技師
「崩御されたのは影武者であったという報せが届きました。しかしレイ先生、御所で一体何があったのですか」
壮年の半官――オオヤスが心底疲れ切った表情で尋ねた。御所での騒ぎの後、その対応に追われ続けていたのだろう。
「調査協力を申し出ていただけですよ」
「例の人形の技師は間もなく集まるそうです。夜までには事情を訊けるでしょう」
「助かります。それともう一つお願いが」
「何です?」
「この街の報道機関に例の殺人人形を大々的に報道して欲しいのです。ウェーブ君を人形に見立てて囮にするのに必要なことなので」
「もっと早く言っていただければすぐに対応できましたが。夕の瓦版に間に合うかどうか……」
「すみません。人形の製作者についてまだ確信が持てなかったので」
「いえ、事件解決のためです、何とか致しましょう」
オオヤスはそう言うと待機している部下の元へパタパタと駆けだした。
「さて、犯人が上手く釣れるでしょうか」
「そのことならさして心配はしていませんよ、ウェーブ君。犯人の目星なら大体ついていますから」
「まだ犯行方法だって完全には解明されていないのですよ?」
「必要な部分は解明されていますよ。特に御所での新たな犯行は決定的でした」
「犯人が何かミスでもしましたか?」
「まずは犯人像を整理してみましょうか」
被害者――四名。いずれも権力者。少なからず周囲の人間に恨まれている者。どの犯行でも被害者が惨たらしく殺害されていることから、犯人は被害者に恨みを持っていたと考えられる。
犯行方法――数十人から数百人分の魔力を合成し、強力な魔法を発現させている。独特な犯行方法故に、その解明は犯人を推理する上で最も有力なヒントとなるだろう。
「緻密に計算された犯行から、犯人は秩序型だと分かります。魔法について詳しいだけでなく、この国の治安機関についても知識があるでしょう」
「なぜ治安機関に詳しいと?」
「犯人はわざわざ全ての事件現場を密室にしています。これは犯行の発覚を遅らせるためです。そして三件目まで被害者が自室にいるところを狙っている。つまり犯人は被害者の行動パターンを知っていたということになります。情報に通じているか慎重に準備を重ねて犯行に及んだのでしょう」
「犯行動機は被害者への怨恨ということは、被害者の周りにいた人物でしょうか」
「そうとも言い切れません。おそらくこの犯人は正義を執行しているつもりで犯行に及んでいます。オオヤスさんの手前口には出しませんでしたが、おそらく法の執行機関に所属しているか、過去に所属していたものでしょう。プライドが高く自分の能力に自信を持っているが、周囲からは正当に評価されていないと思い込んでいます。実際のところ何人もの人間の魔力を集めて特定の魔法を発現する方法を思いつき、実行している点を考えると、優秀であるのには間違いがないでしょうね」
犯行方法――未だ不明。あらゆる魔法に精通したレイ。あらゆる殺害方法を熟知したウェーブ。この二人をもってしてもどんな魔法を、どんな道具を用いて使用したのかまだ分からないでいた。
やがてオオヤスに引き連れられて五名の技術者が到着した。五人は黒の法衣のような装束を身にまとい、顔は頭巾で隠していた――国による財産の防衛。闇討ちを防ぐための手段。五人をそれぞれ識別する方法は首飾りを見るしかなく、そこには一から五までの数字が刻まれていた。
ウェーブが切り出す。
「あなた方が例の殺人人形を造ったのですね?」
「如何にも。しかしながらあれは殺人人形などではない。我々が造り出した限りなく人間に近い存在だ。故に独立し、人を殺めることができる。我が国は、いや世界中の開発機関はこれまであらゆる殺人のための道具を造り続けてきたが、自立して任務を全うする道具は造ることができなかった。機械は自律的に人間を殺すことはできない。しかし我々が造り出した人形はどうだ? 自らの意思で殺害する相手を見定め、潜入し、騙し、殺害した! これは世紀の大発明なのだよ」
「良かったですね、師匠。この国のマッドサイエンティストにはまだ人間の心があったみたいですよ」
世界的に見て自立行動可能な殺人兵器はごく少数を除いて存在していない。たとえどれだけ魔法・魔道具技術が発展しても管理や維持にコストがかかりすぎるからである。そこにコストをかけるくらいなら、子供を誘拐・洗脳して戦わせる方が安上がりなのだ。現にレイやウェーブはそのような哀れな被疑者や被害者に幾度となく対面してきた。そしてウェーブ自身もまた、洗脳され殺しの人形にされてきた一人であった。
「あの見事な造りの人形は、一体何を目的に造ったのですか?」
「我々には愛国心などというものは存在していない。依頼者こそ国そのものであったが、完璧な人形を造ること――それ自体が我々の目的なのだ」
「あなた方は元々七人で活動されていたのでは?」
差し込まれたレイの質問――核心。
頭巾で顔を覆った技術者たちが一瞬息を呑み込んだ。彼らが人形造りのプロであるように、レイもまた人間心理のプロなのだ。
「あなた方が身に着けている首飾りにはこの国の文字で一から五までの数字が刻まれています。しかしその首飾りは五角形ではなく七角形です。魔法の属性は五つ存在し、それらは五角形で示されることが多いです」
レイの胸の紋章――五角形を内包した円。
