おふとん魔神

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おふとん魔神

 むかし、あるところに春彦という男がおった。春彦は、春になると布団を売り、残りの季節は仕事もせんとぼんやり茶を啜って暮らしておった。


 春彦には他に三人の兄弟がおって、名を夏彦、秋彦、冬彦といった。この兄弟はみな一様に布団売りをして暮らしており、夏彦は夏に、秋彦は秋に、冬彦は冬に布団を売り、あとの季節は仕事もせんで茶を飲んだりして過ごしておった。


 ◆◆◆◆


 春が終わり夏が始まる頃、いつものように春彦が仕事もせんと縁側で茶ばかり飲んでいると、一通の手紙が届いた。

「おやっ、夏彦兄からの手紙だ。何だろう」

 春彦が手紙を開き読んでみると、中にはこう書いてあった:

『春彦へ。おふとん魔神という怪物が現れて布団を全部食べてしまった。代わりの布団を譲っては貰えないだろうか? 夏彦より』

「こいつは一大事だ!」

 手紙を読んだ春彦はすぐさま飛び上がり、布団を担いで荷車に全部載せると、夏彦の家へ向かった。


 道中、春彦は不思議な商人とすれ違った。その商人は、どこもかしこもふっくらしていて、真っ白いからだをしておった。

「見慣れない商人だ」と思い、春彦は誰何した。

「よう、お前さん。ここいらじゃ見かけねえ顔だが、これから商いか?」

 するとその商人はにやにやと笑いながら答えた。

「いやあ、あなたは布団売りの春彦さんですね! お噂はかねがね。わたしは布団売りのハットンと申す者」

「へえ、おいらを知ってんのかい」

「ええ。布団売りで知らぬものがいれば、それはモグリでございましょう」

「なるほどねぇ。するってえと、ハットンさん。あんたは布団売りかえ?」

「はい。お察しの通り。これから町へ布団を売りに行くところでございます」

 相手が布団売りと聞くと春彦は、ハットンの荷車の中身が見たくなって仕方なくなった。

「ところでハットンさん。同じ布団売りのよしみだ、その後ろの幌、外してくんねえか」

 ハットンは恐縮した様子で答えた。

「いや、滅相もない。あなた様ほどの布団売りに見せるような、そんな大層なものは積んじゃございません」

 俄然、幌の中が見たくなった春彦は、なおも頼み込んだ。

「そこをなんとか。頼む! なに、チラリとめくって一目見せてくれりゃ済む話だ」

 するとハットン、渋々ながらも幌の端を掴んでめくり上げた。

「ちょっとだけでございますよ」

 そうしてチラリと布の端を見せると、直ぐにしまってしまった。

 瞬間、春彦は不思議なことに気がついた。ハットンが見せた布団、あれはまさしく夏彦兄の布団ではなかったか。

 優れた布団売りたる春彦は、一目布団を見るだけで、瞬きの間にそれがいかなる布団か分かるのだった。

「さて、そろそろ私も先を急がねば。さようなら」

 ハットンはそう言うといそいそと荷車を引いて行ってしまった。

「おいらも先を急がねば」

 春彦は夏彦の家に向かった。


 夏彦の家の前に着くと、春彦は大きな声で夏彦を呼んだ。

「おーい! 春彦だ。いれてくれ!」

 すると戸が開いて、奥から夏彦がやって来た。

「おお! 春彦。来てくれたか。よし、入れ入れ」

 春彦は荷車を引き、荷台の上の布団を見せた。

「夏彦兄、どうだい。布団は足りるかい。これで」

「これはありがたい。これでこの夏、布団を売って歩くことができる」

 夏彦はそう言って春彦から布団を引き取った。


「それで、件のおふとん魔神とかいう奴は、どんなだったんだい?」

 春彦は夏彦に訊ねた。

「おふとん魔神。あれはまさしく化け物よ。俺が布団を売りに出かけるところだった。奴はほれ、あすこの雲みてえにでっかくてなあ。鼻の先から爪先まで、白粉塗ったくったみてえに真っ白でな、それで入道みてえな格好をしておった」

 空に浮かぶ入道雲を見て、春彦は大きな入道の化け物を想像した。

「そいつが俺の目の前に急に現れたかと思えば『俺はおふとん魔神だ。その布団をよこせ。さもなくばお前を食ってやるぞ』とか言って、そん次にはスゥーッと息ぃ吸い込んで、俺の布団をぜんぶ吸い込んじまった」

