メンヘラだから。
@yohafis
だって私は
バレンタインってやつが昔から嫌いだった。
姉三人に囲まれて育ったせいか、女社会での処世術みたいなものが見についてしまった。幸か不幸か、そのおかげで女友達だけは多い。決してモテるわけではないのに、紙袋一杯の義理チョコを持って帰っているのもそのせいだ。
例えば誰々に彼女がいないか聞いてほしいだとか、甘いものが嫌いじゃないか聞いてほしいだとか、そういうお願い事を何度聞いたか分からない。そして、その中には僕が好意を向けている女子からのものももちろんあった。
好きな子からクラスのイケメンについて「薮くん、甘いのとビターなのならどっちが喜んでくれるかな?」なんて聞かれた時の絶望感たるや!
今年もしっかりそんな失恋をして、でもお礼の義理チョコは色んな子から貰って家に向かう。どうせこの山のようなチョコも、姉の胃袋にほとんどが収まってしまうのだろう。一部を除いて殆どがそうなってしまうのが、毎年の定めだ。
その一部っていうのは僕が好きな子がくれたものって話で、義理とはいえ貰ったらやっぱり嬉しくて、それだけは姉たちから死守して食べるようになっている。そしてそれを見る姉たちは「義理なのにそんなに必死に守って悲しくないの」「正直キモイ、メンヘラの素質あるね」「これだけチョコを貰って全部義理っていうのがウケる」と散々煽ってくるのだけれど、そのくせしっかり他のチョコは食べるんだから何様なのかと。
そういえば、薮の好みを聞いてほしいと頼んできた立花は、うまくチョコを渡せたのだろうか。立花からは結局義理も貰えなかったなと思うと、ちょっと落ち込む。
薮は特定の彼女は作らない代わりに遊び惚けているタイプだ。人当たりの良いやつだけど、女癖はそりゃ悪い。中学時代は三股をしていたとか、しかも相手は社会人。「だって俺のこと好きって言ってくれるんだから、全員付き合ってあげなきゃかわいそうじゃん」とニヤけた顔で言うもんだから、さすがに笑ったよ。サイコパスっていうか、常人とは違うんだなって。モテる男っていうのは俺みたいな義理チョコ大臣とはそもそも違う感性をしてるってことだ。
紙袋いっぱいの義理チョコなんかより、薮が貰うであろう本命チョコの方がよっぽど羨ましいよ、ぼかぁね。
まぁでも、義理チョコくらいくれてもいいよなー。協力だってしてあげたんだしさー。
そんな愚痴を心の中で呟きながら、教室を出た。貰っても虚しくなるんだけどさ、せめて利用されただけよりは、仲の良いオトモダチくらいにはなっておきたかったな。結構仲良かったと思うんだけど。
階段を下りて昇降口でスリッパとスニーカーを履き替えた。玄関を出ると、茶髪のミディアムボブが待っていた。
「フラれちゃった」
校門を出ると、いきなりそう告げられた。
「せっかく好みを聞いてくれたのにごめんね。チョコもね、受け取ってくれなかった」
困ったように微笑まれた。何と反応していいか分からずに、曖昧に頷いて返す。
薮、断ったんだ。前に話した感じだと、とりあえず来るもの拒まずってイメージだったから、ちょっと意外だった。
「最近彼女ができたんだって。で、薮くんが好きで付き合ってるから、相手を裏切りたくないって言ってたの」
俺に説明しながら自分でかみ砕いているような話し方だった。
「とりあえず、あっくんには報告しとかなきゃって」
協力してくれたしね、と言い足して、彼女は口を閉ざした。俺も何を伝えれば良いか分からなくて、言葉が出てこなかった。
次に切り替えよう、だとか。もっといい相手がいるって、だとか。
そういうことを口にしてはいけない気がした。少なくとも、俺が立花に薮の好みを聞かれた時に、他の友達にそういうことを言われたらイラっとしたと思う。じゃあ何て言われたら気が済むのかと言われても、それも分からない。
自分が言われたいことも分からないのに、他人に何て言えばいいかなんて分かるはずがない。黙って並んで歩いている。何かを口にしないと気まずいけれど、その何かも分からない。