“大賢人”の証。魔法能力の証明印――五角形をモチーフにデザインされている昔からの慣習。それは世界的に一致する文化であった。
「人間よりも魔法や技術に敬意を払うあなた方なら、五角形のデザインを使うでしょう。しかし実際は七角形です。それは何に由来したのか。あなた方は人間に対する興味は薄いですが、仲間に対して強い興味を抱いています。それは先ほどからの会話であなたの一人称が全て我々であるということからも明白です。では、今この場にいない二人は一体どうしたのでしょう?」
沈黙。
しかしそのうち観念したように技術者たちが大きく息を吐いた。
「確かに、あなたの言う通り、我々は元々七人で活動しておりました。ところが一年ほど前、一人が病死してしまったのです。病死したのは我々の中で唯一の女性技師で、彼女には思い人がおりました」
「それが脱退されたもう一人の方ですね」
頭巾の男が頷く。
恋人の死をきっかけに脱退したその男は、今どうしているのだろう。
「分かりませぬ。風の噂によれば今でも民間の魔道具技師として活動しているという話ですが」
「その人物は、緻密で冷静。技術に関しては間違いないものを持っているが、自尊心が高く周囲に合わせるのを苦手としている。そして自らの能力が公正に認められていないと思い込んでいる。悪を憎み、正義を実行しようとしているが、少々考えが過激な場合が多い――そんな男だったのでは?」
レイの指摘に頭巾の男たちは一様に顔を見合わせ、ざわざわと何かを相談したが、やがてすぐにレイたちの方を向き直して激しく首肯した。
「仰る通りの人物でした! どこかで彼に会ったのですか?」
「いいえ、分析しただけです。そして彼はここ一か月ほどで起こっている連続殺人の重要な参考人でもあります」
「彼が人殺しを……?」
「殺されたのは皆、権力者で周囲の人間からは非難されている人物でした」
そこまで言うと頭巾の男はふらふらとその場にへたり込んでしまった。そしてまるで何かに観念したように、何度も深く頷いた。
「確かに、彼ならばやりかねない。我々から抜ける時、彼は相当参っていたようだった。自暴自棄になっても、何ら不思議ではない」
ウェーブが付け足した。
「元々宮仕えの技師の一員だったのなら、この国の法学や調査手順などに詳しいのも頷けますね」
「しかし、何と愚かなことをしたのだ……自らの手を汚すなどというのは、愚者のやることでしょう」
「いいえ。犯行に用いられた魔法的手段は、まだ解明されていないのです」
レイが答える。
「現場からは無数の魔力紋が発見され、密室状態にありました。あなたがたの考案された魔道具にそのような効果をもたらすものはありませんか?」
「いや、心当たりはないな。おそらく彼が独自開発した技術だろう」
「では仮にそのような魔法技術が存在したとして、時間・資源・情報――何が必要になると思われますか?」
五人の頭巾の男たちは再度顔を突き合わせて思案した。相談した。そして暫定的な答えを出した。
「その全てが必要だが、時間に関しては何とかなるであろう。事件現場には無数の魔力紋が確認されたのだな?」
ウェーブによる首肯。この事件の最大の謎の一つ。
「無数の魔力紋が発見されたのは、そのままの意味で、無数の人間が魔力を注入したからだ。故に強力な魔法を短時間で発現させることができる」
「次に必要なのは資源だ。先の魔力収集方法を理由とし、おそらく陣のようなものは用いられていないだろう。無数の人間から魔力を集める魔道具はいくつかパターンが存在しているが、どれも質量や体積を必要としない道具だ。十分に着物の中に収納・持ち運びができるものであろう」
「逆に体積や質量が必要になるのはそれらの魔力を操作するための道具だ。検証が足りていないが、少なくとも三尺程度は必要だと仮定される」
「最後に情報であるが、魔力を収集するのには情報は不要である。集めた魔力の方向を決めるのには、標的となる人物の情報が必要だ。連続殺人とやらでは、余計な人死には出ておらんのだろう? さすれば犯人は被害者のごく近くに所在し、標的を指示した可能性が高い」
「これらの事実をまとめると、犯人は事前に配っておいた魔道具で魔力を収集し、三尺の操作装置を被害者の近くで発動して標的を定めたと仮定される。あくまでこれは理論の内で、実際に発動したかは不明であるがな」
ウェーブによる心理面での否定――三尺(一メートル)ほどの見慣れぬ装置を持ち歩く人物がいれば、誰であっても警戒するだろう。さらに問題はもう一つある。
「犯人はどうやって無数の人間から魔力を収集したんでしょうか。魔力収集には少なくともその人間が収集用魔道具に直接触れている必要がありますよね。まさか無理やり収集したとは思えませんし」
思案する技師たちからも良い考えは出なかった。元より彼らは魔道具技術にこそ精通しているが、それを用いる人間の心理には疎いのだ。代わりにレイに閃きが訪れた。
「今の皆さんの話をまとめると、犯人が標的を決める際には対象の近くにいなければならないということになります。方法はまだ不明ですが、相手に近づく必要があるのなら、打つべきは手はありますね」
ウェーブがやれやれと肩を竦ませてみせた。
「どうやら僕の女装も無駄にはならなそうですね」
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