「それは恐ろしい。布団はともかく夏彦兄が無事でなによりだ」

「いや全くだ」

 夏彦は恐ろしい魔神の話を終えると、家の奥へ行き、茶と饅頭を持って戻って来た。

「折角だ。春彦、饅頭でも食ってくか」


 春彦は縁側で饅頭を食べながら、道中に出逢った不思議なことについて聞いた。

「ところで夏彦兄よ。ハットンという布団売りを知っているか」

「ハットン? 知らんな。どんな奴だ」

「真っ白い顔してふくふくした、変な野郎でな。布団売りだというから売り物の布団を見せてくれと頼んだのよ。そしたらそいつが持ってる布団がよ。夏彦兄の布団にそっくりだったのよ」

「何と」

「夏彦兄。この夏、誰かに布団を売ったりなんかしてねえか?」

 夏彦は首を横に振り答えた。

「いや、売り物の布団は全部食われちまったからな。まだ何にも売ってねえ」

「そうか」

 春彦も夏彦もそれっきり、黙ってしまった。

 饅頭が一つ二つとなくなっていき、最後の一つを食べると、春彦は言った。

「そろそろお暇するとしよう。饅頭、美味かったよ」

「おう。ではな」

 そうして春彦は家に帰って行った。


 ◆◆◆◆


 夏が終わり秋が始まる頃、いつものように、春彦が仕事もせんと縁側で茶ばかり飲んでいると、一通の手紙が届いた。

「おやっ、秋彦兄からの手紙だ。何だろう」

 春彦が手紙を開き読んでみると、中にはこう書いてあった:

『春彦へ。おふとん魔神という怪物が現れて布団を全部食べてしまった。代わりの布団を譲っては貰えないだろうか? 秋彦より』

「こいつは一大事だ!」

 手紙を読んだ春彦はすぐさま飛び上がり、布団を担いで荷車に全部載せると、秋彦の家へ向かった。


 道中、春彦はまた布団売りのハットンに出逢った。

「おう。ハットンじゃねえか」

「お久しぶりです。今日はどちらへ?」

「今日は兄の秋彦の家に行くところだ。ハットンさん、あんたは今日も布団売りかい」

「ええ。私はしがない布団売りゆえ、こうして布団を背負わぬ日はございませぬ」

「そうかい。精が出るねぇ」

 話しながら春彦は、またもハットンの荷車の中身が見たくなって仕方なくなった。

「ところでハットンさん。同じ布団売りのよしみだ、その後ろの幌、外してくんねえか」

 ハットンは恐縮した様子で答えた。

「いや、滅相もない。あなた様ほどの布団売りに見せるような、そんな大層なものは積んじゃございません」

 俄然、幌の中が見たくなった春彦は、なおも頼み込んだ。

「そこをなんとか。頼む! なに、チラリとめくって一目見せてくれりゃ済む話だ」

 するとハットン、渋々ながらも幌の端を掴んでめくり上げた。

「ちょっとだけでございますよ」

 そうしてチラリと布の端を見せると、直ぐにしまってしまった。

 瞬間、春彦は不思議なことに気がついた。ハットンが見せた布団、あれはまさしく秋彦兄の布団ではなかったか。

 優れた布団売りたる春彦は、一目布団を見るだけで、瞬きの間にそれがいかなる布団か分かるのだった。

「さて、そろそろ私も先を急がねば。さようなら」

 ハットンは気まずそうに目を泳がせなかまらそう言うと、いそいそと荷車を引いて行ってしまった。

「おいらも先を急がねば」

 春彦は秋彦の家に向かった。


 秋彦の家の前に着くと、春彦は大きな声で秋彦を呼んだ。

「おーい! 春彦だ。いれてくれ!」

 すると戸が開いて、奥から秋彦がやって来た。

「おお! 春彦。来てくれたか。よし、入った入った」

 春彦は荷車を引き、荷台の上の布団を見せた。

「秋彦兄、どうだい。布団は足りるかい。これで」

「いや助かる。これでこの秋も、布団を売って歩くことができるわ」

 秋彦はそう言って春彦から布団を引き取った。


「おふとん魔神とかいう奴、夏彦兄んところにも来たが、秋彦兄は大事なかったかい?」

 春彦は秋彦に訊ねた。

「おう、俺は大事ない。しかしおふとん魔神。あれには参った。突然やってきたかと思ったら、一息の内に布団を吸われてしまった」

「やはり。しかし息災でなによりだ」

「まったくだ」

 秋彦は話しながら家の奥へ行き、茶とういろうを持って戻って来た。

「折角だ。春彦、ういろうでも食ってくか」


 春彦は縁側でういろうを食べながら、道中に出逢った不思議なことについて聞いた。

「ところで秋彦兄よ。ハットンという布団売りを知っているか」

「ハットン? 知らんな。どんな奴だ」

「真っ白い顔してふくふくした、妙な布団売りでな。売り物の布団を見せてくれと頼んだのよ。そしたらそいつが持ってる布団が、秋彦兄の布団にそっくりだったのよ。前にも夏彦兄の布団そっくりの布団を運んでるのを見たが、夏彦兄は売ってねえと言うのよ」

