多数決国家

松本タケル

第1話

 これは資源は少ないが貿易で発展してきたA国のお話。


「この国の重要事項は国民全員の多数決に基づいて決定します」

A国の首相が突然発表した。A国の内閣は支持率の低下に苦しんでいた。様々な政策を打ち出すも、ことごとく「民意に反している」と叩かれた。

 そこで、首相が考えたのが「国民多数決制」だった。


「間接民主制の崩壊だ。直接民主制じゃないか」

 と批判する学者もいた。国民が代表者を選び議会で話合しあって決めるのが間接民主制だ。世界で多くの国が採用している。しかし、首相はこう答えた。

「間接民主制であることは変わりません。議会の決定はあくまでも国民の多数決の結果を参考にするだけです」

 決めるのはあくまで議会という論法だ。国民による多数決の結果はあくまで参考としてのみ使うのだという。

 「民意が分かっているのか」と突き上げられることに疲れた首相の苦肉の策であった。しかし「本当の民意がわかるので良い」と好意的に受取る国民が多かった。久しぶりに国民に好評な政策が打ち出せた首相は上機嫌となり制度設計に着手した。


 出来上がった制度はこうだ。

  ①国民全員に投票できる端末を配布する

  ②投票結果は国民全員が投票した後に発表する

  ③議員は多数決の結果をとして用いる


 スマートフォンによる投票を可能とした。スマートフォンを持っていない人には専用の端末を支給を徹底した。

 体制は整った。国民の多くは民意が直接、反映できると歓喜した。「批判ばかりしていられない」と考えた人も多く、政治に興味を持つ人が増加した。合わせて支持率も上がっていった。


 いよいよ、国民多数決制を使う初めての法案審議が始まった。公共投資について議論だった。公共投資とは道路・電気・水道などのインフラの整備などを行うための投資である。

 公共投資に充てられる費用がどれほどか知らない国民が多くいた。国民多数決制が採用された後、初めて調べてみてこんなにも多くの額が投資されているのかと驚いた人が多かった。

 議会では「国のインフラは重要」と主張する議員もいたが、国民の多くが減額すべきとの判断だった。国民の投票結果は参考だとはいえ、民意を無視することができなかった。結局、公共投資は大幅に削減されることとなった。

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