豆笛ふけた

              木村 恵子


            1


 よく晴れた日曜日の朝です。

 ヤ子は、きのういたちにもらった豆笛のれんしゅうをしていました。力を入れて吹いたので、耳のおくが、ジーンとなりました。でも笛は、スースーと、空気がぬけるだけで、音は出ませんでした。

 やっと音が出たと思うと、「ウピッ」でとまってしまったり、「プスッ」と自分の口がなったりするだけでした。。そしてとうとう、豆のさやが、ふたつに切れてしまいました。

「せっかくもらったのに … 」

 半分にわれた笛とにらめっこしていると、一年生のふみちゃんが通りかかりました。そして、道ばたにできているカラスノエンドウのふくらんだ実をとって、豆笛を五こも作ってくれました。うれしくなって吹いてみたけれど、どれも、ウピッ、スースー、プスッばかりでした。

「これもだめ」

「これも、われた」

と言っているまに、五こは、たちまちヤ子の足もとにすてられてしまいました。

 こんどは、自分で笛を作らなければなりません。ヤ子は、プチッとふくらんだカラスノエンドウを、ポケットの半分ぐらいとってきました。そしてさやの中にならんだ豆つぶを、すてては吹いていきました。十こぐらい、「これもだめ」がつづいたときです。

 ピィー

 ヤ子はびっくりして、豆笛を口からはなしてしまいました。

 こんなにいい音が出るなんて … 。今のはほんとうに自分がならした音かな?とどきどきしながら、今はなした豆笛を、また口にもっていきました。こんど吹いて、今のようなきれいな音が出なかったらどうしょう、と用心しながら、そうっと吹きました。

 ピィーー

 出ました。

 ピィーー

 千鳥のすんだすずしい声と、うぐいすのかんだかい得意そうな声を、まぜ合わせたような音です。

 ヤ子は、息のつづくかぎり、のばして吹いたり、ピッピッピッと、タンギングしたりしました。豆は、やっと豆笛になったのです。

「そうだ、いたちに知らせよう」

 ヤ子は、走って家へ帰りました。


「えんぴつえんぴつ、かみかみかみ」

 にぎやかに言いながらさがしていると、すぐに見つかりました。

「えーと、どう書けばいいのかな。豆笛が … 豆笛は … … 」

 口の中で、手紙の文を考えました。が、そのあとが出てきません。えんぴつを、くるりと持ちなおしました。こうすれば、いい字でいい手紙が書けそうです。


   まめぶえふけた やこ


 えんぴつを、六かいくるりと持ちなおして、やっと書けました。でも、おしまいの「こ」の字のほかは、よこをむいたり、ひっくりかえったりしていました。

 ヤ子はそのかみを、ふたつに折って、ふうとうに入れ、あて名を書きました。

   つ〇く〇やしき

   いたち〇ま

 「る」と「さ」の字がわからないので、〇で書いておきました。ゆうびんばんごうは、ぜんぶ1としました。それがいちばんかんたんです。

「きっては、これ」

 赤いおりがみを、小さく切ってはりました。

 それからふうとうの表を、よみなおしました。

 〇のところも、ヤ子にはちゃんとよめます。

「イチイチイチのイチイチ

 つるくさやしき、いたちさま、

 これで、できあがり」

 ぜんぶ書けているので、安心しました。

 うらに自分の名を書くことを、ヤ子は知らないので、表だけできあがりの手紙を持ってかけ出しました。

 早くポストへ入れたくて、ずっとかけ足で行きました。つかれるまえに、ポストについていました。

 ポトン

 手紙は、ポストの中で、はねかえるような音をたてました。それをきいてヤ子は、手紙がもういたちにとどいたような気分になりました。

 帰りは、スキップしたり、きょろきょろしたり、立ちどまったりしながら、のんびり家に向かいました。


            2


 きょうは、連休の二日めです。

 ヤ子は、ふみちゃんたちが、五人でなわとびをしているのを見ていました。「よせて」っていいたいけれど、むずかしいので見ているだけにしました。

「ゆうびんやさん、おはいり

 はがきが三まいおちました

 ひろってあげましょ

 一まい、二まい、三まい

 ありがとう

 それではさようなら」

 ふたりがながなわをまわし、ひとりがのの中に入ってとびながら、はがきをひろうかっこうをしました。いえ、三まいめだけは、ほんとうの手紙を一通ひろっていました。そして、「さようなら」といって、なわから出てきたときです。いつのまにきていたのか、年とったゆうびんやさんが、いいました。

