が強く吹いている。上空では月や星々が雲に覆われ、そこは暗闇が支配していた。
木製の橋の欄干に身を寄せながら佇む少女が一人――暗闇には既に目が慣れ、少女は注意深く辺りを観察していた。
少女――ウェーブ・ペンタミラーの女装。
いつでも魔法を発現できるよう、袖口には杖を仕込んでいる。
レイによる推測――犯人は標的の指定のために対象に近づく必要がある。
夕の報道――殺人人形の被害者尚も増加。少女を模した人形は、今夜も現れサムライを襲うだろう。
犯人の心理――テンノーの暗殺に失敗した以上、殺人人形を放置していてはプライドが傷つく。
欄干によりかかるウェーブの周辺には木々や草に身を隠したサムライたちが待機している。少年の合図一つでいつでも飛び出せる準備があった。
やがてその男は姿を現した。
ずんぐりとした大柄の体躯。それに不似合いな細長い左右の指先は、彼の職業を技師と想像させるのが容易であった。顔はすっぽりと黒い頭巾で覆い、その首には“六”と刻まれた首飾りがあった。
男はウェーブの前に来るとぴたりとその歩を止めた。
「これが罠だということは知っている」
ひどく疲労した声がウェーブに向けられた。
「私の造った人形は完璧だった。君のように夜空を見上げて物思いにふけることはない。標的の前に現れ、無機質な殺意をもって任務を完了する――そこに感傷などというものは存在せず、この世で最も公正な執行官として活躍するだろう」
「確かにあの人形は完璧でした。しかしそれを造り、メンテナンスするあなた方は完璧ではない」
「然り。故に私は彼らを分離したのだ。完璧でない部品には興味がない」
「彼らは自らのことを我々と称していました。それは彼ら自身がパーツの集合体であることを自覚していたからです。しかしあなたはどうでしょう。自らのことを私と称し、まるで自分は完璧な個であると言わんばかりでした。その傲慢さは、正義の執行官たるには些か問題があるのではないでしょうか」
「では尋ねよう。君は――あるいは君の師である“大賢人”は、私の造り上げた魔法を解明できたのかね」
「時間の問題です。あなたは確かに優秀な技師かもしれない。けれど、殺人者としては三流以下です」
刹那――ウェーブの左腕が消えた。吹き飛ばされた腕が血しぶきと共に宙を舞い、鈍い水音と共に川面に落下した。
ウェーブが衝撃によろけ、欄干によりかかった。苦痛に顔が歪み、失われた左腕をもう片方の腕で抑える。間もなくして血は止まり、その数秒後には新たな腕が生えていた。
男は動揺し、言葉を発せないでいる。
「あなたが驚いているのは僕が特異な体質だからですか? それとも予想よりも傷が浅かったからですか?」
ウェーブが右手で杖を構える。杖を中心として簡易的な魔法陣が展開されている。【
「あなたの使った魔法のトリックはこれで分かりました。僕の腕が吹っ飛ばされる直前、僕に向かって全方位から無数の魔力が収束しました。技師たちの話では無数の魔力の方向を決めるのに最低でも三尺程度の大きさの装置が必要ということでしたが、あなたはそれの小型化に成功したのですね? いや、小型化というよりは分散化と言った方がいいかもしれない。つまり、魔力提供者が対象を恨んでいるほど強い魔法を発現できるようにした――まさに無意識の正義の執行だったわけです」
問題は、とウェーブが言葉を続ける。
「魔力提供者の正義の定義にあります。確かに僕は悪人ですが、彼らはこの国に来たばかりの僕の悪行を知らない。外来人に向ける先入的嫌悪感が腕こそ吹き飛ばしましたが、命を抹殺できるほどの攻撃力は持たなかった。あなたの仲間だった技師の方が、チームを抜けたあなたは民間の技師をしていると言っていました。そしてここ数か月、あなたが抜けたのと丁度同じ時期ころからこの国で流行り始めた魔道具があります」
高性能魔法杖――<サクラ>。
「その杖こそ、持ち主から魔力を収集し、その潜在意識に殺害対象の罪と罰を決定させる、言わば最新の兵器だったのですね?」
オオヤスの証言――今や<サクラ>を持たぬ町民はいない。故に現場からは無数の魔力紋が採取された。
「残念ですがその兵器で僕を殺害することはできません。できたとしても、すぐに蘇ります。僕が大陸で何と呼ばれているか教えましょうか?
