うさぎの めがね
木村 恵子
「なんなんなのはな
なんぼんさいた
ななつ さいた
ぜんぶほしい」
川原で、ヤ子とねこのガオが、つくしつみをしていると、そんなうたがきこえました。
「ぜんぶほしいって、よくばりだなあ」
がおは、声の方を見ました。
だれもいません。
「あやしいやつ」
ガオは、用心しながら二、三ぽすすみました。
「だあれ?」
ヤ子は、かれくさの中で、みどりの葉をのばしはじめたなのはなをみまわしました。でもだれもいません。
「なんなんなのはな
ならんでさいた
なかよくさいた
ぜんぶほしい」
また、うたがきこえました。
「あれ、おんちだ」
ガオは、声の人にきこえるように言いました。
「ふふふ」
がまんしたようなわらい声です。
「おにさんこちら、ふふふ」
「おにはおまえだ。でてこい」
気のみじかいガオは、そのへんの草や、かれたすすきのむれを、足でけちらしました。
すうっ。
かれ草と同じ色のものが、ヤ子の足もとをとおりすぎました。
「ますます、あやしい」
「今のは、だれ?」
「ふふふ、つくしをみつけるよりむずかしいだろう」
あやしいやつ、それはいたちでした。
「なあんだ。いたちのタッチ」
「びっくりしたよ」
タッチは、ふたりをからかったので、じょうきげんです。
「なのはな、もっとみつけよう」
タッチは、花のさきがほんのすこし黄色くなりはじめたのを、二本もっていました。
「なんなんなのはな、ぜんぶほしい」
「ぜんぶ、つもう」
そう言ったときです。
「ちょっとまて、まて」
川土手から、こっちを見おろして言ったのは、めがねをかけたうさぎでした。
「あっ、あれはけがびょういんのおいしゃさん」
うさぎは、ぴょっぴょっと川原におりてきました。
「もっとさくまで、半月ほどまっておくれ」
「どうして?」
「これはカラシナという草で、たくさん花がさくころには、いろんなくすりが作れるんだよ」
「くすり?」
「そう、なのはな酒にせんじぐすり、ぬりぐすりに、こなぐすり、それから … くすりじゃないが、いろんなたべかたができる。なのはなごはんに、つけもの、おひたし」
「へーえ」
「なのはなは、かびんに入れてかざるだけかと思った」
「ところで、ちょっとたずねたいんだが」
うさぎは、しんけんなかおになりました。
「このあたりに、めがねのおとしものを見なかったかい?」
「めがね?」
「先生、今かけてるよ」
「いや、これはきんがんのめがね。なくしたのは、ろうがんきょう」
「ろうがんひょう?」
ガオはときどき、ききまちがいをするのです。
「このめがねは、むこうの方がはっきり見える。ろうがんきょうは、近くのものがはっきり見える。わたしの目には、どっちもひつようなんだ」
と、うさぎはせつめいしました。
「そのろうがんきょうがなくてはこまるんだよ。いっしょにさがしてくれないか」
そこで四人は、めがねさがしをはじめました。
「くさむらにおとすと、なかなかみつからないもんだな」
うさぎは、ためいきをつきました。
「先生、あたらしいのをかったら?」
ガオが言いました。
「かうよりしょうがないかな。あれはわたしのおやじもじいさんもつかったもので、だいじにしていたんだ。こわれたのならあきらめもつくんだけど」
「そうだ、いいことがあるよ」
と、ヤ子が言いました。
「みつけた人は、おしらせくださいって、はりがみしておいたらどう?」
「それは、いいおもいつき」
「ビラを作ってはっておこう」
うさぎも、にっこりしました。
「かみとえんぴつを、もってくるわ」
ヤ子は、いえまで走りつづけました。そしてスケッチブックとクレパスをもって、川原へもどりました。
そんなヤ子のようすを、やねの上からずっと見ていたものがいます。それはセグロセキレイでした。
「あの子、なぜあんなにいそいでいるのか、たしかめなくてはなるまい」
ながめのしっぽをひくひくうごかすと、ヤ子のあとをおってやってきました。