「あっくんは、いっぱいチョコもらえたみたいだね」
沈黙を壊したのは、立花だった。お前がそれ言うのかよと思ったけれど、この空気が終わるならありがたい。
「えっ、あ、義理ばっかりね」
紙袋を持ち上げて立花に見せた。この中に本命は一つもないし、貰いたかった子からも貰えてない。
「いいじゃん、義理でも貰えない人だっていっぱいいるんだし」
「それはまぁ、そうなんだけど」
「好きな子からは?」
それはお前だよ、とは言えない。返事ができずにいると、目の前に小袋を差し出された。
「私からは、これ」
「えっ、いいの?」
「うん、学校で渡そうと思ったけど、ちょっと恥ずかしかったから」
お礼を伝えて受け取ると、紙袋に入れずにリュックにしまった。そっちに入れておくと、姉に貪られる未来が見えている。
「リュックにしまうんだ」
立花が不思議そうに首を傾げるので、教えてあげることにした。
「紙袋に入れて帰ると姉ちゃんたちに食べられるからね。こっちはダミーで、貰って嬉しかった人の分は自分で食べるために隠し持ってるんだ」
「へぇ……そっか、そうなんだ」
複雑そうな顔の彼女を見て、つまり立花の分はもらって嬉しかったってことだったり、他の子の分は姉たちに食べられても良いとおもってるだとかがばれてしまったことに気づいた。
恥ずかしくて、頬が赤くなるのが自分でも気づいた。
「あっくんって、しっかりしてるのに、ちょっと抜けてるよね」
その一言で、しっかり色々と伝わってしまったことも悟る。
「まぁ……そうだね、うん。そうかも」
あはは、と彼女は笑った。困り顔より、そういう顔の方が似合う。
「それに、人付き合いも良いよね。そんなにチョコ、貰うくらいなんだし」
続いた言葉に、何を言いたいのか分からず首を傾げた。
ゆっくり歩いたはずなのに、駅はもう近づいている。
「いい人だと思うの。あっくんはさ、いい人だよね」
そしてその一言を口にした。
「だから私はやめておいた方がいいと思う」
彼女は歩調を早めた。僕もそれに合わせて、少しだけ早歩きになる。歩幅は僕の方が広いはずなのに、彼女に追いつくように足早になる。
「私はさ、ダメな人しか好きになれない。薮くんだって、女遊び激しいって知ってたのに好きになっちゃったし」
失恋したせいで投げやりな気持ちになっているのか、少し吐き捨てるような口調だった。
「今日だって、フラれたあと、あっくんならきっと話を聞いてくれる。都合よく扱っても怒らないでくれるって思ってたから、だから待ってたの」
「それでも」
構わない、とは口にさせてくれなかった。好きだから彼女の力になりたい、だから都合よく扱ってくれても構わない。それすら許してくれなかった。
「都合よく扱ってもいいって言ってくれても、私はそれに甘えちゃって、でもそれじゃだめなの。都合よく優しい人を好きにはなれない。振り回してくれる人しか好きになれない。だって私は」
----だから。
SNSや雑談でよく耳にするカタカナ四文字を、そうやって言い訳にされてしまうと何も返すことができなかった。
自分で自分を否定する、最強の盾の一言だ。それを言われてしまうと、何を言っても僕が責めているようにしかならない。
薮みたいなやつを好きになるのも、僕を好きになれないのも、自分が----だから悪い。
「ごめんね」
そう言い残すと、足を止めてしまった僕を置いていくように彼女は足早に去った。その背中を追いかけることは出来なくて、僕はしばらく立ち尽くしていた。
家に帰ると姉が僕の持ち帰る紙袋を今か今かと待ち構えていた。
自分たちだって彼氏にチョコあげるんだから、別に僕が持ち帰るのを食べなくてもいいのに、というと、「弟が貰ったものを批評するのが楽しいんだよ」と一蹴された。我が姉ながら、なんてやつだ。
自室に戻ってリュックを開けると、立花から貰った小包を開いた。
手作り感ある少し歪なチョコレートは、苦い大人の味がした。
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