第2話

ある議員が「低所得者に多額の給付をする」という提案をした。低所得者は国民の中でも一部だったので不公平だという声が上がった。「それでは国民全員に一律に高額の給付をすればいい」という案が持ちあがった。

 国民に多数決をとると80%が賛成した。議員の中には「それでは国の財政が破綻する」と主張する者もいた。しかし、民意には逆らえずかほとんどの議員が賛同した。多額の給付金が得られた国民は機嫌が良くなり、内閣の支持率も更に上がった。


 続いて「死刑は廃止すべきか」について審議された。これは世論を二分した。抑止力のために残すためだとの意見と、法で命を奪うべきでないとの意見が割れた。議会でもマスコミでも散々議論されたあと国民の多数決がとられた。

 結果は50.01%で死刑廃止派が勝った。極めて僅差であったため議会は紛糾した。多数決である以上、少しでも多い方が勝る。そのため、廃止すべきとの意見が多く出された。僅差なので再度、多数決をとるべきとの意見も出された。

 「多数決の結果はあくまで参考だ。議会でしっかり議論してくれてたまえ」

 と首相は声高に言った。しかし、議会は自ら議論して決める機能をすでに失っていた。結局、僅差でも多い方が優勢として死刑は廃止された。

 

 半年が経過した。当初は話題性のあった国民多数決制も話題性を失いつつあった。そして、制度の弊害も出始めた。「全員の声を聞く」をスローガンに制度設計がされたため、多数決は最後の1人が投票するまで結果が発表されなかった。

 導入当初は互いが声掛けをすることで全員投票が実現できていた。しかし、時間がたつとマンネリ化しはじめ投票率が低下した。全員の声を聞き終わるまで長期間かかるようになり、法案の審議は軒並み遅延した。

 「多数決の結果はあくまで参考」と決められていたので結果を待たずに審議を進める意ことには法的に問題はなかった。しかし「民意に反している」と言われることを極度に恐れていた議会は結果が出るまで待ち続けた。その結果、通過する法案数は制度導入前の10分の1にまで落ち込んだ。


 3年が経過した。公共投資は相変わらず減らされたままだった。そのため、全国で老朽化した橋が落下するなどの弊害が出始めた。道路は陥没しても放置された。災害で土砂崩れが起こってもそのまま放置された。

 地方給付金も減らされたため、地方自治体も公共投資ができなくなっていた。これはおかしいと思う国民も多かったが「多数決の結果だから」とあきらめるしかなかった。


 国民全員への高額な給付は毎年続けられた。そのため、毎年、莫大な国債が発行された。国の借金は信じられない額にまで膨らんでいった。今やGDP比で世界一の借金大国になっていた。


 制度が始まって4年目に入ったころ、国民の間で「このままではいけない。制度を廃止しよう」との意見が高まった。しかし、廃止には高いハードルがあった。まず、議員の3分の2以上の賛成を得て発議する必要があったのだ。その後、多数決で80%の賛成が得られて始めて制度を廃止できる決まりだった。

 制度を作った当初は「あくまで参考情報」という意識から廃止することを重くとらえる風潮はなかった。それが裏目に出たのだ。


 議員の多くは多数決の結果に沿うことに慣れてしまい廃止する気がなかった。「民意だから」が彼らの口癖になっていた。

 世論は「発議をすべきと思っている人の人数を確かめるために国民の多数決をとろう」との方向に動いていた。しかし、決めるのはあくまで議会。議員からの発議がない以上、多数決をとることができなかった。仮に発議がされても、国民の80%以上の賛成を得ることは難しいだろう。


 結局、A国は国民多数決制度を廃止することはできなかった。その後、A国は国際的な競争力を失っていった。

(終)

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多数決国家 松本タケル @matu3980454

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