三震町 〜時の止まった町〜

塩塩塩

三震町 〜時の止まった町〜

 『しまった、乗り過ごした』そう思い、俺は閉じようとしている扉に手を掛け、バスから駆け下りた。

 バス停には『三震町』とあった。

 慌てて周囲を見回した俺は安堵した。

 町の名前こそ違うが、何だ目的地ではないか。

 そこには、見覚えのある景色が広がっていた。この町には以前にも来た事があるので間違いない。そうだ、町の名前が変わるなんて事は珍しい事ではないではないか。

 俺はふーっと長く息を吐いて、心を落ち着かせた。

 今日この町で大事な商談があるのだ。


 まだ時間があるので、コーヒーでも飲みながら資料を見返そうと思い、俺は喫茶店を探し町を歩いた。

 違和感にはすぐ気づいた。

 何だこの静けさは、この町は物音一つしないのだ。

 よく見ると、町の人間が皆止まっているではないか。

 俺は、昔読んだSF小説を思い出した。この町は時が止まっているのだ。


 気味が悪かったが興味の方が先行し、俺は町の隅々を観察する事にした。

 犬に吠えられ驚く子どもや駐輪場で自転車が将棋倒しになる瞬間。どれも他愛はないが、決定的な場面だった。

 ふと覗いた喫茶店では、スパゲティを巻きつけたフォークを右手に握り、大口を開けている半目のサラリーマンがいた。

 この町でコーヒーは期待できないが、一服位してやろうと俺は喫茶店に入った。


 俺はスパゲティを食べようとしたまま止まっているそいつの隣に座った。

 間抜けな面だと笑い、俺はタバコに火をつけ、ふーっと煙を吹きかけた。

 勿論、そいつは身動ぎ一つしなかった。

 俺は一旦灰皿にタバコを置き、資料を広げた。

 タバコを吹かしながら、資料に一通り目を通したところで、大変な事に気づいた。タバコが灰皿ではなく、そいつの左手の甲に乗っていたのだ。

 俺は慌ててタバコを払い除けた。

 そして、そいつの左手の甲が溶けているのに気がついた。

 …これは、精巧に作られた人形ではないか。


 俺は一つひとつ確認した。

 スパゲティも喫茶店の店員も車も植物さえも、この町にある物は全て作り物だったのだ。

 恐る恐る腕時計に目を落とすと、商談まであと20分しかなかった。

 何て事だ、俺はやはりあの時バスを乗り過ごしていたのだ。

 俺はバス停に走った。


 反対側のバス停に到着すると、幸いすぐにバスが来た。やったギリギリ間に合うぞ。

 俺はバスに飛び乗ると、すぐに降りられる様に運転席のすぐ横に座った。

 バスに揺られながら、俺は運転手にさっきまでの出来事を話した。

 誰かに話さざるを得なかったのだ。


「ああ、お客さん。あれはサンプルですよ。食品サンプルでスパゲティを巻きつけたフォークが宙に浮いてるのがあるでしょう。あるサンプル職人が、あの浮いてるフォークを持っているを作ったのが全ての始まりなんです。人間のサンプルが出来れば、それが座る椅子のサンプルも欲しくなり、そして喫茶店のサンプルが欲しくなり、隣の建物のサンプルが欲しくなり…。そうこうしている内に、次に停まる隣町と全く同じ三震さんぷる町が出来たのですよ。」

「サンプル町…。」


 俺は目的地でバスから降りた…が、もう商談なんてどうでも良かった。

 こんな馬鹿馬鹿しい話はない。

 俺はサンプルと同じ喫茶店のサンプルと同じ席に座ると、サンプルと同じスパゲティを注文した。

 そして、スパゲティをフォークに巻きつけると大口を開けて半目になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三震町 〜時の止まった町〜 塩塩塩 @s-d-i-t

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