「本当か」

「秋彦兄。この秋、誰かに布団を売ったりなんかしてねえか?」

 秋彦は首を横に振り答えた。

「いや、売りに行く前に吸われてしまったでな。まだ何にも売っとらぬ」

「そうか」

 春彦も秋彦もそれっきり、黙ってしまった。

 ういろうが一切れ二切れとなくなっていき、最後の一切れを食べると、春彦は言った。

「そろそろお暇するとしよう。ういろう、美味かったよ」

「おう。ではな」

 そうして春彦は家に帰って行った。


 ◆◆◆◆


 秋が終わり冬が始まる頃、いつものように、春彦が仕事もせんと縁側で茶ばかり飲んでいると、一通の手紙が届いた。

「おやっ、冬彦兄からの手紙だ。何だろう」

 春彦が手紙を開き読んでみると、中にはこう書いてあった:

『春彦へ。おふとん魔神という怪物が現れて布団を全部食べてしまった。代わりの布団を譲っては貰えないだろうか? 冬彦より』

「こいつは一大事だ!」

 手紙を読んだ春彦はすぐさま飛び上がり、布団を担いで荷車に全部載せると、冬彦の家へ向かった。


 道中、春彦はまた布団売りのハットンに出逢った。

「おう。ハットンじゃねえか」

「お久しぶりです。今日はどちらへ?」

「今日は兄の冬彦の家に行くところだ。ハットンさん、あんたは今日も布団売りかい」

「ええ。私はしがない布団売りゆえ、こうして布団を背負わぬ日はございませぬ」

「そうかい。精が出るねぇ」

 話しながら春彦は、またもハットンの荷車の中身が見たくなって仕方なくなった。

「ところでハットンさん。同じ布団売りのよしみだ、その後ろの幌、外してくんねえか」

 ハットンは恐縮した様子で答えた。

「いや、そんな大層なものじゃございませんので」

 俄然、幌の中が見たくなった春彦は、なおも頼み込んだ。

「そんなことはなかろう。冬の布団は特別だ。寒さを凌げなけりゃならんから」

 ハットンはまごつきながら答える。

「いやあ、特別なものなど何も」

 春彦は必死の形相で食い下がる。

「頼む! なに、チラリとめくって一目見せてくれりゃ済む話だ」

 するとハットン、渋々ながらも幌の端を掴んでめくり上げた。

「ちょっとだけでございますよ」

 そうしてチラリと布の端を見せると、直ぐにしまってしまった。

 瞬間、春彦は不思議なことに気がついた。ハットンが見せた布団、あれはまさしく冬彦兄の布団ではなかったか。

 優れた布団売りたる春彦は、一目布団を見るだけで、瞬きの間にそれがいかなる布団か分かるのだった。

「さて、そろそろ私も先を急がねば。さようなら」

 ハットンは気まずそうに目を泳がせなかまらそう言うと、いそいそと荷車を引いて行ってしまった。

「おいらも先を急がねば」

 春彦は冬彦の家に向かった。


 冬彦の家の前に着くと、春彦は大きな声で冬彦を呼んだ。

「おーい! 春彦だ。開けてくれ!」

 すると戸が開いて、奥から冬彦がやって来た。

「おお! 春彦。来てくれたか。寒かろう。さあ入った」

 春彦は荷車を引き、荷台の上の布団を見せた。

「冬彦兄、どうだい。布団は足りるかい。これで」

「いや助かる。これでこの冬も、布団を売って歩くことができるわ」

 冬彦はそう言って春彦から布団を引き取った。


「おふとん魔神とかいう奴、夏彦兄や秋彦兄んところにも来たが、冬彦兄は無事だったかい?」

 春彦は冬彦に訊ねた。

「俺はなんともないが、布団がな。おふとん魔神にはまんまとやられたよ。突然風が吹くから何だと思ったら、その間に布団をまるまる吸われてしまった」

「おのれおふとん魔神め。俺のところへやってきたら懲らしめてやるものを」

「いや、面目ない」

 冬彦はがっくりと肩を落とした。そしてふらりと家の奥へ行き、茶と練り切りを持って戻って来た。

「折角だ。春彦、菓子でも食わないか」


 春彦は縁側で練り切りを食べながら、道中に出逢った不思議なことについて聞いた。

「ところで冬彦兄よ。ハットンという布団売りを知っているか」

「ハットン? 知らんな。どんな奴だ」

「真っ白い顔してふくふくした、妙な布団売りでな。売り物の布団を見せてくれと頼んだのよ。そしたらそいつが持ってる布団が、冬彦兄の布団にそっくりだったのよ。前にも夏彦兄や秋彦兄の布団を運んでるのを見た。夏彦兄も秋彦兄も売ってねえと言うが、こいつが妙に引っかかるのよ」

