死にたくなる理由が弱すぎる

ちびまるフォイ

絶望するには早すぎる

「それでは次の方どうぞ」


「よろしくお願いします」


「死亡動機を教えて下さい」


「はい。もう人類が命を落とせなくなってからずっと生きていて、

 毎日代わり映えしない日常がもう嫌になってしまったんです。

 なので早く死にたいと思って、今回死亡願書を提出いたしました」


「なるほど……」


死亡面接官はなにか考えるようにアゴに手をあてた。


「……弱いですね」


「よ、弱い?」


「あなたの死亡動機はあまりに弱いんです。

 ここにはたくさんの死亡希望者がやってきます。

 その人達を差し置いてでも死なせるべき動機と言えますか?」


「それは……自分ではわかりませんけど……」


「人間を生かすのは簡単ですが、今の時代死なせるのはもっと大変なんです。

 あなたが死ぬに値する人間になってからまたここへ来てください」


死亡面談はあえなく失敗し、追い出されてしまった。

外の公園のベンチに座ると自分がまだ死ねないことに絶望した。


「……あ、待てよ。今すごく絶望しているからいい死亡動機になりそうだ」


ふたたび死亡面談を受けにやってきた。

数分前に見た顔がまた部屋に入ってくるもんだから、死亡面接官は時間が巻き戻ったのかと時計を確認した。


「私は、さきほど死亡動機が弱いと断られまして絶望しました。

 まだこの希望ゼロで改善も見込めない世界で生を全うするなんてと、思いました。

 この絶望っぷりは誰にも負けてないと思います!」


「その死亡動機ではダメです」


「ダメ!? どうしてですか!! さっきよりもずっと死にたくなってるのに!!」


「自分の死亡動機を他人依存にしないでください。

 また私が不合格にすれば、あなたは再び絶望したと部屋にやってくるでしょう。

 本当の死亡動機とは他人から与えられるものでなく、自分のうちから湧くものなのです」


ふたたび死亡面談は不合格として部屋から蹴り出されてしまった。


「うちから湧く死亡動機ってなんだよ……」


考えれば考えるほどわけがわからなくなっていく。

どうすれば死亡できるのか、死亡合格者に話を聞きたいが死人に口なし。


公園のベンチでため息をついていると、なんとなく見ていた先にダンボールにくるまった男が目に入った。

あの人から見たら自分は恵まれているように映るのだろうか。

その考えが自分の中で死亡動機を強くするヒントを与えてくれた。


「そうだ。誰もが死にたくなるような境遇にすれば、死亡動機を認めてくれるはず!!」


大金持ちが大豪邸でワインを飲みながら「死にたいわ~~」などと言っても説得力がない。

夜の寒さにガタガタ震えるホームレスが「死にたい」と言えば説得力が出てくる。


結局は共感なんだ。

相手に"そうだよね死にたいよね"と思わせる環境が大事なんだ。


まず始めたのは暴飲暴食だった。

体調不良は心を不健康にする第一歩。


あっという間に医者から止められるほどに不健康体を手に入れた。


「なんでこんなにやめろと言っても、不健康な生活を続けるんですか!?」


「これも死ぬためです!!」


次に自分の貯金をすべて使い切って欲しい物を買った後、それらすべてを破壊した。

とにかく自分の手元に大事な物がなにひとつない状況にする。


「お前、昨日買った高級車をなんで沼に沈めるんだよ!?」


「これも深い絶望のためだ……!!」


血の涙を流しながら喪失感に打ち震えた。


仕上げにすべての人間関係を断ち、自分ひとりだけの状況を作った。

相談できる友達も、最後に頼れる両親もいないことで自分の考えが極端になって絶望が深まりやすい。


犯罪を繰り返し、周りの人からも死んでいい人間として認められていく。

もはやこの世界に自分を生きていてほしいと思う人はいないだろう。


「完璧だ! これで死ねるぞ!!」


自分でも完璧にチューンアップされた状態で再び死亡面談へと訪れた。

これまでの自分とはまるで違うことは死亡面接官もすぐにわかった。


「では志望動機をお願いします」


「はい、私はさまざまに悪いことをしてきました。

 クズの代表格となった私を生かす理由は社会的にもないでしょう。

 私としてもこんな地獄で這いつくばる生活を続け、

 金貸しに追われ続ける毎日を過ごすうちに死にたいと強く思うようになりました」


目の奥でメラメラと燃える死亡への意思を死亡面接官に見せつけた。

死亡面接官は手元の書類でこれまでの経歴を確認する。


「それではあなたは死にたいがために、自分を絶望に追い込むようなことを続けてたんですか?」


「はい。それほどまでに私は死に焦がれているのです!

 毎日毎日死ぬことばかりを考えて、これまでいろんなことにチャレンジしてきました!

 私の死亡動機は他の人よりもずっと強いはずです!!」


「たしかに……あなたが死にたくなる理由は他の希望者よりも圧倒的です。

 他の人ならもっと手前の段階で死にたいと、ここへ面談に来たでしょう」


「それじゃあ……!!」

「ええ」


死亡面接官は頷いた。




「不合格です。本当に死にたい人なら、そんなに頑張れませんよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死にたくなる理由が弱すぎる ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