「あんたがそうでも、あんたの師匠はどうかな。あのオオヤスという半官は? 他の町民はどうかな?」
無差別攻撃――追い詰められた犯人。
ウェーブの脳内を一瞬のうちに駆け巡る計算――相手が兵器を発動させるより早く無力化できるか?
ウェーブはいくつかの魔法を習得している。その中で最も早く発動でき、かつ弾速の早い魔法は対象を切断できる【風魔法】。しかしその魔法でさえ発動から対象への弾着まで十秒程度は要するだろう。
相手を殺すのに魔法は必要ありません――師匠の言葉。
ウェーブは一つ息をついて口を開いた。
「あなたは十歳で魔道具研究の道に入ったそうですね。地元では神童と呼ばれ、十二歳でこの国の為政者に技術者として採用された。ところが為政者同士の戦争であなたは顔に大きな傷を負った。そしてあなたの国は負けた。全てを失ったあなたは自死さえ覚悟したが、そんな時、彼女に出会った」
ウェーブが早口で捲し立てる。
技師たちのチームから抜けた二人。一人は病死。もう一人はその病死にショックを受けてチームを抜けた。
「彼女とあなたは恋仲になった。でも彼女が病気になった。国は、彼女を見殺しにした。あなたも知っているかもしれませんが、この国の外には亡くなった彼女を救う方法が存在していた。でも国はあなた方の海外への移動を許さなかった。この国にとって技師は魔導兵器そのものだから。あなたは二度も国に裏切られたんだ」
そして凶行。法が裁きを下さない多数の悪人に対し粛清を行った。
「でも彼女はそんなことを望んでいませんよ」
「お前に何が分かる!」
「分かりますよ。僕も大切な人を亡くしたから」
大切な人を亡くしたことで凶行に走った人間。
大切な人を亡くしたことで、善の側に立つことを決めた人形。
二人は似ていた。
「彼女が死んで……どうして奴らが生きているんだ!」
「理不尽ですよね。だからと言って他人を傷つける理由にはならない」
「向こうが理不尽を用いるのなら、こちらも理不尽を行使するしかない。そうだろう?」
「その先にあるのはこの国の破滅です」
「本望だ。もはやこの国に価値はない。私も疲れた。この国を彼女への手向けにしよう」
男がゆったりと右手を挙げる。その手には小太刀ほどの大きさの杖が握られていた。ウェーブは一目でそれが殺人兵器を起動させるための道具だと理解できた。
杖がにわかに光を示す。
オオヤスたちサムライが飛び出した。
光が、オオヤスへ向けられた。
【
「どうして……?」
大男が呟き、サムライたちが一斉に飛びかかった。大男があっという間に組み伏せられる。その頭上でウェーブがほっと胸を撫でおろすのが見えた。
「間に合った」
「なぜ、私の魔法が」
「あなたの魔法のトリックは僕の師匠が見破りました。で、あるならば僕や師匠が手をこまねいて見ているだけのはずがない」
作戦――ウェーブが囮となり真犯人を誘い出す。別行動をとるレイが真犯人の犯行拠点を暴き、殺人兵器を起動させるための機器を停止させる。
技師たちの証言――「あれだけの兵器の起動機器を小型化するのは不可能だ。おそらく犯人はその装置を遠隔操作できる技術を編み出したのだろう」
犯人宅にてレイの発見――魔道具・魔法陣・魔法言語――犯行の証拠の数々。
大男の所持品――財布・杖・遺書――杖こそが、殺人兵器を遠隔で起動させるための魔道具。
レイの証言――「犯人は明らかに正義を実行しているのに、しかしサムライたちを殺して回っている殺人人形には目もくれていない。これは犯人が殺人人形に対して特別な思いがあるからだろう」
遺書から犯人の名前が発覚した――
「菱平さん、あなたを逮捕します」
少年は命を奪うことなく、仕事を全うした。
魔導士レイの推察 ~異常犯罪調査記録~ 冬野氷空 @aoyanagikou
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