ヤ子 シリーズ
@kimurakeiko
かみなりのおとし物
木村 恵子
ガラガラガラ ガン
と、それはすごいかみなりでした。
家の真上でなっていたので、頭の上へおちてこないかな、とヤ子は心配でした。
でもかみなりは、だんだん南の方へころがって行ってしまいました。
家のまわりにできた水たまりは、もう青空をうつしています。
川はどうなったかな。
ヤ子は、うらの土手へ出てみました。
かみなりのおとしていった雨水で、川の水は少しふえて、ザワリザワリ流れています。
川原の小石も、草のしげみも、みんな、みがきあげたばかりの色でさわやかです。
「ケーカッカッカッ。」
カラスが、さわぎながらやってきました。
「カラス、どうしたの。」
「目が痛い、目が痛い。」
「それはたいへん。どうして痛くなったの。」
カラスは、チョッチョッと足ふみしながら言いました。
「いなびかり見てたら、痛くなった。」
カラスは、病気になったことがないので、うれしそうに、そう言いました。
「ちょっと見せて。」
ヤ子は、カラスの目を見てやりました。
両目とも、黒く光っていて、どこが悪いのか、ちっともわかりません。
「いなびかりは、きれいだったよ。花火大会の花火より、ずっと大きくて明るかったよ。はじめからおわりまで見てたんだ。」
カラスはじまんしました。
「痛いんだったら、病院へ行くといいよ。」
「病院へ行ったことないから、つれて行って、ヤ子ちゃん。」
ヤ子は、自分が病気じゃないから、ついて行くぐらいいい、と思いました。
雨あがりに土手を歩いていると、ウサギがあわててやってきました。
「ウサギ、どうしたの。」
「耳が痛い、耳が痛い。」
「それはたいへん。どうして痛くなったの。」
ウサギは、ムグムグ鼻を動かせて言いました。
「さっきのかみなり聞いてたら、痛くなった。」
ウサギも病気になったことがなかったので、うれしそうに言いました。
「ちょっと見せて。」
ヤ子は、ウサギの耳を見てやりました。
ピンクの耳はやわらかくて、どこが悪いのか、ちっともわかりません。
「かみなりは、坂の上で、そろばんころがして、マイクロフォンで放送したような音だったよ。かみなりより大きい音って、この世の中にあるかしら。」
ウサギは、感心していました。
「痛いんだったら、病院へ行くといいよ。」
カラスが知ったかぶりして言いました。
「わたし、病院へ行ったことないの。つれて行ってよ、ヤ子ちゃん。」
三人は、川にそって歩いたり、とんだり、はねたりして行きました。
ピクニックに行くように、楽しそうでした。
〇
「これはたいへんだ。ほっていたら目が見えなくなってしまう。」
白い服のお医者さんは、カラスに大きな注射をしました。
「病気より注射の方が痛い。カッカッカッカッ。」
とカラスは鳴きました。
「十日ほど、目を使わないで休んでいなさい。」
お医者さんはそう言って、目薬と、黒いサングラスをくれました。
「これはたいへんだ。ほっていたら耳が聞こえなくなるよ。」
お医者さんは、ウサギに大きな注射をしました。
ウサギもやっぱり、病気より注射の方が痛いなあ、と思いました。
「十日ほど、耳を使わないで休んでいなさい。」
お医者さんはそう言って、薬と、耳のマスクをくれました。
ヤ子は、カラスがサングラスをかけるのをてつだってやりました。
ウサギに耳のマスクをしてやりました。
せなかをやさしくなでてやりました。
そうしたら、二人の病気が、はやくなおるような気がしました。
カラスとウサギは、ヤ子にやさしくされて、すっかり病人になっていました。
やさしくしてもらえるから、病人っていいな、二人とも、そんなこと思いました。そして、ゆっくりゆっくり歩いて帰りました。
〇
十日たちました。
「カラスの目、なおったかな。ウサギの耳、よくなったかな。」
ヤ子は、ひとりごと言いながら土手へ出ました。
かみなりのおとして行った雨水は、とっくになくなって川の水はへり、ショロショロ流れています。
川原の小石は、ほこりっぽく白く見えます。草のしげみは、だるそうにもたれ合っていました。
「アワ、アワ、アワ。」
サングラスをかけたカラスが、ゆっくりやってきました。
「カラス、カラス、もう目はなおったの。」
「まだこのとおり。病気なんて、いやになってしまった。」
カラスは、おこったように言いました。
「はやくなおるといいね。目は、よく休めているの。」
「いや … 。」
カラスは、ひらりとはねをそろえなおして言いました。
「よく眠るんだけど、ゆめばっかり見ているの。こわいゆめや、しんどいゆめばっかり、ずっと見ているんだ。」
「それじゃ、おきているのと同じことね。おひるねしているゆめでも見たら、目はよく休まるのに。」
「眠っているゆめ。すてきだな。二ばいもからだや、目が休まるよね。でも、どうしたらそんなゆめ見られるだろう。」
ヤ子もこまってしまいました。おひるねのゆめなんか、見たことないんです。
二人はしばらく考えていました。
「こわいゆめや、おそろしいゆめばっかり見るのは、きっと目が悪いからよ。」
ヤ子は、いいことに気がついたと思いながら言いました。
「そんなゆめ見ないように、ねるときもサングラスかけとくといいよ。楽しいゆめも見えるかもしれない。」
「うん、そうするよ。いいこと教えてくれてありがとう。」
カラスは、サングラスの下の目をシバシバさせて帰って行きました。
ヤ子が家に帰ると、ウサギからはがきがきていました。
耳に、音を、いれないように気をつけています。
なにも聞こえなくて、とてもさびしいから、ひ
とりごとばかり言っています。
でもひとりごとは、よく聞こえるよ。
いくら耳にマスクをしていても聞こえてしまう。
ますます、ひとりぼっちになっていくみたい。
もう病気なんて、いやになったよ。
元気になったら、遊びに行くから待っていてね。
さようなら。
「かみなりは、いやなおとし物していったわね。」
ヤ子は、ウサギやカラスと、はやく遊びたいな、と思いながら、はがきを大事にしまいました。
(おしまい)
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