「手紙を、ひろってくれてありがとう」

 女の子は、にっこりしていいました。

「この手紙、おじさんのだったの」

「そうだよ。きゅうにつよい風が吹いてきて、最後にのこったこの一通を、吹き上げてしまったのさ。どこへいったのかと、さがしまわってたんだよ」

 ゆうびんやさんは、もうどんなつよい風にも取られないように、両手で手紙をうけとりました。そして自分の仕事が、ぜんぶおわったように、すっかり安心してしまいました。

「ゆうびんやさん。その手紙どこへとどけるの」

 ふみちゃんがたずねました。

 ゆうびんやさんは、はっと気がつきました。

<まだ、仕事はおわっていなかった>

「どこへとどけたらいいだろう」

 ゆうびんやさんは、大きな仕事をいっぱいしょいこんだときの顔でいいました。

 手紙のあて先、それがわからなくて、ゆうびんやさんはこまっていたのでした。

「つ、まる、く、まる、やしき、いたち、まる、ま」

 ゆうびんやさんは、大きな声でよみました。

 女の子たちは、「わからない」「知らない」といいました。でも、ヤ子は知っています。

 ゆうびんやさんのそばへいって、そっといいました。

「つるくさやしき、いたちさま」

「おお、なるほど。つるくさやしき、いたちさま、だったのか。よくよめるんだね、ありがとう。ひとっぱしりいってこよう。これでやっときょうのはいたつは、おわりになるわけだ」

 ゆうびんやさんは、手紙を大きなかばんにしまいながらいいました。そしてゆうびんじてんしゃにのって、一日のさいごのはいたつにむかいました。


            3


 つるくさやしきでは、いたちが、だんご作りのまっさいちゅうでした。

 白いボールに、だんごのこなと、塩少々を入れ、水を加えてかきまぜていました。いきおいがよすぎて、まだ水になじまないこなが、フッフッと立ちのぼり、顔やうでにかかります。

「ちょっと水がすくなかったかな」

 いたちは、こなが、まだ十分まざっていなくても、手ごたえでわかりました。

「水をもうすこしたそう」

 水道のじゃ口を小さめにひねって、ボールにうけました。

「これでよし」

 いたちは、またいそがしく、手でねりあわせました。

 こんどは、こなになじまない水が、ピュッピュッとボールからとび出し、顔や服にかかりました。

「こんどは、ちょっと水が多すぎたらしい。こなをほんのすこし、たそう」

 こなのふくろを少しかたむけ、ひょいひょいと、ふって入れました。

「これでよし」

 手のひらに力を入れ、こなをおしつけるようにねりました。が、「これでよし」にはなりませんでした。

 いたちは、たいへん近眼でした。めがねをかけずにやっているので、こなも水も、「すこしだけ」より、もうちょっと多いめに入ってしまうのでした。

 水、こな、水、こなと入れているうちに、だんごのもとは、ボールにいっぱいになってしまいました。

「たくさんだんごができるぞ。ひとりじゃたべきれない」

 できるまえから、いたちはそんな計算をしました。そしてなべの湯がにえてくるのをまっていました。

 そのときです。

「つるくさやしき、いたちさまあ。いたちさまのつるくさやしきは、どこだろう」

 そんな声がきこえてきました。

「つるくさやしきはここだよ。いたちさまというのは、ぼくのこと」

 いたちは、大きな声で返事をしたあと、外の声がなにかいうかと、耳をすませました。

「あ、やっぱりここだった。いたちさまに手紙だよ」

 ゆうびんやさんは、はいたつ先がわかったうれしさに、いっそう大きな声でいいました。

「手紙?ぼくに?」

 いたちは、今までに手紙なんか一どももらったことがありませんでした。

 <一どでいいから、はがきか手紙がほしい>と、ゆうびんやさんを見るたびに思っていたのです。それが、今、手紙だって … 。いたちは、おだんごのことはほっておいて、おもてへとび出しました。そしてつるくさをおしわけて、門のまえまで出ると、ゆうびんやさんから、手紙をうけとりました。

 あんまりうれしくて、ゆうびんやさんの顔も見ずに、ふうとうをみつめていました。

 ゆうびんやさんが、自分の仕事をすませて、口笛を吹きながら帰っていったのにも、気がつきませんでした。

「つ〇く〇やしき、いたち〇ま。うーん」

 いたちは、〇の字がわからなかったけれど、ゆうびんやさんがいったことを思い出して、二どめは正しくよめました。

「つるくさやしき、いたちさま。だれからだろう」

 うらがえしてみました。さし出し人は、わかりません。

「だれから、どんな用事だろう」

 いい知らせだったらいいけれど、といたちは、どきどきしました。はじめてもらった手紙、ふうとうをあけるのがおしいような、はやく知りたいような … 。はさみをさがすまもなく、ふうをやぶりました。とり出した紙をひろげ、一字も見おとさないように、うんと目を近づけて、よみました。