川原では、うさぎ、ガオ、タッチが、まだかれくさの中をさがしまわっていました。
「ありがとう、ヤ子ちゃんかいておくれ」
と、うさぎは言いました。
「むりだよ」
ヤ子は、まだしらない字があるので、ためらっていました。
「なにしろ、ろうがんきょうがないから、字をかくこともむずかしいんだよ」
「ヤ子ちゃんかいてよ。じょうずだもの」
ガオとタッチも言いました。
「かいてみよう」
ヤ子ははげまされて、かみをひろげました。
「どうかけばいい?」
「めがねを見つけた人は、ごれんらくください。けがびょういん、うさぎ、とかいておくれ」
と、うさぎは言いました。
「め ってどんな字かな、ね はどうかくの?」
と、ヤ子はかんがえながら、こんなふうにかきました。
(めがねのえ)
みつけたひと
これんらくたさい
けかひょいん
(うさぎのえ)
うさぎの目と耳は、ももいろクレパスまでつかってかきました。
「うまい」「すてき」
「じょうとう、じょうとう。ヤ子ちゃんありがとう」
ビラは、のいばらの木にはりつけました。
大きなトゲトゲは、ビラをはるのにつごうがよかったからです。
でもヤ子は三かい、ガオとタッチは四かいずつ、「いたっ」とさけばねばなりませんでしたけどね。
のいばらにはりつけたビラを、一ばんに見つけたのは、もちろんセグロセキレイでした。
四人が、ビラをのこしてかえったあと、ねんいりにながめました。
「こんなの見たよ、見たよ。すすきよこちょう十五ばんちで。でもねえ ― 」
そう言ってとんで行ってしまいました。
つぎにビラを見たのは、ヒバリでした。なんかいもよみかえしてから言いました。
「こんなの見たよ、見たよ。すすきよこちょう十五ばんちで。でもねえ、れんらくするわけには … 」
はねをピラピラふるわせ、とんで行ってしまいました。
しばらくしてビラを見たのは、カラスでした。ビラをはねでさわったり、くちばしでつついたりしながら言いました。
「こんなの見たよ、見たよ。すすきよこちょう十五ばんちで。でもねえ、れんらくするわけには … 」
こまったかおのまま、とびたちました。が、すぐにもどってきて言いました。
「ふうん、けがびょういんの、うさぎ先生かあ」
カラスは、けがびょういんへいそぎました。
びょういんの入口には、<本日つごうにより、やすみます>とかいたふだが、かけてあります。
カラスは、かまわず中に入りました。
まちあいしつに、ヤ子、うさぎ、ガオ、タッチがいました。
「先生、今ビラを見てきたんだが」
「あ、ありましたか、めがね」
うさぎは、立ちあがってたずねました。
「それが … めがねは、すすきよこちょう十五ばんちでみたんですよ。でっもうそこにはありません」
カラスは、わけをはなしました。
とんでいるとき、下の方にピカッと光るものを見つけたのでおりていきました。そこにセグロセキレイとヒバリがいました。
「このへんに光るものを見たんだけど、知らないか?」
「このことね。なんでしょう、これ?」
と、ヒバリがたずねました。
「ぼくも、これが光るの見たんだけど、さわるのこわい」
とセグロセキレイが言いました。
「これはめがねというものだ。お日さまにあたって光ったんだね。こわかあないよ、かあかあ」
と、カラスはわらいました。
「これが、めがねというものか」
三人でめがねをさわったり、ガラスをこすったりしていると、バサバサッとトンビがおりてきました。
「そのふたつの光ったものは、なんだ?」
「これ、めがねだよ」
トンビは、大きなはねをいっぱいにひろげ、おどすように言いました。
「それよこせ。おれのものだ」
いきなりめがねを、とりあげてしまいました。ヒバリは、大きなはねを見ただけで、ふるえだしました。
「みんなで見つけたものだ、かえせよ」
カラスが言っても、トンビはへいき。わがままで力がつよく、このへんではゆうめいないばりトンビ、そのまま行ってしまいました。
