春の目ぐすり

         木村恵子


 夏のくるのを待(ま)ちきれないヤ子は、たらいに入った水をたたいて言いました。

「水あそびする子は、よっといで。ピチャラン」

 その声をカラスが聞きました。

 新芽(しんめ)のふいた柿の木にとまって、カラスはあそぶ友だちいないかな、とさがしているところでした。

「ぼく、よってきたよ」

 カラスは、うれしいときの声で言いました。

 ヤ子の前にカラス、カラスの前はだあれ?

 そう、ヤ子です。ふたりは、たらいのまわりにむかいあってすわりました。それから声をあわせて、水をたたいて言いました。

「水あそびする子は、よっといで。ピチャラン」

 その声を、ウサギが聞きました。

 ウサギは、ひるねからさめたばかりで、友だちいないかな、とさがしているところでした。

「わたし、よってきたよ」

 ウサギは、うさぎとびでやってきました。

 ヤ子のとなりにカラス、カラスのとなりにウサギ、ウサギのとなりはだあれ?

 そう、ヤ子です。三人は、たらいのまわりにすわって言いました。

「水あそびする子は、よっといで。ピチャピチャピチャラン」

 水は、ふたりのときより、もっとたくさんとびちりました。

 この声を、今度は白クマが聞きました。

 白クマは、ゆらゆらからだをゆすりながら、あそぶ友だちいないかな、とさがしているところでした。

「ぼく、よってきたよ」

 白クマは、たらいの水を見ると、とびこもうとしました。でもヤ子がクマの耳をひっぱったので、とまりました。ヤ子のとなりにカラス、カラスのとなりにウサギ、ウサギのとなりに白クマ、そのとなりはだあれ?

 そう、ヤ子です。四人はたらいのまわりに、すわりました。これでもういっぱいです。

 四人は、こう言って水をたたきました。

「ピチャラン、ピチャラン

 とばしるを作りましょ

 たくさんたくさん作りましょ

 ひくいとばしる

 たかいとばしる

 にじができるまでとばしましょ」

 カラスは、ブルルッと身ぶるいをして言いました。

「片はねではちょうしが悪(わる)い。両はねで」

 するとウサギも白クマもヤ子も、両手をつかいました。

 たらいの水は、大ゆれにゆれ、とばしるはピュンピュンはねあがります。

「いたた」

 白クマが、水をたたくのをやめました。

 とばしるが目に入ったのです。

「いたた」

「いたた」

「いたた」

 みんなの目にも入りました。

 みんなは、目をこすりました。

「そうだ、目のくすりをさそう」

と、ヤ子が言いました。

「それがいい」

「うれしいな」

 大ゆれにゆれていたたらいの水は、すこしずつしずかになり、青空をうつしていました。

 四人は、目のくすりをさがしに出かけました。

 四人がみつけてきた目ぐすり、それはこんなものでした。

 見ていると、目まで黄いろくなってしまいそうなたんぽぽ。

 思わず、なめてみたくなるれんげそう。

 そっと、両手でかこみたくなるすみれ。

 ヤ子は、ひとりずつの目に、さしてやりました。

 カラスには、たんぽぽのしる。

 ウサギには、れんげそうのしる。

 白クマには、すみれのしる。

 三人は、目ぐすりなんてはじめてです。うれしくて、「こっちの目にもさして」と、とばしるの入らない方にも、さしました。

「ヤ子ちゃんにも、さしてあげよう」

 白クマが言いました。でもヤ子はことわりました。キュッと目がいたくなるんだもの。

「あ、ヤ子ちゃんの顔、黄いろになった。おや、白クマくんも」

 カラスが、さわぎだしました。

「ヤ子ちゃん見て。ウサギさんも草も土も空も、みんな黄いろになった。ぼく、たんぽぽの中に入ってるみたい。目ぐすりっておもしろいなあ」

 すると、ウサギがまけずに言いました。

「あ、ヤ子ちゃんの顔ピンクいろになった。白クマくんもカラスくんも、草も土も空も、みんなピンクいろ。わたしれんげの花の中に入ってるみたい。目ぐすりってたのしいね」

 こんどは白クマが、ふたりより大きい声で言いました。

「あ、ヤ子ちゃんの顔、むらさきいろになった。ウサギさんもカラスくんも、草も土も空も、みんなむらさきいろ。ぼくすみれの中に入ってるみたい。目ぐすりってふしぎだなあ」

 三人は、「もっとたくさん見たい」と言って、きょろきょろしています。ヤ子が見るものは、ちっともかわっていないのに。

 カラスやウサギや白クマが、うらやましくなりました。

「わたしにも、目ぐすりさして」

 カラスはたんぽぽ、ウサギはれんげそう、白クマはすみれの花びらのしるをさしてくれました。目をシパシパさせて見ました。

 ふしぎ、ふしぎ。

 からすは、黒いいろ画用紙の上に、クレパスでにじをかいたようなからだでした。

 ウサギと白クマは、雪の上に、にじをのせたようないろに見えました。

「わあ、草も土も空もにじだらけ。にじの中につれてこられたみたい」

 ヤ子はそう言って、三人を見くらべました。

「どこに、にじがあるの」

 三人は、ふしぎそうです。

 サーッとつよい風がふきました。

「たんぽぽの風がきた」

「れんげそうの風がきた」

「すみれの風」

と、三人はよろこびました。

「にじがゆれる。にじの風」

と、ヤ子は言いました。

「ヤ子ちゃん、もう一かい水あそびをしよう」

 カラスが言ったので、四人はまた、たらいのまわりにあつまりました。

「ピチャラン、ピチャラン、とばしる

 たんぽぽピチャラン

 れんげのピチャラン

 すみれをあわすと

 ピチャラン、にじの国」

 そんなこと言って、水をたたきました。

 とばしるが、四人の目に入りました。

「いたい」

 四人は、水をたたくのをやめて、目をこすりました。

 ヤ子が目をあけると、カラスもウサギも白クマも、もとのからだのいろに見えました。

 草も土も青空も、お日さまの光の中で、それぞれのいろにかがやいています。

 四人は、ニッコニコわらいながら言いました。

「もとのいろだ。きれいに見える」

 



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ヤ子 シリーズ @kimurakeiko

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