「ふむ」

「冬彦兄。この冬、誰かに布団を売ったりなんかしてねえか?」

 冬彦は首を横に振り答えた。

「いや、売りに行く前に吸われてしまったでな。まだ何にも売っとらぬ」

「そうか」

 春彦も冬彦もそれっきり、黙ってしまった。

 練り切りが一口二口となくなっていき、最後の一口を食べると、春彦は言った。

「そろそろお暇するとしよう。茶菓子、美味かったよ」

「おう。達者でな」

 そうして春彦は家に帰って行った。


 ◆◆◆◆


 冬が終わり春が始まる頃、春彦は仕事に取り掛かった。右へ左へ忙しく布団を運び、荷車に積んでいく。あれよあれよとうずたかい布団の山が出来上がった。

 するとそこへ突然、猛烈な風が吹き、春彦の目の前に大きな入道が現れた。

「俺はおふとん魔神。そこな布団売り、俺に布団を寄越すがよい!」

 おふとん魔神は恐ろしい形相で春彦を睨みつけた。

「ヒエエ!」

 春彦は恐怖に慄いた。

「さもなくば」

「さ、さもなくば、どうするんで?」

 おふとん魔神は更に首をにゅうと伸ばし春彦を見た。吐く息が春彦の顔を撫でる。

「さもなくば、お前を食ってやろう」

 春彦は、はらわたから喉まで綿を詰め込まれたように、息苦しくなった。そして、絞り出すようにして答えた。

「どうぞ、布団を差し上げます」

 すると、おふとん魔神は鼻で息をし、それから大きく息を吸い込んで、あたりの布団を吸い込み始めた。

 一枚、二枚と布団が吸い込まれ、吸い込まれ、あっという間に半分ほどの布団が消えてしまった。

 なおもおふとん魔神は息を吸い続け、布団を吸い込んでいく。

 一枚、二枚と布団が吸い込まれ、吸い込まれ、そして突然、おふとん魔神がむせ始めた。

「ウェー! ゴボッ、ゲホッ! ゲボッ、ゴホッ、ゴホッ!」

 おふとん魔神が咳をするたびに、おふとん魔神が吸い込んでいた布団が外に飛び出した。

 一枚、二枚と布団が飛び出してくる。

「ウェー! ゴボッ、ゲホッ! ゲボッ、ゴホッ、ゴホッ!」

 どんどん、布団が飛び出してくる。咳をするたびに、おふとん魔神の体は小さく小さくなっていった。

 はじめ、天を衝くほどに大きかったおふとん魔神は、荷車ほどの大きさになり、畳一枚ほどの大きさになり、終いには鼠ほどの大きさになった。

「エヒヒ! エヒ、エヒヒ!」

 春彦はあまりの惨めさに笑い転げてしまった。

 そもそもなぜ、おふとん魔神はむせ始めたのか? 答えは吸い込んだ布団にあった。

 春彦は、兄弟たちの話から、自分が布団を売りに行く頃に、おふとん魔神がやって来ると考えた。そして、布団を吸い込まれるくらいならと、布団の中にたくさんの辛子を擦り込んでいたのだった。

 はたして、狙い過たず、おふとん魔神は吸い込んだ辛子のあまりの辛さにもだえ苦しみ、食べた布団を全部吐き出してしまったのだった。

「ヒエエ、食べないどくれよう!」

 今度はおふとん魔神が怯える番だった。

「さて、どうしてくれようか」

 春彦は腕組み考えた。そして妙案を閃いた。


 ◆◆◆◆


 春彦はそれから、おふとん魔神の吐き出した布団を全部集めて、持ち主に返していった。

 行く先々でお礼の品を貰うので、春彦は、ずっと茶を飲んでくらしてもまだ余るくらいに、豊かになった。


 そしておふとん魔神はというと、春彦、夏彦、秋彦、冬彦ら四兄弟の上客となった。春彦の計らいにより生き長らえたおふとん魔神は、布団を奪うのではなく、春彦たちから布団を買うことで、布団を食べられるようになったのだった。

「ごめんください。布団を一枚ください」

 白くてふかふかした商人が、今日もまた春彦らを訪ねた。

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