「じゃ、めがねは今、トンビの家にあるはずだね?」
と、うさぎはたしかめました。
「いじわるトンビめ」
タッチは、こぶしをふりあげました。
「先生、とりかえしに行きましょう」
ガオは、すぐにもでかけたいかっこうです。
「でも、トンビの家しってるの?」
ヤ子がたずねました。
「お宮、ほら、あの、つばき神社のちかくらしい」
と、カラスが言いました。
「トンビの家は、木の上の方でしょう。とりかえすの、カラスでないとむりね」
ヤ子が言うと、ガオとタッチは、そのことにはじめて気がつきました。
「木の下から見ていることよりできない」
うさぎが、しょんぼり言いました。
そのとき、ドアがあいてセグロセキレイとヒバリが入ってきました。
「こんにちは、うさぎ先生」
「やあ、カラスもきていた」
と、ヒバリはうれしそうです。
「のいばらの木のはりがみを見たときは、とてもおしらせするゆうきがなかったの。トンビが、こわくてこわくて」
「川へさかなとりに行っても、だれかとはなしをしていても、はりがみが気になってみがはいらない。だから思いきってしらせにきたんだ」
うさぎは、ふたりになんどもおれいを言いました。
「今からめがねをとりかえしに行きたいんだが、トンビの家しらないか」
カラスがたずねました。
「しってるよ。ぼくも行く」
「わたしも」
「では、めがねそうさくたい、しゅっぱつ」
気のはやいガオが、立ちあがりました。
「そのまえに、うちあわせしよう」
ヤ子は、ガオをとめました。
「うちあわせって、なに」
みんなはふしぎそうです。
「トンビの家へ行って、めがねをもってくればそれでいいのかと思った」
「トンビが、めがねをくれなかったり、おっかけてきたりしたら、どうするの」
ヤ子がたずねました。
「うーん、めがねをわたすよりしかたがない」
「それではこまるよ。めがねをもってかえらないと」
「どうすればいいか、わからない」
「どうしよう」
みんなこまってしまいました。
「はじめに、やくわりをきめよう」
ヤ子は、ぱっぱっとうちあわせをすすめました。
トンビの家へのあんない …… セキレイ
トンビとはなす…… カラス
めがねをもつ……カラス
めがねをまもる……ヒバリ、セキレイ
おうえん……とべないものみんな
あつまるばしょ……つばき神社やぶつばきの下
いよいよしゅっぱつ、とりたちは一直線でやぶつばきの下へ行きました。
あとの四人は、川土手を右にまがり、バスどおりをよこぎり、また左へまがって行かねばなりませんでした。
「トンビの家は、お宮のうらの一ばんたかい杉の木のてっぺんちかく」
と、セグロセキレイが言いました。
「では、うちあわせどおりスタート」
とりたちは、とびたちました。
ヤ子たちは、お宮のうらへまわりました。
せいのたかい杉が、二十本ぐらいならび、うすぐらく、しいんとしています。見あげるとトンビの家は見えないけれど、カラスたちのようすはよくわかりました。
「いるかあ」
と、カラスがよびました。トンビの声はきこえなくて、またカラスの声がしました。
「さっきもっていっためがね、あれはうさぎ先生のおとしものだ。かえしておくれ。先生がこまるんだ」
言いおわったとたん、バサッバサッと音がして、トンビがあらわれました。
「ここまでおいで」
トンビは、ヤ子たちの上をゆっくりとんでいます。かおに、めがねをかけていました。
「あ、そのめがね、かえしておくれ」
うさぎは思わずさけんで、りょう手をのばしました。
でもトンビにはきこえなかったことでしょう。すぐうしろから、カラスがガアガアおこりながらおっかけていましたから。
トンビは、もうすぐつかまるというときにスピードをあげて、うまくにげまわりました。こんなことを言ってカラスをからかいながら。
「このめがね、気にいった。だれにもわたすものか」
「おや、おまえのすがたはピンボケしゃしん。ヒヒヒ」
