未完成のパズルピース

ビターチョコ

第1話 夢

不思議な夢を見た。とても、懐かしい夢だった気がする。


「__…、____さん、___さんッ」


それは、私を呼ぶ声が聞こえる一人称視点の夢。何だか聞き覚えのある声だったけど、誰かまでは分からなかった。

妙にリアルだった。


私は横たわっていた。体は熱くて、視界はぼやけて、脳が揺らされているみたい。頭の周りにお星様がチカチカと飛んでいる。息がしにくい。眩しくて、目が回って、気持ち悪くて、喉から何かが込み上げてくる。耐えきれなくて吐いたら、汚い水音が聞こえたかと思うと、地面に真っ赤な絨毯が引かれた。全部自分の体から出てきたのか、と思うとゾッともしたが、驚きの方が大きかった。血液とともに這い上がってきた胃酸が苦い。喉が焼けるように辛い。

絨毯は、1人の少女を招き入れる。黒い服を赤く滲ませて、彼女は、横たわっている私を覗き込む形でそこにいた。白い髪が、カーテンのように私を覆い隠す。深海に沈められたような深く青い瞳が、哀しみの目で私を見ていた。


「ね_______ッ、……さんッ!_______っかりして、」


切羽詰まった様子で私に何か言葉を投げかけているが、言葉の羅列、理解は不能である。理解したところで、どうにかなるものなのか?私に、何を伝えたいのだろう。

この子は誰だろう?


ぽつり。

一瞬雨でも降り出したのかと思ったが、それは雲のものではなかった。その雨は少女が降らしたものだった。声を押し殺して、悲痛な叫びを飲み込んで、その結晶を目からこぼしている。私のために泣いてくれている。私のせいで泣いている。


可哀想だと思った。守ってあげなくちゃと思った。誰かも分からない少女に、私は泣いて欲しくないと思った。これがどんな感情が分からなくて、自分まで泣きたくなってしまう。

私はそっと、少女の頬に手をやる。涙を拭うつもりが、目元まで上がらなかった。私の手は血まみれで、少女の頬を赤く塗った。あたたかい涙が指に染み込む。元気づけようと、笑えているかも分からないが精一杯はにかんだ。少女は余計に泣き出してしまった。胸がキュッと締め付けられる。

ボロボロと声に濁音を混ぜながら、少女は何かを呟いている。分からない。理解してあげたい。君の言っていることを、分かってあげたい。


さっきまで熱かった体は、今度は冷たく冷えていく。これが「死」か?寂しくて、侘しくて、悲しい。じわじわと、冷たくなって_______

視界が暗くなる。幕が閉じる。


「姉さん_______!」



「…わっ」

そこで、目が覚めた。私は冷や汗をかいていたと思ったが、それは杞憂だった。屍は汗をかかない。でも、動きもしない心臓がドクドクと動くような感触を覚えた。もちろん、胸に手を当てても振動は伝わってこない。

隣を見れば、クマのぬいぐるみを挟んですぅすぅ、と寝息を立てて眠る姉、カキョウが居る。私とは正反対に、起きる気配もなく、顔は幸せそうにはにかんでいる。ちょっとマヌケで、こういう所がお姉ちゃんの可愛いトコロ。本人に言ったら、絶対怒られるけど。

彼女は今、どんな夢を見ているのだろう。ケーキに囲まれる夢でも見ているのだろうか?

姉を起こさないように、もぞもぞと体制を変えて布団に潜る。今宵は新月。月の光も無いから真っ暗だ。またすぐ眠れるだろう。


………


『姉さん_______!』

あれは、何だったのだろう。



キョウカはまた、夢へ堕ちた。




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