 一かいめによめたのは、「やこ」だけでした。あとの字は、五かいよんで、やっとわかりました。

「まめぶえふけた やこ

 でんぽうみたいな文だけど、よくわかるよ、ヤ子ちゃん」

 いたちは、まんぞくして、大きな息をつきました。

「いい知らせだった」

 紙をふうとうにもどし、両手にささげておじぎををすると、うんとおなかがすいていることに気がつきました。

「そうだ、おだんご、おだんご」

 いたちは、はじめてもらった手紙をもって、つるくさのしげみの中へもどっていきました。


            4


 その日のひるから、ヤ子は川土手へ出ました。

 水や草のみどりが、力づよくもり上がっているように見えました。

 ヤ子は、ポケットから一こ、豆笛をとり出しました。口びるにはさみ、息をすいこんで少しずつ吹いてみました。

 ピー

 音は、ほそい線になって川の上を流れていきます。

「だいじょうぶ、よく吹ける」

 ヤ子は、すっかり豆笛の名人になったような気分でした。

 こんどは、まわれ右をして、家に向かって吹きました。つぎに道ばたの桐の木に向ってピー。そして反対がわの竹やぶ竹やぶのある方へピー。

 豆笛の音は、こうして四方にひろがっていきました。

「ヤ、子、ちゃん」

 えんりょしたような小さい声が聞こえました。すぐうしろに、ねこのミャーが来ていたのです。

「いつのまに来たの、びっくり … 」

 ヤ子がいいおわらないうちに、ミャーはこっちも見ずにいいました。

「しずかに、そっと、そっと」

 手に持っているのを見ると、ヤ子はまたさけんでしまいました。

「や、たんぽぽのわた毛」

 ミャーは、おさえつけたような声でいいました。

「大きな声出すと、とんでいってしまう。ちょっとでもうごくと、とんでいってしまう」

 ミャーは、目をはなしているまにまい上がってしまってはたいへん、と、わた毛になったたんぽぽを見つめたままでした。

「見ていてよ」

 ミャーは、たんぽぽのそばへ口をよせると、体中の空気をはき出すように、フーッと吹きました。わた毛は、それを待っていたように、いっせいに空中へとび上がりました。そしてどのわた毛も同じかっこうで、思い思いの方向へちらばっていきました。

「おもしろい」

 ヤ子は、うらやましそうにいいました。

 ミャーは、こんどはえんりょのない声でいいました。

「まだ、もっとおもしろいことがあるよ」

 そして手にのこったたんぽぽのくきを、三センチぐらい切りとって、口へもっていきました。

「プィーッ」

 豆笛よりすこし大きい音が出ました。

 それから、たんぽぽ笛と豆笛の合奏がはじまりました。

 しばらくすると、川から千鳥が、ピーフィフィフィと、口笛を吹きながらとんで来ました。

 桐の木の葉かげからは、うぐいすが、ホーケキョケキョケキョと、リズムをとりながらやって来ました。

 やぶのかげからは、うさぎがとび出して来ていいました。

「わたしは、自分で口笛が吹けないけど」

と、みどりの麦の穂(ほ)をを見せました。そのくきを、うまくかみきって口にくわえました。

 プィー

 麦のくきから、太い音がおし出されました。

「すごい、麦笛もできた」

 ヤ子とミャーは、自分のを吹くのもわすれて聞いていました。

「麦笛ができるなんて知らなかった」

 ヤ子とミャーは、のこりの麦のくきで、自分の麦笛を作りました。

 うさぎは、のこりのたんぽぽで、自分のたんぽぽ笛を作りました。

 千鳥とうぐいすは、自分の歌を歌いたくてしかたがない、というようにつづけています。

「笛だらけになった」

「どの笛も、少しずつ音がちがう」

 みんながはしゃいでいるところへ、いたちが来ました。

 そして手で、汗をぬぐいながらいいました。

「ヤ子ちゃん、手紙をありがとう」

 いたちは、かついできたナップサックを、ドタリとおろしました。

「ヤ子ちゃんのいるところ、とおくからでもわかったよ。豆笛、麦笛、たんぽぽ笛、それに鳥の歌もいっしょになって、とおくまで聞こえていたから」

「聞こえた?どんな音だった?」

「春の音。ゆく春の音」

 いたちは、地面にこしをおろしながらいいました。そしてゆっくりと、めがねをはずし、ハンカチで顔とめがねをふきました。

「春の音?ゆく春の音?」

 ヤ子は、それがきれいな音なのか、よくない音ということなのか、わかりませんでした。でもいたちが、めがねをかけなおして、にっこりしながらみんなを見まわしているのを見て、「きれいな音」のことだろうと思いました。

「おみやげを持って来たよ」

 いたちが、ナップサックをひらきかけると、みんなはそのまわりに、だまってこしをおろしました。ほんとうは、こんなことをいいたくて、しかたがないんです。

<おみやげって、なに?>

<ぼくにもあるの?>

<たべるもの?>

<おもちゃ?>

<はやく、はやく>

 でも、ちょっとでもしゃべると、それだけ見るのがおそくなりそうだから、じっと見るだけにしておきました。

 ナップサックから出てきたもの、それは、たくさんのおだんごでした。

 きなこのついた黄色いおだんご。たっぷりあずきにくるまれたおだんご。青のりをふりかけたみどりのおだんご。

「わ、おいしそう」

「きれい」

 みんなは、まちきれなくなってさけびました。

「おあがり、お茶も持って来たよ」

 いたちは、うけ皿、おはし、かみコップまで用意していました。

「ピクニックみたい」

 ヤ子は、ありがとうというのもわすれて、そういいました。

「いただきまあす」

 みんな、おなかいっぱいたべました。

 笛を吹いたあとって、おなかがすくのかな、いたちの持ってきた、たくさんのおだんごは、きれいに、たいらげられていきました。


                                (おしまい)


 



 



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