「おれはめがねの世界へ行ったみたい。これおれのもの」
カラスは、ますますおこりました。
「もうすこし、そら」
「カラスしっかり」
「木のかげにかくれたよ」
下からのおうえんがつづきます。
うさぎは、いつのまにか上の方がよく見えるように、きんがん用めがねをかけていました。
トンビとカラスが、お宮の上を五しゅうしたときです。
トンビは、ピンボケでよく見えず、木にぶつかってしまいました。ひょろりとよろけ、ピーとひめいをあげました。
「あ、あぶない」
うさぎがさけびました。めがねが、トンビからはなれておちはじめたのです。
「あっ」
「あっ」
「あっ」
下の四人は、見ながらどうすることもできません。
そのときです。
すごいスピードでとんできたものが、空中でひょいと、めがねをうけとめました。
セグロセキレイでした。
トンビはそれに気づき、さっとまいおりました。その目の前へヒバリがあらわれ、さかんにはねをふるわせて、ピーチクチクピーとさけびました。
トンビは、じっと目をあけていられなくなりました。まばたきしているうちに、めがねはぶじ、下にいるうさぎの手にわたされたのでした。
トンビは、一本の杉の枝にとまり、あっさりと言いました。
「おれの、まけー」
そして川の方へとんで行ってしまいました。
うさぎは、「ありがとう」を十かいあつめたことばがないものかと、かんがえたほど、大よろこびでした。
「あー、よかった」
「すっとしたよ」
「うちあわせしていて、よかったね」
みんなからだがかるくなって、まいあがりそうです。
「そのめがね、一どかけてみたい」
セグロセキレイが言うと、ほかのみんなもたのみました。
「じゅんに、どうぞ」
「わ、ぼっとしている」
一ばんのセグロセキレイは、よっぱらいみたいに、よろよろとあるきました。
「目がいたいよ」
「なんにも見えないけど … 」
カラスとヒバリは、めがねをすぐはずしてつぎにまわしました。
「ぼくのめがねの方がいい」
タッチは、目をこすりました。
「よくにあうでしょ」
ガオは、目からはずれたところにかけていました。
さいごにヤ子がかけました。
ぼっとして、とおくのものと、ちかくのものとのくべつもできません。
「ぬれたまどガラスを見てるみたい」
すこしあるいただけで、たおれそうになり、すぐにはずしました。
「目がかるくなった。きれい」
ヤ子は、目で見るとこんなにきれい、とおどろきました。
「みんなの目は、わかいからだ。自分の目で見るのが、さいこうだ」
と、うさぎはひさしぶりに、ろうがんきょうをかけました。そしてりょう手をながめて、言いました。
「ちかくのものがこんなによく見える。これで病人のちりょうもじゅうぶんできるぞ。そうそう、きみたちはおん人。からだのぐあいがわるいときは、いつでもいっておくれ。いいくすりもたくさん作っておくよ」
うさぎはろうがんきょうをはずし、きんがん用のめがねといっしょに、だいじにポケットになおしました。
ちかくと、とおくのあいだを見るときは、自分の目で見るのがさいこうだからです。
半月、たちました。
川原は、からなしの花でうずまっています。
「かわらのなのはな
そろってさいた
なにして あそぼ」
タッチは、ぜんぶほしいとはもう言いませんでした。
ガオといっしょに、なのはなのあいだを走りまわっています。
ヤ子は、花をつんでいます。りょう手いっぱいつんでかえるつもりです。
「なのはなごはんと、なのはなおひたし作ってね」
と、おかあさんにたのんできたのです。
うさぎは、なのはなぐすりを作るために、川原のどこかでつんでいることでしょう。
「ピーピーチク、チク」
「チチー、ジョイジョイ」
ヒバリもセグロセキレイも、えささがしに、とてもいそがしいのでした。
(おしまい)
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